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オーシャンニューズレター

第561号(2023.12.20発行)

統制要領下での海上保安庁の安全は確保できるのか

KEYWORDS 法執行・警察機関/武力攻撃事態/軍事目標
上智大学教授・海上保安庁政策アドヴァイザー◆兼原敦子

自衛隊法80条のもとで、海上保安庁は防衛大臣の統制下に入る。
海上保安庁法25条により、海上保安庁は警察機関であり、国内法上では、武器使用にも制限がある。
しかし、国際法上で、諸外国、とくに敵対国との関係で、武力攻撃事態で防衛大臣の統制下にある海上保安庁が、非軍事機関として軍事目標とはならず、安全を確保するための万全な方策はあるだろうか。
武力攻撃事態における統制要領下で警察機関であり続ける海上保安庁
中国の船舶(公船、軍艦、漁船)が、尖閣諸島への主権主張を顕示するために、ひと月にほぼ4日のペースで、尖閣諸島周辺の日本領海に恒常的に侵入し続けている※1。東シナ海の緊張が一層高まる中、2022年12月16日に政府は、安保三文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定した。さらに、2023年4月28日には、海上自衛隊(海自)と海上保安庁(海保庁)との連携に係る統制要領も策定した※2。自衛隊法80条は、海保庁が防衛大臣の統制下に入ることを定めるが、統制要領は、海保庁と海自の連携を具体的に示す。
本稿は、国内法による武力攻撃事態の認定と、国際法にいう武力紛争の事実がある場合を想定する。本稿の目的は、海保庁が、防衛大臣の統制下で、統制要領が提示する任務を果たすとき、その船舶や人員の安全の確保が最重要であると、強調することにある。筆者は、国際法学者であるが、法的な分析は、この目的に必要な限りにとどめる。字数制約のため、法文等の再録は控えるので、適宜、確認していただきたい。
海保庁は、海上保安庁法(庁法)25条により、いかなる場合にも軍事機関にはならない。武力攻撃事態で武力紛争中に海自と連携するときも、海保庁は非軍事機関である。つまり、法執行・警察機関である。警察機関であるゆえに海保庁は、比ゆ的にいえば、容疑者の逮捕および正当防衛に必要な限度でのみ、武器をもち使用することが許される。海保庁船は、迅速な海難救助を主要任務とする限り、軽量構造である。銃弾は、貫通する。
海上保安庁が果たす機能
武力攻撃事態で武力紛争時に、海保庁が機能する場面を具体的に考えてみる。
第一に、尖閣周辺の日本領海警備である。海保庁は、秩序維持のために、中国船の侵入に対して、退去要請等の措置を取り続けている。これは、警察活動である。緊張状態が、瞬時に武力攻撃事態で武力紛争に転化しない保証はない。尖閣諸島周辺海域に侵入する中国の法執行船(海警舶)は、2021年1月22日制定の中国海警法83条により、瞬時に防衛作戦に任務を転換できる。そのための装備ももつ。
武力攻撃事態に、海保庁は防衛大臣の統制下にはいる。中国だけではなく、米国、英国、フランス、デンマークなど、海上警察と海軍との組織上の区別が柔軟であり、また、両者が任務を兼務する例は少なくない。統制要領下で海自と連携するときであっても、海保庁は「警察活動を行っている警察船であり軍艦ではない、だから、攻撃目標(軍事目標)にはならない」という理屈はあるかもしれない。軍事目標は、国際法上の用語であり、無警告で攻撃を行うことが許される標的である。が、諸外国の実践に鑑みると、それは、説得力を欠くであろうし、現実性も乏しい。防衛大臣の統制下にある海保庁船が、敵対行為は行わない警察船であるという主張が、対外的に、とくに中国に対して、どれだけの説得力があるだろうか? 中国船が武力攻撃をしかけてくるときに、海保庁船が警察活動としてこれに対して退去要請をすることに、現実に、意味や効果があるだろうか? しかも、海保庁は、警察機能に必要な程度の武器で、容疑者逮捕や正当防衛のために必要な限度の武器使用しかできない。それを超える程度の武器使用により、敵対者を攻撃することはできない。かりに武力攻撃を受ければ、海保庁側に甚大な損害が発生する。海保庁は、だから、武力攻撃事態の武力紛争時には、尖閣周辺海域から撤退すべきである。
第二に、統制要領は、海保庁の任務として、住民の避難および救援や大量避難民への対応措置等を示す。武力攻撃事態の武力紛争時に、そのような任務を遂行する海保庁船は、軍艦ではないこと、いいかえれば、攻撃目標(軍事目標)にならない船舶であることを明らかにするために特殊標章を掲げるという。
本年6月22日に、武力攻撃事態で統制要領下を想定した海自と海保庁の共同訓練が実施された。同日付の産経新聞は、国民保護の特殊標章(橙地に青色の正三角形の旗)の見え方を確認している。このような標章は、敵対する中国に共通認識があり、海保庁船を攻撃目標としてはならないことに拘束力がなければ、意味がない。しかるに、同標章は、それに言及する国際条約の規定が海戦に適用があるのか定見はなく、そもそもそれが国際標章としてあまねく周知されているともいえない※3。したがって、この標章は海保庁船の安全と人員の命を保証するものではない。
日中対峙の尖閣海域:「海警船」に立ち向かう海保巡視船(出典:ニッポンドットコム ウェブサイト)

日中対峙の尖閣海域:「海警船」に立ち向かう海保巡視船(出典:ニッポンドットコム ウェブサイト)

武力攻撃事態における警察機関としての海上保安庁の安全確保
海保庁が、統制要領下でも庁法25条による「非軍事化」を貫くならば、その前提で、海保庁船と人員の安全を確保しなければならない。国際規則により海保庁が警察機関であり軍事目標にならないことを万全に論証し、諸外国、何よりも敵対国に認めさせることが不可欠である。規則のある一つの解釈を「試してみる」ことは、許されない。異なる解釈による中国の武力攻撃に対して、法違反や責任を「後から」追及しても、失われた命はかえらない。
かりに、「安全な海域」で海保庁が機能するならば、北方海域での警戒監視がありうる。自衛隊法80条の防衛大臣の統制は、海保庁の「一部」にとどめることができる。統制を「受けない」海保庁船や人員が北方の警戒監視にあたれば、それは、警察活動であり海保庁船は軍事目標にはならない。
統制要領は、海保庁の任務遂行により、海自が出動目的を効果的に達成し、作戦正面に集中できるという。そうであるならば、海保庁の任務遂行により、実際に、どの程度、そのような効果があがるのか、検証すべきである。単なる予測や期待ではなく、確実に海保庁の安全をはかる方法を冷静に考えるべきである。東シナ海の緊張状態は、瞬時に武力攻撃事態の武力紛争に転化しうる。(了)
●本稿で参照するURLは、2023年10月27日に最終閲覧した。
※1 2008年以降の統計 https://www.kaiho.mlit.go.jp/mission/senkaku/senkaku.html
※2 https://www.mod.go.jp/j/press/news/2023/04/28b_02.pdf
※3 共同訓練で国土交通大臣役を担当した有村治子参議院議員の寄稿、『日本戦略研究フォーラム季報』、Vol.98,Oct,2023,36-37頁;
元海幕長・武居智久「有事における邦人輸送は至難『政府公船』活用に解を見いだせ」『Wedge』,2023,No.11,72頁。

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