Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第556号(2023.10.05発行)

持続可能でインクルーシブな人工ライブロックづくり

KEYWORDS サンゴ保全/アクアリウム/共生社会
(株)CORERAL代表◆徳永 智

海洋生物を飼育するリーフアクアリウムでは、生態系の擬似的再現のためにこれまでは天然のライブロックが必要となってきたが、サンゴ保全のために人工ライブロックにおきかえての利用へシフトすることが望ましい。
人工ライブロックの製造を通じて、海のない埼玉県でも海の環境保護に寄与していきたい。
ライブロックの現状
サンゴ礁を形成するイシサンゴ目は、死んだ後にカルシウム質の骨格を海中に残し、長い年月を経て多孔質な岩石と化します。海洋生物を飼育するリーフアクアリウム(図1)では、この岩石をライブロック(Live rock)と呼び水槽にいれます。ライブロックは海中の景観を再現するための装飾品としてだけでなく、サンゴ生体を健康的に飼育するためにも必要不可欠なアイテムとされています。岩石にある無数の細孔に生息する微生物(細菌、古細菌)と表面の附着生物(微小真核生物類)が海水を濾過し、水槽内での極小な生態系の擬似的再現に寄与するからです。
リーフアクアリウムでは、水量10リットルにつき約1キログラムのライブロックが必要量の目安とされ、これまで大量の天然ライブロックが消費されてきました。これらホビー用途で消費されるライブロックは、インドネシアやフィジーなど、主として南半球の国々の沿岸部で採取されてマーケットに供給されてきました。しかし、2010年、ライブロックはワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)で附属書Ⅱに記載のイシサンゴ目未特定種(Scleractinia spp.)として扱うことが決定され、規制対象となりました。気候変動による海水の温度上昇と酸性化によって、今世紀中の絶滅が危惧されているサンゴ保全のためです。主要供給国の輸出制限により、グローバル市場での天然ライブロック供給量は10年間で1/10の規模にまで激減することになりました。(図2)
■図1 (株)CORERALが管理するリーフアクアリウム水槽

■図1 (株)CORERALが管理するリーフアクアリウム水槽

■図2 CITESデータベースから天然ライブロックのグローバル供給量の推移

■図2 CITESデータベースから天然ライブロックのグローバル供給量の推移

サンゴ保全と人工ライブロックづくり
これまでの天然ライブロックにかわり、新しい時代の持続可能なリーフアクアリウムには、擬岩による人工ライブロックが代用を果たすことが期待されています。すでに、北米や欧州、アジアにおいて多くの擬岩製品が登場しています。素材もセラミック、セメント、高強度樹脂などさまざまです。人工ライブロックを使うことで、海洋環境に負荷をかけずにリーフアクアリウムを楽しむことができます。天然ライブロックの国際取引で必然的に生じる航空輸送が不要となれば、温室効果ガスの排出削減にも寄与します。
わが国では、沖縄県がライブロックの採取禁止を明示していますが、各自治体の漁業調整規則等にもとづく岩石採取は認められていることから、国内のマーケットにはサンゴが棲息する本州沿岸部で採取されたライブロックが流通しています。これら国産の天然ライブロックは原則として国外に輸出されることはなく、国内のマーケットで消費されていますから、航空機等による温室効果ガスの排出や、ワシントン条約の規制対象にはなりませんので、大きな問題点はありません。しかし、天然ライブロックの国際的な規制がおこなわれた理由のひとつに、サンゴの幼生の定着基盤としてライブロックが重要な役割を果たしている点があります。この点を重視すると、わが国においても、健全な姿でサンゴ礁を後世に遺すために、ホビー用途のリーフアクアリウムにおけるライブロックは、天然採取による消費から人工擬岩の利用へシフトすることが望ましいといえます。
海なし県からの環境保護と障がい者支援
2021年12月に、当社は(公財)埼玉県産業振興公社の「社会課題の解決につながる創業支援プログラム」の支援の下で、人工ライブロックの製造を、海のない埼玉県で始めました。人工ライブロックの元となる擬岩(図3)は、セメントベースで陸域由来の原料のみを使用し、人工海水による陸上養殖を経て製品化することで海に環境負荷をかけません。また、擬岩は、「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律」(2012年改正)における「生活介護」に該当する障がいの程度が重い人の手によってつくられています(図4)。擬岩の成形と着色という、ある種のクリエイティビティが発揮される作業を担ってもらうこと、その成果を実際に製品としてマーケットに供給することを通じて、障がい者本人とその家族に対し、社会的な価値創出の成果をフィードバックすることができます。
今後は、擬岩材料にリサイクル資源を使うこと、養殖施設の改善による電力消費抑制といった取り組みを通じて、さらなる温室効果ガスの排出削減を目指します。そして、障がいを持つ人がより多く活躍できるように、製品とサービスの多角化と、それらの作業を担う障がい者に合ったゼロからの工程構築を進めます。健常者をベースに構築した工程では、障がい者が活躍できる余地が限られるからです。リーフアクアリウム事業を通じて、環境保護と障がい者支援という、二つの社会的価値の実現に寄与していきたいと思っております。(了)
■図3 人工ライブロック。セメントベースの擬岩に彩色で石灰藻を再現したもの。人工海水プールで数カ月間培養して微生物が附着した状態で販売している。

■図3 人工ライブロック。セメントベースの擬岩に彩色で石灰藻を再現したもの。人工海水プールで数カ月間培養して微生物が附着した状態で販売している。

■図4 擬岩製造の様子。埼玉県の障害福祉サービス事業者である(株)リズムと提携し、同社の生活介護施設利用者のうち、希望者に製造作業へ参加していただいている。

■図4 擬岩製造の様子。埼玉県の障害福祉サービス事業者である(株)リズムと提携し、同社の生活介護施設利用者のうち、希望者に製造作業へ参加していただいている。

第556号(2023.10.05発行)のその他の記事

ページトップ