Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第556号(2023.10.05発行)

森と川の変貌と海岸環境の保全

KEYWORDS 河床低下/川の樹林化/流砂系
北海道大学大学院農学研究院教授◆中村太士

江戸・明治から終戦直後まで、日本の森林資源はオーバーユーズの時代であり、はげ山が全国各地にみられ、多くの土砂災害や洪水被害が発生した。
その後、高度経済成長期から現代にかけて、外材輸入によって日本の森林資源は温存され、資源があっても利用しないアンダーユーズの時代に入ったと言える。
河川では河床低下が続き、氾濫原では樹木が旺盛に繁茂し、海岸線は後退し、砂浜はやせ細っている。
日本の森と川の歴史
江戸時代から、城郭や屋敷、神殿、寺院などの建築材や燃料としての薪炭材を確保するため、日本の森林は過度に利用されてきた。浮世絵に描かれる樹木も荒れ地に生えるマツが多く、樹木もまばらな疎林が多い。明治から昭和の戦後にかけては、森林の荒廃とはげ山の拡大から、河川に大量の土砂が輸送され、河道を埋めつくしたと考えられる。1910年には利根川、荒川、多摩川水系の広範囲にわたって河川が氾濫した。大水害が発生したことを契機に、全国50河川で連続した堤防による治水事業が展開され、昭和初期までに一応の完成をみる。
戦後の荒廃した国土において緑化事業は大きな役割を果たし、山地や海岸に広く分布したはげ山や崩壊地、裸地は姿を消した。高度経済成長期を迎えた日本では、土地利用の集約化が進んだ。戦後の経済復興を支えるため、木材需要は急増し、政府は広葉樹天然林を伐採して、針葉樹人工林に置き換える拡大造林を実施した。その結果、日本全体で約1,000万haにのぼる人工林が造成された。
河川では、治山・砂防ダム建設が進められ、農地拡大や土地利用の集約化に伴い、河川の捷水路(しょうすいろ)工事(蛇行の直線化)と築堤工事が大規模に進められた。さらに、経済を支える電源開発や水利用のため、多くの貯水ダムが建設され、その後、洪水調節を含む大規模多目的ダムが主流となった。そして、社会資本整備のための道路や鉄道、建造物の資材として、河川では大規模な砂利採取が行われた。
今日の課題
1960年代より木材輸入の自由化が推進され、安価な外材輸入により日本の人工林は温存され、伐採地は減少してきた。むしろ、林業として成り立たない等の理由から管理放棄され、間伐も実施されない人工林が全国に増えており、今では台風等による森林の倒壊が心配されている。
外材輸入と国内森林資源の温存、はげ山の緑化により、流域の土砂生産量は大幅に減少し、砂利採取、ダム建設と相まって、近年、全国の河川で河床低下が顕著になってきている(写真)。河床が下がることは、川が水を流すことができる断面積が増えることになり、治水上の観点からは歓迎されてきた。しかし、侵食が度を超し、数メートル下がりだすと、橋脚や堤防・護岸の根の部分が洗われ、場所によっては構造物の安全性に影響を及ぼす事態になっている。
現在の日本の扇状地・沖積低地にある多くの河川は、平均して1~2m程度、河床が下がっている。河床の低下は生き物にも甚大な影響を及ぼす。河床がどんどん掘れ出すと、大きな石ばかりが河床を覆ってしまい、水生昆虫がすめるような小さな礫がなくなってしまう。サケの産卵床としても適さなくなる。また、さらに侵食が進むと、河床を覆っていた巨礫もなくなってしまい、今度は河床の岩が現れるようになる。岩には昆虫も底生魚類もすむことはできない。
河床が低下する一方で、砂礫河原や氾濫原の樹林化が進んでいる。樹林化とは、かつて河原として維持されてきた場所に、ヤナギ類、ハンノキ類、外来種のニセアカシアなどの樹木が侵入し、旺盛に繁茂することである。樹木が繁茂する理由はさまざまであるが、その多くは上流からの砂礫の供給が減少し、河床が低下し、川が変動しなくなり、洪水撹乱が減ったことに原因がある。川は洪水時に砂礫を運搬する。源流部から土砂が生産され、砂礫が活発に移動する川では、複数の流路が網目状に発達し、広い礫河原が形成される。こうした元気な川では、たとえ樹木が河原に定着しても、すぐに流されてしまい、大きな樹林に成長することはない。一方、今の日本の河川では、河床低下に加えて、発電・取水・治水による流量調節によって流況が安定し、低水路護岸によって澪筋(みおすじ)が変動しなくなっている。その結果、樹林化が進行し、名前の前に「カワラ」が付くカワラノギク、カワラハハコ、カワラバッタなど、河原特有に見られる生物が日本の川から姿を消している。
樹林化は、川にすむ生物相を変えてしまうだけでなく、洪水時にも治水上の大きな問題となる。樹木が川の周りに繁茂すると、洪水時に川の流れに抵抗するため、疎通能力が低下し氾濫する危険性が増す。また、時に流木化して橋脚に引っかかって集積し、ここでも堤防決壊や橋・道路などの構造物を破壊する危険性が増す。
河床低下する北海道豊平川

河床低下する北海道豊平川

海岸への影響と将来の流域管理
外材の輸入による日本の森林資源の温存、人口減少による人工林の管理放棄、治山・砂防ダムによる土砂供給量の大幅な減少、貯水ダムによる流砂の遮断、河川の砂利採取など、戦後の流域管理は海岸に供給される土砂量を急激に減らしてきた。その結果、日本の砂浜は大きく後退し、海岸堤防と消波ブロックで固められている海岸線も多い。白砂青松で知られるクロマツ海岸林も侵食を受け、防潮堤によって保護されている箇所も多く見られる。国土交通省では水源地から海岸までの流砂の連続性を維持するため、「流砂系」や「総合土砂管理」などの概念が提示されているが、その実効性は乏しく、未だに効果的な対策が打たれていないのが現状である。林野庁が管理する森林、国土交通省の中でも管理部署が分かれる砂防、河川と海岸を統合的に管理し、その効果をモニタリングする体制が必要である。
海岸線の後退とそれに伴う海岸堤防と消波ブロックの造成、海岸林の劣化は、高潮や津波による災害リスクを高めている。とりわけ、温暖化に伴う海水面上昇と高潮・津波が発生した場合、既存の海岸堤防が破壊され、内陸に海水が侵入する可能性がある。こうした場合、砂丘や浜堤、さらに海岸林が健全に維持されていれば、高潮や津波の威力を弱めることができるが、浜堤などの自然地形や植生が改変され、住宅地等の土地利用がなされている地域も多く、気候変動に伴う海水面の上昇と台風による大規模高潮の発生が重なった場合、災害リスクはさらに高まる。
これまで海岸林は、高潮や飛砂の被害から守るだけでなく、かつては人の暮らしと密接な関わりをもって維持管理されてきた。農民は、マツ林に生えた広葉樹を薪として使うために持ち帰ったり、林内ではマツの落ち葉かきが行われ、焚きつけ用に使われていた。しかし、戦後の燃料革命によって、マツ林の利用は衰退し、人の暮らしと海岸林の関わりは希薄化、維持管理されなくなったマツ林は、人が散策することはできない広葉樹林へと遷移している。今後、どのように砂浜や浜堤、海岸林という景観を維持していくか。防災・減災のみならず、祭り事など、日々の暮らしの中での利用も検討しながら、行政と地域住民、NGOなどが協働で管理できる枠組みが必要である。(了)

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