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オーシャンニューズレター

第555号(2023.09.20発行)

岩礁海岸に穴を掘るウニが育む生態系

KEYWORDS 海洋生物/生態系エンジニア/住み込み共生
京都大学フィールド科学教育研究センター瀬戸臨海実験所助教◆山守瑠奈

海洋の岩礁海岸では、さまざまな生物が巣穴を掘って生活している。
巣穴は穿孔生物自体の隠れ家となるだけではなく、多様な小型底生生物を育む環境としても機能する。
このように、多くの生物にすみかを提供する生物を「生態系エンジニア」と呼ぶ。
本稿では、岩礁の代表的な生態系エンジニアのひとつであるウニ類について、その生態や共生者を解説する。
岩礁海岸の生態系エンジニア
ウニという生物に、どのようなイメージをお持ちでしょうか。うに丼、うにしゃぶ、お寿司のネタをはじめとする高級食材。また、海洋の環境問題に造詣の深い方は「磯焼け」の原因のひとつ、と思いを馳せられるかもしれません。ウニ類は鋭いブレード状の歯を使って旺盛に海藻を食べます。そして、一部のウニはその鋭い歯や棘を使って磯の岩盤に穴を掘ることができます。「ウニが岩に穴を掘る?」と驚かれた方、今度ウニ料理を食べる際の話の肴にいかがでしょうか。
さて、磯に穴を掘る生物は、実はたくさんいます。二枚貝類は貝殻を、多毛類という陸上のミミズの仲間は酸を、コツブムシというダンゴムシの仲間は顎のやすり構造を使って、岩に穴を掘ります。ウニ類は、こうした磯の穿孔生物の中で世界的にも高い生物量を誇ります。日本の本州沿岸ではタワシウニ類などが巣穴を掘る(写真1)ほか、カリブ海や東南アジアでも、複数種のウニ類が岩盤に巣穴を掘ります。
穿孔生物は頑張って掘った巣穴の中で、捕食者に襲われない安全な暮らしを営んでいます。人であればうらやんで終わりでしょうが、そうはいかないのが生態系。このような家に実際に住む、もとい家主が居るので、そこに居候生活を営む生物が、巣穴の中ではたくさん見られます。こういった居候の共生を「住み込み共生」と呼びます。穿孔生物は、磯の岩盤のように本来単調であった環境を自らの力で複雑化して、他者にすみかを提供することから「生態系エンジニア」と呼ばれます。陸上・陸水環境では、自分たちの巣穴の入り口を冠水させるために河川を堰き止めてダムを作るビーバーが、生態系エンジニアの有名な例です。
■写真1 岩盤に穿(うが)たれたタワシウニの巣穴。高い密度で形成される。

■写真1 岩盤に穿(うが)たれたタワシウニの巣穴。高い密度で形成される。

ウニの巣穴の共生生物
海洋生物研究の歴史の中で、このような生態系エンジニア機能を持つ穿孔生物の巣穴をのぞき見ようとする動きは古くからありました。特に柔軟な干潟域では、地下に広大な巣穴を作るアナジャコやテッポウエビといった甲殻類の巣穴の構造や、その巣穴の中の住み込み共生生物の多様性が明らかにされてきました。干潟は柔らかいため、簡単に掘れる(といっても気合を入れて1〜2m掘る必要があるのでガッツは必要です)ことがそのゆえんですが、硬い岩盤の磯の巣穴も、くじけていられない面白い現象を有します。
磯の巣穴は硬い基盤に造られているために、穿孔生物自体が死んでも、その巣穴が残ります。ウニの巣穴では、穿孔力があるタワシウニが死ぬと、その巣穴はムラサキウニやナガウニなどの、高い穿孔力を持たないウニたちに二次的に利用されます。二次利用ウニたちは巣穴の形と殻の形がぴったりと合致しないので、巣穴の中に広めの隙間ができます。この隙間がとても重要で、小型の底生生物たちにとっては、自分たちが入るには狭すぎず、また外敵が入ってくるには広すぎない、さらに棘に守られた安全な空間となるのです。さながらオートロック付きの家です。
こうした空間には、外の平坦な環境の3倍近くにものぼる小型の底生生物が生息し、さらにはウニの巣穴にしか住まない生物までいます。これだけでも、ウニが磯に生息することによって、生物の多様性が押し上げられていることがわかります。ウニの巣穴の主な特異的共生者は、甲殻類のムラサキヤドリエビとナガウニカニダマシ、そして貝類のハナザラ(写真2)などです。筆者は大学院生の頃にこのハナザラを初めて見て、その可愛さに大敗して彼らの生態の研究に打ち込みました。ここでは、研究成果であるハナザラの生態を少しご紹介したいと思います。
■写真2 タワシウニの巣穴を二次利用するウニ類の巣穴に住み込み共生する貝類ハナザラ。体長8mm。つぶらな瞳(光を感知する程度の機能で、眼点と呼ばれる)が可愛い。

■写真2 タワシウニの巣穴を二次利用するウニ類の巣穴に住み込み共生する貝類ハナザラ。体長8mm。つぶらな瞳(光を感知する程度の機能で、眼点と呼ばれる)が可愛い。

ウニに依存した貝ハナザラの殻の形と行動
ハナザラは、タワシウニが掘った巣穴を二次利用する、ムラサキウニとナガウニの巣穴にのみ住み込み共生をします。二次利用ウニからしてみれば、中古物件を見つけて住み始めたらいつの間にか小さな居候が侵入してきた形です。ウニの巣穴における住み込み共生は「片利共生」といって、片方にしか利益が無い、つまり居候生活をする住み込み共生者は、良いすみかを得てお得満載ですが、ウニにとっては利益も不利益も無い、という様相です。
さて、このハナザラですが、殻が左右対称の笠型をしています。貝類には「カサガイ類」という、左右対称の笠型のグループがありますが、進化の道筋を遺伝子で調べてみると、ハナザラはカサガイの仲間には入りません。ニシと呼ばれ磯物として親しまれるイシダタミなどの巻貝類の親戚にあたります。巻貝類はらせん巻きを手に入れることで、肉食性の魚類などにくわえられたときにツルッと滑り難を逃れるなどのさまざまなメリットを得て、海で大繁栄した仲間です。では、なぜハナザラはその大事ならせん巻きをわざわざ失ってしまったのでしょうか。それには、ウニの巣穴という環境が深く関わっています。ウニの巣穴は狭い空間なので、巻貝のような丸く背が高い生物は、棘に阻まれてうまく巣穴の奥深くにまで入れません。そこで、ハナザラはらせんを失って扁平な殻を手に入れることで、容易にウニの巣穴に入れる体を手に入れたと考えられます。また、ハナザラは行動の面でもウニに対する強いこだわりが見られます。実験としてハナザラをウニと一緒の水槽に入れてみると、移動するウニをどこまでも追いかけていく、という行動を示します。
さて、ウニの巣穴の生物多様性とウニの巣穴の特異的な共生者ハナザラのお話について、楽しんでいただけましたでしょうか。ある環境を見る時、共生系を知らないでいるのと知っているのとでは、その見え方が全く違ってきます。「ウニがいる」で終わってしまうか、「ウニがいる、つまりその巣穴の中にはたくさんの小型生物が住んでいて……」とつながっていくか、どちらの方が有意義でしょうか。また、環境を開発する上での影響評価をする時にも、共生系を考慮しないと生物多様性を過小評価してしまうことになります。生物の生きざまを楽しく知り、生態系の様相を正しく捉えてゆきたいものです。(了)

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