Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第555号(2023.09.20発行)

気候変動対策推進への科学的貢献

KEYWORDS 極端現象/イベントアトリビューション/早期警戒システム
(国研)国立環境研究所理事長、第15回海洋立国推進功労者表彰受賞◆木本昌秀

人為起源の気候変動を止め、避けがたい影響を最小限に留めて、持続可能な新しい社会を構築するために、人類は今まさに強い意思をもって大変革を成し遂げる必要がある。
海洋を主たる一因とする気候システムの科学はこのような意思決定に根拠を与えてきたが、さらに、さまざまなモニタリングデータとコンピュータモデルを統合することによって、自然の働きの解明はもちろん、極端現象等の早期警戒システムの発展につなげることができるだろう。

 
大気海洋変動現象の予測
森羅万象、常なるものはないことは古くからの先人の教えであるが、いまわれわれは大きく変化する気候、そしてそれに伴う危機を克服できるか否かを問われている。必要とされる変革の大きさは、気候変化に伴う悪影響を最小限に留める、という受け身な動機のみでは実現し得ないもので、新しい持続可能な世界を構築するという強い意志が必要とされる。
このような大きな転換の只中で何ができるのか。一個人としてはともかく、自分の関わった研究分野の貢献は必ずしも小さくはなかったと思う。まず、気象庁で数値天気予報に携わっていた時に与えられたエルニーニョ現象の予測。個人的には先達に見習って大気海洋結合モデルを組み立て、予測の初期値を用意するためにXBT(水温の鉛直分布測定装置)を中心とした海洋のデータセットを整えただけであるが、エルニーニョのメカニズム研究、熱帯太平洋への自動観測ブイの展開、そして何より簡便なモデルながら半年先の予測が可能であることを示した研究が道標となって定常的なエルニーニョ予測が、日本では世紀の変わり目直前に実現した。2023年スーパーエルニーニョが発生しそうなこと、しかし日本の夏は統計からは外れて暑くなりそうなことが早々と議論されている。ところで、熱帯太平洋のエルニーニョ予測は半年以上先までかなりの精度があるが、全球他地域の気象の長期予報は3カ月先でもまだまだ十分な精度はない。大気のカオス的挙動がネックになるためである。それでもこの30年、気象カオスの大先生、エドワード・ロレンツ(米国の気象学者、1917-2008)の言を超えて、なかなか見込みのある予測をコンピュータモデルがはじき出すようになったことは感慨深い。筆者が見習いだった1980年代には長期予報は勘と経験で出すものだとされていたのとは大違いである。
海洋でも気象の高層観測よろしく、Argoフロート※1が全海洋をカバーして定常的にデータを取得することが可能になったため、全海洋の初期値が充実し、2010年代には気候の十年規模予測研究が始められた。太平洋や大西洋、ことに前者の自然の十年規模変動の予測は極めて困難で、現在でも大きな課題として残っているが、この時間スケールでは地球温暖化シグナルが大きな割合を占めることもあって、十分ではないにせよ世間に予測(見通し)をお伝えする価値はある。そこで世界気象機関は2020年以来、毎年1回定期的に十年規模気候見通しを発表している。資料の元になっているのは日本も含む世界の気象機関・研究機関の予測データである。最新版では、次の5年に6割以上の確率で全球平均気温偏差が1.5℃以上の年が現れると見通されている。
気候変動と極端現象
数年や十年規模の自然変動予測はもちろん、人為起源の温暖化予測においても海洋のモニタリング、役割解明は必須である。最新の『IPCC第6次評価報告書』(2021)においては、平均的な気候の変化以上に、極端現象と呼ばれる、頻度は低いが局地的で平年偏差が大きい現象、例えば猛暑、大雨、干ばつ等々、の温暖化に伴う変化の定量化、人為要因の寄与評価が画期的に進んだ。実際に人間社会や生態系が大きなダメージを受けるのは極端気象に伴ってである。極端気象は局地的であるため、その評価や予測には高解像の数値モデルが必要とされ、さらに頻度の低い現象をカバーするため、同一条件での数多くの(大アンサンブル)実験を繰り返さねばならない。最近の日本の極端気象で言うと、2018、2022年の猛暑は温暖化無しでは実質起き得なかったこと、平成30年豪雨(2018)の雨量は温暖化のせいで7%近く嵩上げされていたことなどがわかっている。このような研究はイベントアトリビューション※2と呼ばれて、近年盛んに取り上げられるようになったが、スーパーコンピュータの進展があって初めて、よりわれわれに身近な現象への温暖化影響を生々しく語ることが可能になり、気候変動の切実さを伝えることができるようになったのである。ここで用いた大アンサンブルデータセットは文部科学省の研究プロジェクトの中で作成し、商用利用を含めて一般公開している。このデータをさらに細かくダウンスケールした結果等を基に国土交通省は2019年、流域治水構想の中で初めて治水計画に温暖化に伴う雨量増加を含める決断をされた。
海は気候の最重要要素の一つである。上述の気候変動に関する研究成果は大気海洋結合モデルの計算を基軸に展開された。近年では、海洋熱波※3と呼ばれる極端現象、その生態系等への影響が盛んに議論されており、海洋熱波が温暖化の影響を受けて頻発化、激甚化していることが示されている。
■図1 極端気象の考え方
■図1 極端気象の考え方
外的条件が同じでもその時々の気象状況により気温偏差の生じ方が確率的になる。平均から大きく離れた現象を極端現象と呼ぶ。温暖化等で外的条件が変わると、頻度分布が微妙に変化する。(図提供:森正人博士)
監視・分析から早期警戒へ
高解像度、大アンサンブルの数値実験がすでに起こった現象の分析に有用なことは言うまでもないが、気候変動対策に更に貢献するには、これらをもとに早期警戒~リアルタイム予測情報の提供を充実させてゆく必要があるだろう。たとえ数十年に一度の極端気象が起こったとしても逃げる時間が稼げれば多くの命を救うことができる。ここにおいて、人工衛星はもちろん、水蒸気や降雨を測るリモート観測システムの充実が決定的に重要である。すでに気象予報では、台風の5日進路+強度予報、線状降水帯ポテンシャルの発表が実現している。さらに洪水や土砂災害等気象現象が引き起こす災害にまで情報範囲を広げる可能性が検討されよう。海洋においても黒潮の予測システム等実用化されており、生態系等への影響にも拡張が考えられる。極端現象ばかりでなく、炭素循環など十年規模の気候・物質循環の監視、分析、見通し情報も気候変動対策には極めて有益であろう。ここでも、重要なプレーヤーである海洋の生物化学モニタリングが重要である。温室効果ガス等の監視、早期警戒システムの確立に向けては、世界気象機関がここ数年顕著なリーダーシップを発揮している。
複雑な自然のこと、何もかもが同じ精度で予測できる道理はないが、自然の実態、メカニズムを解明する観測・モニタリングの努力、早期警戒システムの確立を目指して一層充実させることができれば、と願う。(了)
■図2 2022年11月、COP27で公表された世界気象機関(WMO)のEarly Warnings for ALLアクションプラン

■図2 2022年11月、COP27で公表された世界気象機関(WMO)のEarly Warnings for ALLアクションプラン

※1 Argoフロートとは、国際アルゴ(Argo)計画により投入される漂流型計測器
※2 イベントアトリビューションとは、人間活動による地球温暖化が、ある特定の極端現象(〇年の猛暑、〇県の集中豪雨等)の発生確率や強度をどの程度変えたかを定量評価する研究
※3 Ben P. HARVEY著「海洋熱波が海洋生態系に及ぼす影響」本誌第474号(2020.5.5発行)https://www.spf.org/opri_/newsletter/474_1.html 参照

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