Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第554号(2023.09.05発行)

民間事業者視点からの海業への期待

KEYWORDS SHAKOTAN海森計画/海森学校/海業
(株)積丹スピリット代表取締役◆岩井宏文

北海道積丹町では、官民が連携し「海業」への取り組みを進めている。
「SHAKOTAN海森計画」というプラットフォームを設立し、海森学校等の展開とともに、新たな事業者の集積も進んでいる。
これらの活動は、多数の企業や個人の会員が支えている。
漁村の課題と新たな胎動
漁村は、海や森の自然が豊かで、新鮮な食べ物があふれる、私たちの心身のリフレッシュや暮らしを支える大切な地域です。また、SDGsの精神が社会に浸透している今、持続可能な社会の象徴の一つとしても注目され、海や森をフィールドとする食、観光、健康、環境、エネルギー、ビジネス等の多様な活動が展開されつつあります。一方で、人口減少が著しい漁村にとって、漁業生産はもとより、豊かな海や森の管理、観光の持続化は待ったなしの課題であり、中でも人材の確保は喫緊の課題です。これらの期待や課題を背景として、漁村を取り巻く状況は急速に変わりつつあり、従来からの漁業・水産業・観光業などの産業の枠組みに、持続可能社会に必要な枠組み等を加え、総体としてヒト・モノ・カネが循環する社会へと変容を遂げようとしています。
私たちとしては、これらの期待や課題を踏まえ、地域経済の発展の糧になるプロジェクトを考えていきたいところであり、新たな担い手として意欲ある企業や団体、社会事業家等の地域への誘導に取り組んでいます。
積丹町における活動の広がり
私たちの活動目的は、積丹の海や森を未来につなぐ事業者や人材の確保にあります。その実践として、まず、2018年に、町の地方創生事業から蒸溜酒製造会社(株)積丹スピリットを設立し、「クラフトジン」を通して、ジンというお酒の普及とともに地域イメージの転換に取り組み、地域資源の有効活用を図りたい事業者のためのビジネス環境づくりを進めました。2018年以降には、羊を飼う会社や、アウトドア会社、温泉再生会社などのいわゆるローカルベンチャーが設立されたほか、森林体験や、エコツーリズムなどを担う活動も取り組まれており、新たな仲間づくりは一定の成果を上げ、地域活動のコアを形成しつつあります。これに呼応する形で、積丹町役場が地域おこし協力隊の制度を活用し、従業員の募集枠を各社に設けていただきました。その結果、意欲ある人材がこの町を訪れ、相互の連携がとりやすくなり、地域住民を巻き込んだイベントやまちづくり活動もできるようになり、さらにパワーアップしています。
小さい町でありながら、このようにいろいろな動きが生まれるようになり、漁業や観光業の後継者探しへの問題意識も高まっていたことから、活動の力をまとめ上げる場として、2021年10月に、弊社が主宰して「SHAKOTAN海森計画※」という活動のプラットフォームも設立しました。“楽しく、美味しく”をモットーに、「食卓の創造」「大自然の体感」「海文化の共有」「ものづくりの体験」「未知への冒険」の5分野からイベントや研修事業等を展開する情報アンテナとして運用をはじめています。このために、「SHAKOTAN海森計画」には会員制度を導入し、地域の応援団となりうる個人や、企業・団体が集うクラブを作り、一定の入会金で永久会員になる個人会員と口数単位の入会金を支払うパートナー企業・団体会員を設立し、現在は個人会員350人、パートナー企業・団体会員22社に在籍いただいています。
2022年3月に閉館した町営温泉は、このような流れの中から、全国大手の不動産会社や道内大手企業5社が集い、企業版ふるさと納税や出資によりご参画いただき、再生会社による運営を開始しました。これは本当に大きな成果であり、地域事業の継承のモデルと考えています。
今年(2023年)3月に開催された「海業」の自民党専門部会において、議員の方から「どうして小さな漁村にこのような企業や団体が集まるのか?その素地はどのようにつくられたのか?」というご質問をいただきました。これは積丹町の地域創生の指針であるプロジェクトブック「RE_ACT」の存在、そこから生まれたジン会社によるイメージ発信の牽引、続く複数のローカルベンチャーの起業、「SHAKOTAN海森計画」での広がり、そして何より官民連携への積丹町のぶれない姿勢が大きいと思います。
「SHAKOTAN海森計画」のボタニカルツアー

「SHAKOTAN海森計画」のボタニカルツアー

これから海業に期待したいこと
創意工夫による魅力的な暮らしや地域づくりを通じて、多様な人々を受け入れ、移住・定住につながる事業や働きの場を生み出していく組み立てがとても重要です。積丹町では、官民連携の次なる取り組みとして、「ブルーカーボン」の実証事業に乗り出しました。もともとはウニの餌となる昆布養殖にウニ殻堆肥を使用する循環プロジェクトが出発点でした。
私たち「SHAKOTAN海森計画」も、これまで温めてきたエコツアーや歴史文化の学びのコンテンツを、今年、「海森学校」としてデビューさせます。これらは別々の歩みの取り組みですが、「ブルーカーボンクレジット」を媒介に、漁師、町民、外部企業がつながり、一回り大きな資金循環が生まれます。このような新たなコミュニティを生み出す取り組みこそが、閉塞感が強まる漁村が豊かに持続するためのヒントであり、「海業」の姿ではないかと思います。
この「海業」において具体的に実施したいこと、とりわけハード整備については、個人的には、地元住民や事業者の間での議論に注目しています。「漁村なのに魚屋がない」「ウニの出漁日数が限られ飲食店としては苦しい」「ウニの餌の昆布が足りない」「天気が悪いと過ごせる場所がない」「ウニの生態や生物を見せる場所が欲しい」など、意見の収束には至っていませんが、前向きで魅力ある内容だと思います。ウニの町に相応しい観察・研究拠点のほか、秋〜春の季節の目玉となる未利用魚を活用したスープ事業等の製造拠点、さらには「海森学校」の拠点として、町内外の小中学生、大学生のフィールドワークに集う空間づくりも進めたい、という思いもあります。
国が進める「海業」には、すでに幾つかの課題を解決するための政策が進められていると聞き及びますが、地域の創意工夫にもとづくソフト的な事業への支援とともに、漁港区域でのハード整備においては、新しい取り組みを進めるときに生じる可能性がある調整手続きの一元化や透明化、漁港施設用地の長期賃貸借期間の確保、民間事業者への弾力的な整備の許可、融資や民間資金を引き出しやすい補助事業体系の整備などの課題があります。今後、民間事業者が続々と「海業」に加わるためにも、地域の個性に応じてより弾力的に使える制度の構築を期待しています。(了)
ウニ博士(積丹町水産技術指導員 水鳥純雄氏)によるサスティナブルセミナー

ウニ博士(積丹町水産技術指導員 水鳥純雄氏)によるサスティナブルセミナー

※ 「SHAKOTAN海森計画」ウェブサイト https://umimori.club

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