Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第554号(2023.09.05発行)

台風制御の予測と監視に貢献する海洋無人観測機の開発

KEYWORDS ムーンショット研究開発/台風予測・制御/USV/VM
(国研)海洋研究開発機構地球環境部門大気海洋相互作用研究センター調査役◆森 修一

日本の防災に重要な台風は、その発生発達に重要な中心周辺域の海上大気や海洋表層の継続的な監視が重要だが、衛星観測だけでは台風強度を正確に把握することが困難である。
ムーンショット研究開発プログラムの一環として、自律的に台風の中心周辺域を追跡可能な仮想係留(Virtual Mooring)機能を持ち、発生発達に伴う移動と共に大気・海洋データを継続的に取得できる海上無人観測機(VMドローン)を開発中である。
 
台風強度観測の重要性と難しさ
日本は多様な自然災害が数多く発生する国ですが、その中でもまず間違いなく毎年やって来るのが台風です。防災対策として重要な日本の台風研究は歴史も長く、気象庁や研究機関、大学などが積極的に観測・解析・予測の向上に取り組んでいます。また、近年の気候変動により台風の発生数や強度が影響を受けるとも指摘されており、台風研究がますます重要視されています。実際、数値予報モデルの進化等により台風の進路(台風中心位置)予測精度は過去20年間で大幅に改善されています。その一方で、台風の強度(中心気圧と最大風速)予測は、残念ながら明確な精度向上が見られていません。
そもそも台風の進路や強度はどのように測るのでしょうか?台風の発生する熱帯海洋上や進路にあたる北西太平洋上には基本的に気象観測点はなく、歴史的には台風進路の近傍にあたった陸地や島、商船や軍艦等の観測データから推定されてきました。戦後しばらくまで富士山気象レーダーや定点観測船による観測もありましたが、1977年の静止気象衛星ひまわりの観測開始に伴い、雲画像の渦中心から台風位置が決定できるようになり、台風進路の把握と予報は大きく前進しました。
一方で、気象衛星からでも台風強度を直接測ることはできないため、雲分布パターンや雲頂の温度など衛星画像から統計的に導き出す手法(ドボラック法)が用いられています。しかしながら、終戦直後から1987年まで行われてきた米軍航空機による直接観測と比較した結果、衛星観測によるドボラック法で同じ強さと「推定」された台風に対して、航空機観測による「真の強さ」には気圧で数十ヘクトパスカル(hPa)ものバラツキがあることが分かりました。もちろん現在用いられている「客観ドボラック解析」では精度向上が図られているはずですが、今は継続的な航空機観測もなく比較すべき肝心の「台風強度の真値」が分からないというジレンマにあります。
ムーンショット研究開発プログラム
まさしく近年の気候変動下で激甚化する気象災害に対して、「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」を目指す、ムーンショット型研究開発制度(MS)目標8※1が始まりました。もちろん人工的な気象制御の実現にはさまざまな困難がありますが、特に台風の制御を考えた場合、台風を制御するための「人為的な介入をすべきか否か」に必要な予測判断や、その人為的な介入後の状態が「予測された制御範囲内にあるか否か」の監視には、対象となる台風の進路や強さの「真値」が高い精度で必要です。横浜国立大学TRC(台風科学技術研究センター)※2による試算では、台風制御による中心気圧5hPa上昇で、最大風速が3m/s減少、経済損失は1,800億円削減とされています。
台風は暖かい海面からの熱供給により発生発達するため、台風予測や制御の検討には台風中心周辺域における海上気象はもちろん、海洋表層(深さ約150 mまで)の温度構造を精度よく監視することが重要ですが、上記のように航空機や衛星観測から行うのは困難です。
このため、私たちは風力や太陽光など自然エネルギーを最大活用し自律的に台風中心周辺域へ留まり続けることが可能なVirtual Mooring(仮想係留)機能を有し、台風の発生および発達に伴う移動と共に継続的な大気海洋観測データを台風制御研究コミュニティや気象庁等へ送信可能なUSV(Unmanned Surface Vehicle)である「海の無人観測機(VMドローン)」(図1)を開発することにより、台風制御に必須な予測と監視の実現に貢献することを目指しています※3。もちろん1機のVMドローンでできることは限られており、例えばMS目標8の目指す2050年までに熱帯北西太平洋域の5°×5°格子点に9~12機配備する船団形態での運用を提案しています。
2023年は実現可能性研究(FS)3年計画(2022〜2024年度)の2年目に当たり、この間に台風環境下で耐え得るための船体設計や観測センサー類の改良およびラボ試験、水槽実験(強度試験等)、沿岸海域試験(航行性能、船体制御、観測センサー精度等の確認)を行ってきました。2023年6〜7月には海洋地球研究船「みらい」を用いて台風発生集中域であるフィリピン北東沖にて初の外洋試験を短期間行った上で、最終的には2024年に同海域で長期にわたる実運用試験を行う計画です(図2)。
■図1 VMドローン試作機の本体概要。今後の検証により仕様変更の可能性あり。

■図1 VMドローン試作機の本体概要。今後の検証により仕様変更の可能性あり。

■図2 (左)気候学的な台風発生地点(赤丸、1951~2021年、デジタル台風※4より作成)。(右)海洋地球研究船「みらい」定点観測で行うVMドローン外洋試験の実施予定海域。
■図2 (左)気候学的な台風発生地点(赤丸、1951~2021年、デジタル台風※4より作成)。
   (右)海洋地球研究船「みらい」定点観測で行うVMドローン外洋試験の実施予定海域。
世界の動向と今後の予定
気象海洋観測に用いるUSVとしては、すでに幾つもの機種が開発されており、それらを用いた先行研究も数多くあります。例えばNOAA(米国海洋大気庁)は同じく帆走が基本の米国製Saildrone※5を5~7機用い、2021〜2022年に熱帯大西洋でのハリケーン観測を継続的に行っています。また、日本でも波力推進の米国製Wave Gliderを用いて2016年に台風観測を成功させています※6。しかしながら、Saildroneは大型(船体長約7m)で日本領海等での運用に法令上著しい制約があるほか、台風研究に重要な海洋表層の温度構造を得ることができません。また、Wave Gliderは巡航速度が遅く(約1m/s)台風進路へのタイムリーな移動や追跡が難しい等の課題があります。これらの制約や課題の解決を念頭に置いた上で、VMドローンは日本領海やEEZを含めた北西太平洋域における台風観測を主目的として開発していますが、その用途は一般的な海洋環境調査のほか、例えば海底地震計や無人海洋資源探査機との通信中継プラットフォームとしての利用など、今後の海洋状況把握(MDA:Maritime Domain Awareness)への貢献も十分期待できます。MS目標8としての将来的なVMドローン船団による台風監視の実現に向けては、こういった内外の海洋科学技術に通じた大学や民間企業との共同研究など、単一機関で閉じることなく幅広い分野との交流によるオープンイノベーションを目指すことが大事だと考えています。(了)

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