Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第553号(2023.08.20発行)

水波と浮体の流体力学的相互干渉の研究

KEYWORDS 海洋浮体工学/浮体式海上空港/海洋再生可能エネルギー
大阪大学名誉教授、第15回海洋立国推進功労者表彰受賞◆柏木 正

海洋に波浪は付きものであるが、水波と浮体の流体力学的相互干渉を正しく理解すれば、波の影響を減少させ、逆に波のエネルギーを賢く利用・制御することができる。
それに関する海洋浮体工学の研究が貢献してきた例として、浮体式海上空港実現のための研究、海洋での再生可能エネルギー利用の研究、波浪中耐航性能に優れた船舶の開発研究を紹介する。
海洋浮体工学が貢献できること
海洋浮体工学と聞いて、それが私たちの日頃の社会生活とどのような関わりがあると思うだろうか。日本は海に囲まれ、EEZ(排他的経済水域)の面積は世界第6位である。それを生かした、海洋での再生可能エネルギー、海底鉱物資源、水産資源などの開発・利用は日常生活にも重要である。また、世界の貿易貨物移動量の99.7%は船舶による海上輸送によって行われており、それに必要な船舶の設計・建造や高性能化、運航・操船の自動化、脱炭素化などが思い浮かぶように、船舶海洋工学は、島国でありかつ技術立国である日本にとって重要な分野の一つである。
また、海洋には波の存在は付きものである。時にはその猛威によって船舶や海洋施設が破壊されることもあるが、波と浮体動揺の関係を正しく理解して波の影響を減少させること、あるいは逆に波のエネルギーを賢く利用・制御することも可能である。さらには、海洋エネルギーの開発と同時に、海洋環境の保全や回復も私たちが住んでいる地球を豊かにするためには大切なことである。
海洋浮体工学、とりわけ水波と浮体の流体力学的相互干渉の研究が貢献してきた幾つかの例として、海上空港の実現を念頭に置いた超大型浮体の研究、洋上風力発電・波浪発電浮体の研究、湾内の静穏域を創出するための浮き消波堤の開発研究、波浪中を航行する船の動揺・抵抗・エネルギー消費が少ない船型の開発研究などを以下に紹介する。
浮体式海上空港の実現可能性
利用可能な平地が少ない日本で、新たな空港を海上に浮体式で造るという壮大な構想は、1970年代の関西空港(第1期)の建設の際にも、1990年代に行った第2期の関西空港建設の際にも検討された。浮体式なら、埋め立て方式に比べて耐震性に優れ、地盤沈下の心配もない。また海底地盤などに影響されないので比較的短い工期で確実に建設できる。将来的に撤去も可能であるため、海洋環境への影響も圧倒的に少ない。ただ空港として超大型浮体を建設した前例がないため、安全性に対する不安を完全に払拭することができなかった。
その反省もあり、1995年から実証実験を含めた超大型浮体(メガフロート)実現のための研究を本格的に行うために、メガフロート技術研究組合が設立された。浮体式空港建設技術の確立、航空機の離着陸支援システム技術の確立、環境影響評価技術の確立などが主な目標であったが、大学の研究者として興味があったのは、超大型浮体の動的な弾性挙動計算法の開発であった。いくら鋼材で造られると言っても、巨大な平面寸法に対して上下方向に薄い浮体であるがゆえに、水波などの外力に対して動的な弾性応答が顕著となるが、従来の計算法では計算時間が極めて膨大となり、十分な計算精度も期待できなかった。しかし、多くの研究者が興味を持って切磋琢磨した結果、比較的短い期間に多くの優れた研究成果が得られ、いわゆる「流力弾性学」が発展した。世界中の研究者がこの流力弾性学に興味を持ち始めたが、メガフロート研究が行われていた当時は、明らかに日本が海洋工学研究の先頭を走っていた。筆者もその一翼を担えたことは光栄である。
関西空港の建設を浮体式で検討した際には、波浪による外力を小さくできるという理由で、多数の円筒支持浮体の上に滑走路を載せるセミサブ式が提案された。しかし、当時の技術では、海上空港として必要な非常に多数の要素浮体間の流体力学的相互干渉を厳密に計算することは難しく、信頼できる結果を示すことができなかった。その後、メガフロート研究に関連して、数千本単位の大規模浮体群の相互干渉も筆者の「階層型相互干渉理論」の確立により数値計算が可能となった。これは海外の応用数学者にも注目され、現在でも数多くの波浪発電浮体や洋上風力発電浮体の最適配置の研究などで活用されている。
ポンツーン型浮体式海上空港の流力弾性挙動 の計算例

ポンツーン型浮体式海上空港の流力弾性挙動 の計算例

海洋での風力発電・波浪発電浮体や高性能浮き消波堤の開発
ご存知のように、浮体は波浪中で揺れるという宿命をもっている。特に、浮体に働く慣性力と復原力の大きさが同じで符号が逆となるときの浮体固有の周波数が、外力である波の周波数と同じか近いときには、同調という現象によって、浮体の動揺振幅が非常に大きくなる。風力発電浮体では、風車による発電効率を高めるために波の影響を極力小さくする必要があるので、浮体の固有周波数が主な波の周波数と大きく異なるように浮体を設計する。逆に波浪発電浮体では、発電量を大きくするために、浮体が同調して動揺振幅が大きくなるように工夫する。また、湾内での各種の水産資源の人工養殖のためには、海洋環境との親和性が良く、かつ外海から湾内への波の進入を極力少なくできるように、波の反射性能に優れた浮き消波堤を開発・設置することが求められる。
このように、目的に応じた浮体の開発を行うためには、水波と浮体の流体力学的相互干渉に関する知識を工学的に応用することが求められるが、それは海洋浮体工学の重要な守備範囲である。
波浪中性能に優れた船舶の開発研究
波浪中を航行する船の激しい運動によって、構造的な損傷が発生したり、船体に働く抵抗が波浪中で急激に増加したりするので、それらを少なくするためには、まず波浪中船体運動を正確に計算できることが必要である。これは、耐航性理論と言われる船舶工学での重要な研究分野である。
船体は一般に細長いことから、船体の長手方向に直角な横断面内での2次元計算値を長手方向に単に積分する「ストリップ法」と言われる計算法が1960年代に開発された。この計算は、今でも実用計算法の一つとして用いられているが、よく観察すると、船体周りの流場(水の流れ)の3次元影響や前進速度影響による違いがある。それをすべての波周波数・波向きに対して、実用レベルで考慮できるようにすることが耐航性理論の高度化のために必要であった。そこで筆者は、緻密な数理解析に基づいた「Enhanced Unified Theory」という理論計算法を、今から20年以上前の2000年前後に実用計算法として確立した。この理論における考え方は、狭水路での側壁影響の研究、双胴船の流体力学的相互干渉の研究、波浪中抵抗増加の実用計算法の開発などへと発展された。最近では、船がつくる非定常波と波浪中抵抗増加の関係に関する非定常波形解析や、船体表面での非定常圧力の時空間分布の計測とそれによる新しい耐航性能計算法の開発と検証などの応用研究が行われており、今後も更なる発展が期待されている。(了)
波浪中を航走する船体に働く非定常圧力分布の計測実験

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