Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第552号(2023.08.05発行)

定置網漁からはじめる海業

KEYWORDS 漁業の教育産業化/持続可能な開発のための教育(ESD)/海業
(株)ゲイト代表取締役◆五月女 圭一

何かと何かが交わったところにイノベーションが起きる。
意図的に何かと何かを混ぜることで、何が起こるかはわからないけども、何かが起こる。
漁業と居酒屋、海と教育、漁村と女性、大人と子どもなどを混ぜながら、海業で、楽しく漁村の未来を描いている。
漁業(定置網漁)から「海業」をはじめた背景
筆者が経営している会社は飲食(主に居酒屋)を主たる事業とし、多い時には東京で20数店舗展開していました。2011年の東日本大震災をきっかけに、さまざまな課題が顕在化しました。特に電気代の値上がり(5年間で25%)から、居酒屋の仕入れが毎年10%から15%値上がりし、一方で品質は下がるという現象に直面しました。食を扱う企業として責任をもって提供するため、国内外を問わず商品政策やサプライチェーンの構築に走り回りました。安定的な仕入れを目指して山梨で農業にも挑戦していたころ、たまたま三重に誘われて漁業の視察にいき、少子高齢化で追い込まれている漁村をみてショックを受けました。魚を買っているだけでは、漁業の担い手はいなくなり、すぐに魚を買えなくなることに気がつき、「このままだとお魚が食べられなくなってしまう」と、その日のうちに漁業をやろうと決断しました。これまで仕入れのため問屋に支払っていた年間1億円を、生産地への投資にスイッチしようと決めました。また、当時の外食産業の市場規模が24兆円ほどで、仕入れ3割とすると外食産業全体で仕入れに7兆円ほどかかっているところから、外食産業が一次産業へ直接投資をできたら、一次産業が変わるのではないかと構想しました(図1)。
ところが当然のことながら、新参者の漁業初心者に譲ってくれる漁場で、天然の魚がたくさん獲れることなどありません。「獲った魚を市場へ出す」という既存モデルでは、苦戦することは容易に想像がつきます。また、県外、ましてや東京のような都市部の企業を、地元漁協や地域が受け入れるのは、今までと違った思想や展開を期待され、それが役割だと認識していました。そこでまず手始めとして、筆者は漁業者として定置網漁に取り組みながら、漁業者である乗組員以外の人が同乗し漁業を体験できるよう許可や体制など整え、海や漁村の地域資源の価値や魅力を活用する事業、つまり「海業」へと発展させていきました。
消費者が漁船に同乗し、自分が漁で獲った魚を自分でさばいて食べる体験は、できそうでいて、できない価値ある体験です。女性や子どもでも体験できるようにするために、より小型な超小型定置網漁の方が都合が良かったことも幸いでした。漁獲量を期待せず、市場に売るほどたくさん獲る必要がなく、体験者の食べる分のみ獲れればよいからです。定置網漁は魚を獲るワナではなく、人を集める仕掛けだと考え方を置き換えてみると、どうしたら漁の体験がもっと楽しくなるだろうと視点が変わりました。観光客は、地元のガイドさんに観光協会から送客してもらいました。その結果、定置網体験のできる町として、合計3経営体が体験漁業できるようになりました。これで地元の学校の希望者にも体験してもらえる土壌ができました。今では、超小型定置網の仕掛け自体も子どもたちで作ってみようという企画も進んでいます。
■図1 外食産業は未来への投資ができる!

■図1 外食産業は未来への投資ができる!

■図2 自ら漁をし、自らが魚をさばく体験

■図2 自ら漁をし、自らが魚をさばく体験

漁村、漁業を教育産業に
これまでにいろいろ試した結果、民間企業である弊社では、過疎地域の流出3要素と言われる教育・産業・医療を受け入れの主軸として「海業」を進めて、地域の存続のための協業や連携を模索しています。特に教育フィールドとして漁村の活路を見出しており、東京海洋大学や三重大学、鳥羽商船高専などが合宿場所にしています。テーマはICT(情報通信技術)やデジタル、環境リテラシー、漁業経営などさまざまです。いずれも学校の先生の漁村への現地訪問・漁業体験がきっかけではじまりました。さらに東京の新渡戸文化学園と連携し、修学旅行から脱却し、子どもたちが自ら考えて動くスタディーツアーとして継続した地域づくりを実践すべく、漁村に学校の活動拠点を置いてもらいました。漁業体験の参加者をお客さん扱いしないことや、就業体験も希望により実施し、未来の種をまいています。
日本は毎年平均470校もの公立学校が廃校(H19~29年度累計、文部科学省)となり、ハードとしての校舎や学校維持は厳しく、通信型と訪問型を組み合わせたソフトの学校を目指す新たな取り組みの起点として、筆者は漁村に注目しています。ESD(持続可能な開発のための教育)を実践するフィールドとして漁業の教育産業化を目指しています。
すでに、登校前に漁をしてから学校へ行く子たちが現れたり、中学生が個人事業主になって、地域おこしに協力したりする事例が生まれています。また、子どもの体験者のほぼ100%が海を好きになって、半分くらいが漁師になりたいと言いますが、漁村の人口そのものを増やすことにはこだわらず、地域に関わる人と機会を増やせればと思っています。外部から来たわれわれや子どもたちが率先して地域活動の担い手になろうと、地域の神事、イベントなど含め、日常的に協力する努力もしています。かつ、応援も呼びます。時折ハレーションも起きたりしますが、地域を知るきっかけになるので、むしろ良い機会だと捉えています。地域の方々、伝統や文化、歴史背景含め、すべて地域資源とみなして価値創造の対象としています。
地域ビジョンにおける海業のポイント
世界に類をみない少子高齢化の日本のうち、漁村は最も顕著でもあり、課題山積であると言えます。それすら地域資源と捉えれば前向きに取り組むことができます。
「海業」は、10年後、20年後、できればもっと先をみすえた構想であって欲しいと思っています。子どもたちにとって、日本がどういう国であったらいいか?島国である日本が海とどのように付き合うのか?防衛やエネルギー政策、食料自給、教育なども踏まえて全体構想の中の地域や漁村の役割を明確にしていくのに、「海業」の構想はいいきっかけになると思います。歴史や文化を残し活かしつつ、今までの延長線上にない未来を描くと決めて、漁業は資源管理・資源回復に努め、魚を獲るのをやめてでも、漁獲以外で儲かるモデルをつくり、それをベースとし、漁獲もその時の資源状況にあわせて考えられるようにしておくのは、子どもたちに残せる選択肢だと思います。
そういった意味からも、地域の合意形成が図りやすいテーマの取り組みと、未来の主人公になる若手主体の体制づくりが、海業のポイントと言っていいと思います。豊かな海に寄り添う地域づくり、女性も働ける職場づくり、子どもが楽しめる環境づくりなど目指す地域のビジョンを描き、海業ならではのアプローチを強調し、海が楽しくなるものはすべて海業と考えて自由に構想するとよいと考え、取り組んでいます。(了)

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