Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第552号(2023.08.05発行)

洋上風力発電の沖合展開に大切な視点

KEYWORDS 浮体式洋上風力/水産業界/漁業協調
(一財)東京水産振興会理事、海洋水産技術協議会代表・議長、元水産庁長官◆長谷成人

沖合漁業者にとって、洋上風力発電施設の魚礁効果や保守点検に伴う雇用創出といった従来の漁業振興策は魅力を持たない。
しかも広い水域で操業するため、複数の案件から影響を受ける。
沖合における浮体式洋上風力の導入目標を策定する政府には、再エネ海域利用法に基づき「漁業に支障が見込まれない水域」を見出す最大限の努力とともに、関係する全案件の計画を示すなど漁業者への一層の配慮が求められる。
案件形成の現状
洋上風力発電については、2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画における「2030年までに10GWの案件形成を」という目標に対し、再エネ海域利用法※1に基づく一般海域の案件だけで、これまでに秋田、新潟、千葉、長崎の4県において約3.5GWの案件がまとまってきた。漁業に支障がないと見込まれる水域で案件を形成するという漁業協調型の考え方で合意に至り法律ができた経緯を知る者として、なんとかここまでは来たかという思いが強い。
一方、各水域で検討が行われる過程で、案件形成のために多くの発電事業者側の企業がバラバラに現地に入ったことによる浜の混乱、都道府県庁部局間の意思疎通不足、地元自治体の域外漁業者の操業実態認識不足・意向確認不足など、課題も多く見られた。
発電事業者側の企業にしてみれば、地元と思える漁協に何度も足を運び、やっとの思いで理解を得たと思った頃に、その沖合で操業する漁業者の反対に遭うことになる。逆に、沖合漁業者にしてみれば、知らないうちに自らの漁場を舞台とした案件形成が進んでいたことになる。筆者が代表を務める海洋水産技術協議会が2022年6月に公表した『洋上風力発電施設の漁業影響調査実施のために』※2で強調しているように、漁業影響調査の第1段階として「関係漁業者の把握」が何より重要だ。
沖合展開の課題
最近では政府において、対象水域をEEZにまで広げるための法整備が検討されている。また、2023年4月には、総理大臣官邸で第3回再生可能エネルギー・水素等関係閣僚会議が開催され、岸田文雄総理は「浮体式洋上風力発電について、官民が協調し、早期に今後の産業戦略および導入目標を策定し、国内外から投資を呼び込みます」と述べられた。脱炭素が急務のこの時代に、浮体式の技術を活用しながら、国連海洋法条約に基づいて対象水域をEEZにまで拡大すること自体は当然の発想である。しかし、沖合漁業者にとっては、これまで合意形成できた地区の沿岸漁業者には通用した漁業振興策(風車の魚礁効果や施設の保守点検のための雇用創出)は魅力を持たない。特に、まき網、底びき網、浮きはえ縄といった広い漁場を必要とする沖合の主力ともいえる漁業にとっては、むしろ操業を困難にする迷惑施設になりかねない。そのため、浮体式洋上風力発電の対象水域において、再エネ海域利用法の根本的な考え方である漁業協調をいかに図るのかが、今後の大きな課題だ。
沖合漁業者にとっては、一つ一つの案件の面積が自らの漁場全体に占める割合は必ずしも大きくはない。とはいえ、今後どれだけの案件と調整が必要になるのかということが示されないままに、「この案件についてだけでも個別に判断してほしい」と個々の企業に言われても、それは無理な相談だろう。「2030年に10GW」の次には「2040年に30〜45GW」の政府目標があり、さらにその先にはもっと拡大する必要があるとの言説がある状況ではなおさらである。2023年5月に(一社)日本風力発電協会は、2050年に浮体式洋上風力だけで60GWの電力を供給することを提案している。総理が言うように官民が協調して導入目標を策定するのなら、水産業界抜きの「官民協議会」ではなく、水産業界も交えた「官民」でなければならない。そうでなければ、結果的にうまく進むはずがない。
EEZまで行かなくとも、浮体式を中心に今後沖合域に本格的に候補水域を広げていこうとするのなら、慎重に事を進める必要がある。法律上の要件をクリアできないことが明らかな水域、例えば、漁業が密に行われており「支障を及ぼすことが見込まれる」水域に企業が案件形成の努力を向けて、いたずらにトラブルを生むだけに終わるような非効率な状況は避けなければならない。そのためには、企業任せではなく、政府レベルで、洋上風力発電施設と物理的・空間的に共存ができない漁法や漁業を明確にして、その棲み分けについて事前に調整を図ることが必要だろう。そこで、岩手大学の石村学志准教授と武蔵大学の阿部景太准教授に依頼して、漁船に装備されたAIS(自動船舶識別装置)のデータをもとに、沖合域での漁業活動の概況を可視化してもらった(図1、2)。
これは、違法漁船の撲滅を目指して活動する国際非営利団体Global Fishing Watchのデータをもとに、わが国漁船のうちのモニター対象個別漁船約6,500隻について集計したものだ。2021年漁船統計の総トン数ごとの漁船数に対し、15トン以上20トン未満の漁船では約3割、20トン以上100トン未満では7割以上、100トン以上では97%をカバーするデータであり、沖合域でのわが国漁船の活動状況を相当程度反映していると考えられる。図1の航海時間には、漁労活動中だけではなく漁場と港の往復や探索活動などの時間も含む。図2の漁獲努力時間は機械学習漁獲行動解析による推定である。全般的傾向を示すため、ここでは全てのデータを合算して示しているが、漁法別の分析も当然可能だ。
洋上風力発電の漁業への影響については、このような操業への物理的、空間的な直接的影響のほかにも、回遊する水産生物への影響などもある。さらに、いま多くの魚種で起こっている海洋環境の変化による漁場の変動ということもあり得るから、過去に漁船が航海していない空白水域なら支障はないと断言できるものでもない。しかし、このような作図が、漁業者側と発電事業者側双方のフラストレーションを減らし、建設的かつ効果的な棲み分けがなされるための一助になればと考えている。まずは政府が、法の求める「漁業に支障が見込まれない水域」を見出すために最大限の努力を払うとともに、個別案件ごとに漁業者に打診するのではなく、その漁業者が関係する洋上風力発電の全ての計画を示すことが必要だ。(了)
■図1 2018年1月1日~2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁船航海時間の分布

■図1 2018年1月1日~2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁船航海時間の分布

■図2 2018年1月1日~2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁獲努力時間の分布

■図2 2018年1月1日~2023年6月1日の0.1度メッシュごとの累積推定漁獲努力時間の分布

※1 海洋再生可能エネルギー発電設備の整備に係る海域の利用の促進に関する法律(2018年)参考:経済産業省資源エネルギー庁「洋上風力発電関連制度」https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saiene/yojo_furyoku/
※2 (一社)全国水産技術協会HP「海洋水産技術協議会」ページ http://www.jfsta.or.jp/activity/kaiyousuisan/

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