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オーシャンニューズレター

第552号(2023.08.05発行)

自然再生推進法施行から20年

KEYWORDS 自然再生推進法/昆明・モントリオール生物多様性枠組/生物多様性国家戦略2023-2030
国連大学サステイナビリティ高等研究所プログラムマネージャー、(一財)自然環境研究センター上級研究員◆渡辺綱男

2003年1月に自然再生推進法が施行されてから20年が経過した。
この20年間の成果と課題を示すとともに、生物多様性に関する新たな世界目標、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の採択や「国連生態系回復の10年」などの国際的な議論や政策の動向を受けた自然再生の新たな展開の方向について論じる。
自然再生推進法の成果と課題
生物多様性条約に基づき2002年3月に策定された第二次生物多様性国家戦略で、各省連携と多様な主体の参加・協働による自然再生事業が提案された。こうした動きに制度的な裏付けを与え、長期的な事業の継続性を確保するため、議員立法によって自然再生推進法が制定され2003年1月に施行された。それから20年の節目を迎えたのである。
この法律の大きな特徴として、消失・劣化した生態系の回復自体を目的としたこと、科学的なデータに基づく順応的管理の考え方を基本としたこと、計画段階から地域で組織化された協議会が検討を行うボトムアップ方式を採用したことの3点が挙げられる。従来の公共事業の仕組みとは大きく異なる特徴を持つと言える。またこの法律では、①地域ごとに協議会を設置、②協議会で全体構想を策定、③事業実施者が協議会での議論に基づき実施計画を策定、④実施計画を主務大臣及び関係知事に送付、主務大臣および関係知事は必要な助言ができる、⑤事業の実施、⑥モニタリングを通じた事業内容の見直し、という流れを示している。事業の実施者が、住民、NPO、専門家などと行政機関で構成される協議会を設置する。行政だけでなく、地域のNPOなど、事業を実施しようとする者であれば誰でも協議会設置を発意できる。政府は環境省、農林水産省、国土交通省、文部科学省で構成する自然再生推進会議を設置し、効果的な事業推進のための連絡調整を行い、その際、自然再生専門家会議の意見を聴く仕組みとなっている。
施行後10年の時点で協議会設置数は24、具体的な事業実施の前提となる実施計画の策定数は36であった。施行後20年で、協議会設置数は27、実施計画策定数は50となった。この10年間では、最初の10年と比べ新たな協議会の設置は少なくなり、実施計画の策定数の増加は続いている※1。自然の変化を注意深くモニタリングしながら、柔軟に事業内容を見直すという順応的管理については、既存事例が少ない中、試行錯誤的な実践を通じて、徐々に具体的な手順や方法に関するノウハウが蓄積されてきた。希少種の生息状況の改善や生態系の質の回復など、目に見える成果を得た事例も増加した。釧路湿原や石西礁湖のように、湿原やサンゴ礁という保全対象と密接な関わりのある流域全体での取り組みという視点を重視している例も見られる。
協議会の構成を見ると、行政だけでなく、地域住民、民間団体、企業、専門家などが参加している。多様な立場の人が参加することで、協議会の議論がまとまらない、時間がかかるといった合意形成上の課題が挙げられている。例えば湿原の再生と農地の維持のように異なる価値の対立が現場でしばしば起きる。価値の対立の中でどのような方法を選ぶか、その答えはひとつではない。関係者の議論を通じて、地域の自然や社会の条件の中で取り得る最適な方法を粘り強く見出していくことが重要であり、こうした協議会の仕組みを設けた意味は大きいと言える。地域連携という観点から見ると、麻機遊水地(あさばたゆうすいち 静岡市)のように特別支援学校の高校生の参加を契機に地域の福祉、教育関係の団体や企業との新たな連携関係を創り出している例、阿蘇の草原再生のように牧野組合の積極的な参加を得て、地域産業との連携を深めている例などが注目される。気候変動、防災・減災、健康、福祉、教育、地域産業など、持続可能な地域づくりにとって重要な諸課題と結び付けていくことが、今後の自然再生の持続的な展開にとって欠かせないと考えている。
■図1 施行から20年間に、森林、草原、河川、湖沼、湿原や干潟、サンゴなど、さまざまな生態系を対象に自然再生協議会が設置された(2023年3月末時点、環境省提供)。

■図1 施行から20年間に、森林、草原、河川、湖沼、湿原や干潟、サンゴなど、さまざまな生態系を対象に自然再生協議会が設置された(2023年3月末時点、環境省提供)。

■図2 生物多様性の損失を減らし回復させる行動のポートフォリオ(環境省提供)

■図2 生物多様性の損失を減らし回復させる行動のポートフォリオ(環境省提供)

国際的な議論を受けた自然再生の展開
2020年9月に生物多様性条約事務局は、『地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)』を公表した。2010年に採択された愛知目標の達成状況を評価した結果は、進捗が見られたものの、20の個別目標の中で完全に達成できたものはないというものであった。そして、長期目標として掲げられた「自然との共生」の実現のためには、「今まで通り(business as usual)」からの脱却が必要という点が強調された。さらに個別ではなく連携した対応が不可欠であり、それにより生物多様性の損失を止め、増加に転じさせることで2030年以後に生物多様性のネットゲイン※2が実現する可能性があると指摘した(図2)。2022年12月に生物多様性条約COP15がモントリオールで開催され、新たな世界目標、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」※3が採択された。その中で2030年までのミッションとして、「自然を回復の軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる」ことが掲げられた。この考え方は、広くネイチャーポジティブとも呼ばれ、今後の政策の重要なキーワードとなった。23の個別目標の中で、陸と海の30%以上を保全するという目標3(30by30目標)に加えて、目標2では劣化した生態系の30%以上を再生・回復下に置くことが掲げられた。2023年3月には、新たな世界目標を踏まえた「生物多様性国家戦略2023-2030」が閣議決定され、ネイチャーポジティブ実現のための5つの基本戦略などが示された。
また、2021年から2030年は、「国連生態系回復の10年」に指定されている。「もはや保全努力だけでは間に合わない。生態系を積極的に再生・回復させていく創造的なアプローチが必要」という認識から提案されたものである。都市や農地、海洋も含めたあらゆる生態系の再生・回復を国連加盟国に求めている。こうした国際的な議論や政策の動向の中で、自然再生の役割を捉え直し、今こそ積極的かつ広範な取り組みを展開していくことが強く期待される。その際、重要なポイントとして、(1)これまで蓄積してきた技術やノウハウを体系的に整備し、今後の自然再生事業に活かしていくと同時に、森林、農地、都市、河川、海洋などの幅広い関連施策の中に自然再生の視点を組み込んでいくこと、(2)持続可能な地域づくりのための諸課題と自然再生を効果的に結び付けていくこととし、それを支える広範で皆が主役の協働のガバナンスを創り出していくこと、(3)流域など広域のランドスケープ・シースケープが目指すべき将来の姿(生態系の保全水準や取り扱い方針)を描くことを通じて、自然再生を含む関連施策を統合的に進めること、それら3点を挙げたい。(了)
※1 「自然再生推進法に基づく自然再生事業の進捗状況」https://www.env.go.jp/press/press_01362.html
※2 自然環境を総体として現時点よりも定量的によい状態にすること
※3 「昆明・モントリオール生物多様性枠組」https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html

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