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オーシャンニューズレター

第549号(2023.06.20発行)

南海トラフ地震に備える〜ゆっくりすべり地震観測監視計画〜

KEYWORDS 南海トラフ/ゆっくりすべり地震/地震臨時情報
(国研)海洋研究開発機構海域地震火山部門部門長◆小平秀一

南海トラフ地震の多様性が指摘されているなか、次の巨大地震に備えるため、2019(令和元)年から「南海トラフ地震臨時情報」の運用が開始された。
臨時情報の迅速化や確度向上のためには、海域で発生するゆっくりすべり地震等の高感度常時監視が必須である。
熊野灘沖では掘削孔に設置したセンサーによりゆっくりすべり地震の常時監視が行われている。
さらに、2023年中には観測システムの広域展開を目指し、南海トラフ西部に新たな観測点が展開される予定である。
南海トラフ地震の多様な発生様式
駿河湾から日向灘にかけての南海トラフは地震・津波観測データ、歴史資料、地質試料などの情報をもとに巨大地震の発生履歴や発生領域が詳しく調べられている。それによると、過去1,400年間では大地震の発生間隔は90年から240年とばらつき、また、一回の地震サイクルの中で南海トラフの東西に分かれて二つの大地震が連続して発生する事例や、南海トラフ全域の断層がずれる巨大地震が発生する事例が示されている。例えば、1944年、1946年の地震は南海トラフの東半分で地震が発生し、その約2年後に西半分で地震が発生した。一方、1707年の宝永地震では足摺岬沖から東海沖までの断層がずれた巨大地震であった。このような多様な発生様式に基づき、政府の地震調査研究推進本部は「南海トラフで発生する大地震は、“地震はほぼ同じ領域で、周期的に発生する”という固有地震モデルでは理解できず、多種多様なパターンの地震が起きている」としている。
南海トラフ地震臨時情報
多様な発生様式の南海トラフ地震に備えるため、気象庁では2019(令和元)年より「南海トラフ地震臨時情報」(以下、臨時情報)の提供を開始した。この臨時情報では、南海トラフの半分の領域で地震が発生するいわゆる「半割れ地震」や、中規模程度の地震が発生した場合、あるいは通常と異なるゆっくりすべり地震が南海トラフ想定震源域で発生した場合に発表される。この情報を受けて、避難困難者の事前避難や地震への備えの確認などが求められる。これらの対応も含んで内閣府では南海トラフ地震の発生可能性が相対的に高まったと評価された場合に対する地方公共団体、企業、住民の対応に関する行動ガイドラインをまとめている。このように臨時情報は南海トラフ地震・津波に備えるために重要な情報であると同時に、人々の生活、社会・産業への影響も大きい。そのため、最新の研究開発成果を最大に活用して南海トラフの活動を監視し、臨時情報の迅速化と確度の向上が求められている。特に、南海トラフで地震が発生した際、「南海トラフ地震の想定震源域で発生した地震か」、「断層のどこがずれたのか」、「通常とは異なるゆっくり滑りは、どこで、どのように進行しているのか」などを正確に即時に知る必要がある。
ゆっくりすべり地震とは通常の地震とは異なり、ゆっくりと断層がずれ動く現象で、近年の地殻変動・地震観測網の整備により観測が可能となった。最新の地震研究の成果から、ゆっくりすべり地震はプレート境界にかかる応力の変動に敏感であり、ゆっくりすべり地震の発生が巨大地震発生に影響を及ぼす可能性も指摘されている。しかしながら、ゆっくりすべり地震の観測・監視は陸域観測網によって進められており、南海トラフ地震の想定震源域のうち海底下に位置するプレート境界断層浅部のゆっくりすべり地震の検知能力は陸域に比べ著しく低いのが現状である。また、「半割れ地震」後のゆっくりすべり地震監視には半割れの境界部である海域での監視が必須である。
ゆっくりすべり地震観測システム
現在、南海トラフ地震想定震源域の海域において、唯一ゆっくりすべり地震の常時監視が行われているのが紀伊半島南東方の熊野灘である。この領域では(国研)海洋研究開発機構(以下、JAMSTEC)をはじめとする国際共同研究チームによる国際深海科学掘削計画「南海トラフ地震発生帯掘削計画」によって、深部掘削孔に地震・地殻変動等を計測できる長期孔内観測装置が設置された(図)。この観測装置は南海トラフの地震・津波観測監視システム(DONET)に接続され、海域でのゆっくりすべり地震等のプレート境界断層の活動の常時監視を行っている(写真)。
この孔内観測装置では地層にかかる水圧(間隙水圧)の常時モニタリングを進めている。間隙水圧の計測は透水性の小さな堆積層内で行われており、地層の体積歪(ひずみ)の変化に非常に敏感に反応していると考えられている。この間隙水圧を長期間にわたりモニタリングした結果、8カ月から15カ月の周期で数週間かけてゆっくりと変動する現象が確認され、このデータの解析からこの間隙水圧の変化はプレート境界断層が数週間のあいだに1~4cmゆっくりと滑ったことに起因することが明らかになった。さらに、このような定常的・自発的なゆっくりすべり地震の活動に加え、2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震後や、2016年4月1日の三重県南東沖地震、2016年4月の熊本地震などの影響を受けて誘発される場合も確認されている。それらの誘発された「ゆっくりすべり」は、自発的なものと比べて、滑り量が大きい傾向にあることも明らかになった。また、2020年12月から2021年1月にかけては、遠地の地震とは関係なく、観測開始以来最大の間隙水圧変化が長期間にわたって観測されたが、その後、間隙水圧変化は収束した。
■図 (左図)DONETのケーブル、観測点分布図。青三角、赤三角は孔内に設置された観測システムを示す。現在はC0010Aの更に沖合にも観測点を設置。(右図)孔内観測システムの模式図 (https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/quest/20170616/index.html)©JAMSTEC
■図 (左図)DONETのケーブル、観測点分布図。青三角、赤三角は孔内に設置された観測システムを示す。現在はC0010Aの更に沖合にも観測点を設置。(右図)孔内観測システムの模式図
https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/quest/20170616/index.html)©JAMSTEC
■写真 水深約2,500mの掘削孔に地球深部探査船「ちきゅう」によって設置される孔内センサーシステム。

■写真 水深約2,500mの掘削孔に地球深部探査船「ちきゅう」によって設置される孔内センサーシステム。

広域展開を目指して
孔内観測装置による間隙水圧や歪観測は南海トラフ地震想定震源域浅部のゆっくりすべり活動を監視する唯一の手段であり、現在間隙水圧データは気象庁が開催する「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」に提出され、南海トラフ地震に関連する情報の検討に活用されている。
しかしながら、南海トラフ地震想定震源域で孔内観測システムによるゆっくりすべり地震等の常時監視が行われているのは、上記の熊野灘沖のみであり、広域的な監視は行われていない。そこで、JAMSTECでは今後、南海トラフ西部において孔内観測システムの広域的な展開を目指している。2023年秋には室戸岬沖に新たな観測点を設置する計画である。設置に際しては地球深部探査船「ちきゅう」により約500mの掘削孔を開け、そこに間隙水圧変化を計測するセンサーと共に地層の微小な歪を高感度に観測する光ファイバ歪計を設置する。さらに、設置したセンサーはJAMSTECの無人探査機を用いてDONETと接続される。これにより南海トラフで発生する可能性が指摘されている「半割れ地震」の境界部においてその東西双方からゆっくりすべり地震の監視が可能となる。さらに、現在、南海トラフ西部では(国研)防災科学技術研究所によって新たな地震津波観測ネットワークN-netが構築中であり、JAMSTECと同研究所は将来的にN-netの観測領域にも孔内観測点を構築しゆっくりすべり地震の広域観測を目指している。
南海トラフ地震の多様性が指摘されるなか、次の巨大地震に備え、半割れ地震やゆっくりすべり地震が発生した際、その現象を正確に把握し、情報を迅速かつ的確に発信し、その後の推移を予測するために、今後もJAMSTECでは海底観測技術を最大活用し南海トラフ地震発生帯を監視するシステムの展開を進めていく計画である。(了)

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