Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第541号(2023.02.20発行)

海洋リテラシー調査票から見えてくる体験活動の効果

[KEYWORDS]海辺の体験活動/教育効果/調査報告
中央大学法学部助教◆蓬郷尚代

Ocean Literacy(海洋リテラシー)とは、アメリカの海洋教育者を中心とするメンバーによって示され、「海が私たちに与える影響、そして私たちが海に与える影響を理解すること」と定義されている。
日本独自の文化的背景を含めた視点から開発・作成された海洋リテラシー調査票によって明らかになったさまざまな体験活動の効果を報告する。

海洋リテラシーとは何か

アメリカでは海洋科学教育に力が注がれ、2005年には全米海洋教育者協会のメンバーによって「海が私たちに与える影響、そして私たちが海に与える影響を理解すること」と定義する海洋リテラシー(Ocean Literacy)として44の基本概念を伴う7つの基本原則が示された。また、海洋リテラシーを教育現場に落とし込んでいくための海洋リテラシー基本原則は、地球環境の基礎とも言える海洋科学を学校教育に取り入れていくための具体的な提案とされ、アメリカにおいて作成されたものでありながら他国への影響も大きいものとなった。その後、海洋リテラシーの原則をそれぞれの国や地域の海の特徴に応じたものとするために2017年にUNESCO-IOC(ユネスコ政府間海洋学委員会)は『Ocean Literacy for All: A tool kit』を刊行している。
日本における「海洋リテラシー」に目を向けると、海洋リテラシーという概念は共通の概念規定を有していないと言われながらも、多くの研究機関・研究者たちが海洋リテラシーに関する議論を深めている。東京大学海洋アライアンス海洋教育促進研究センターの研究グループは、小学6年生と中学3年生を対象とした「全国海洋リテラシー調査」を実施し、海の問題および学習と生活に関するアンケートを通してデータを収集し検討した(2016)。さらに日本版の海洋リテラシー構築の第一歩として、前述のUNESCO-IOCが刊行した『Ocean Literacy for All: A tool kit』を抄訳(2020)した。また、千足ら(2009、2011)は、海洋教育および水産教育の現場で活動する指導者から海洋リテラシーを意味する具体的な指標を収集し、海洋リテラシーを構成する指標を示した上で、「海洋リテラシー調査票」を開発・作成した。この質問紙を用いることによって、水辺活動実習や海辺の体験活動の効果を海洋リテラシーと結びつけて評価することが可能となり、いくつかの実証的な研究が積み重ねられた。筆者も調査・分析に携わった経緯から、それらについて概説する。

海洋リテラシー調査票の活用と成果:大学生を対象とした調査

海洋リテラシー調査票はF1〜9(表1)の9つの下位尺度と36項目から構成されている。大学における正課体育集中授業の中で遠泳を主なプログラムとした授業に参加した2大学393名を対象に調査を実施した結果、F2、5、6、7、8、9の6つの下位尺度得点が実習前に比べて実習後に有意に向上したことが報告されている。一方、大学における3泊4日の正課体育集中授業であるSCUBAダイビング初心者講習に参加した2大学68名を対象に調査を実施した結果、F1、4、6、7、8、9の6つの下位尺度得点が向上したことを報告し、遠泳プログラムと比べて活動に関する尺度(F1、4)の回答に向上が見られるなど、プログラムによって効果に違いが現れた。
遠泳を主なプログラムとした調査では393名の対象者のうち欠損値を除いた198名分のデータ(有効回答率50.4%)を、SCUBAダイビングプログラムにおける調査では68名の対象者のうち欠損値を除いた53名分のデータ(有効回答率77.9%)を分析の対象としている。遠泳を主体とした集中授業は、海で楽しむことや海において安らぎを感じるといった内容ではなく、連日に及んで長時間同じ海域で泳ぐことで天候や海の変化に敏感になり、次第に予測できるようになり、参加者の海における活動の経験値を増加させることに有効的であると考えられた。SCUBAダイビングを含む集中授業では、特に海に触れる機会の少ない参加者が海での活動および海洋生物を身近に感じることができる内容が、海洋リテラシーの一部を向上させることにつながっていると考えられた。

■表1 海洋リテラシー評価尺度
回答には「まったくあてはまらない」から「とてもよくあてはまる」まで6段階の選択肢を設けた(「リッカート尺度」の6件法)
葉山町(神奈川県)の大浜海岸では、地元の子どもを対象に、さまざまなマリンスポーツを体験できるイベントが毎年開催されている

より実用的な調査票とするために:小学生を対象とした調査

36項目6件法(リッカート尺度)の海洋リテラシー調査票を用いてデータを収集している中で、対象年齢が低い子どもへの調査が難しいことや質問項目が多いといったいくつかの問題が浮上してきた。そこで筆者らは小学校教育に携わる教育者の協力を得て「海洋リテラシー調査票」をもとに質問の意図を変えることのないよう語彙の修正と検討を行い、質問数を27問に減少させ、回答尺度を4件法とすることで小学校高学年に対応させた「子ども版海洋リテラシー調査票」および「低学年版海洋リテラシー調査票」を作成した(蓬郷ら、2012・2013)。さらに、成人版として活用してきたこれまでの調査票を再検討し、3因子12項目の「短縮版海洋リテラシー評価尺度(2019)」(表2)を開発し、より簡便性が高く実証的な調査の実施可能性を拡大させた。
低学年を対象とした調査では、年間を通して活動を行っている海洋少年団に所属する低学年児童(体験群)と、臨海学校などといった海辺における学校行事がない一般的な小学校低学年児童(対照群)との海洋リテラシーの違いを比較検討したところ(蓬郷ら、2013)、小学1〜3年生に共通して「人と海の関わりについて説明する力」に関する項目が対照群より体験群が有意に高い結果を示した。また、項目別に比較すると学年による差が認められ、体験だけでなく理科や社会など多くの教科において海に関する内容が取り扱われているといった、教科の横断的・系統的な学習によっても海洋リテラシーが獲得されていることが示唆された。
海が私たちに与える影響、そして私たちが海に与える影響を理解する(=海洋リテラシー)ためには、海でのさまざまな活動経験や体験が基盤となる。海洋リテラシーは島国である私たち日本人が海とともに生きるために身につけておくべき素養であると言えるだろう。(了)

■表2 短縮版海洋リテラシー評価尺度対応表

  1. 『Ocean Literacy for All 海洋リテラシー翻訳(第一版)』について
    https://www.cole.p.u-tokyo.ac.jp/news/1546

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