Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第541号(2023.02.20発行)

国際海運ゼロエミッションへの道筋

[KEYWORDS]脱炭素化/国際海運/ゼロエミッション船
(一財)日本海事協会会長◆坂下広朗

IMOにおける審議をわが国が主導し、海運分野は他の輸送モードに先駆けて、世界初の国際的な地球温暖化対策規制を導入した。
2050年の国際海運ゼロエミッションを目指したさまざまなイニシアチブが世界的に活発になっている。
これまでの道のり、現状を紹介しつつ、今後の道行きを展望する。

これまでの道のり:国際規制構築と段階的規制強化

ポスト京都議定書の新たな枠組み作りの機運が高まっていた2000年代後半、地球温暖化対策の議論が遅れていた国際海運分野においても対策の構築を急ぐ必要が出てきていた。国土交通省は、海運・造船産業界、船級協会などと連携して、実現性の高い枠組みを周到に準備し、海運分野における地球温暖化対策構築への貢献とともに、導入する規制を梃子に産業競争力の向上を目指した。わが国は、新たに建造される船舶に対する燃費規制となる「エネルギー効率設計指標(EEDI)」に基づく規制の導入を軸とする海洋汚染防止条約の改正案を提案し、国際海事機関(IMO)における審議を主導した。この提案をベースとする条約改正が合意され、2013年1月から規制がスタートし、その後順次、規制値が強化されてきている。これは、他の輸送モードに先駆けた世界初の国際的な地球温暖化対策規制の導入となった。
この規制は、温室効果ガスの削減目標値を掲げるものではなかった。2020年以降の地球温暖化対策の新たな枠組みとなるパリ協定が2015年に採択され、ゼロエミッション追求への動きが強まる中で、IMOは2018年にGHG削減目標を定めた「GHG削減初期戦略」を採択し、「2030年のトンマイル当たりのCO2排出量40%削減(2008年比)、2050年のGHG排出量50%削減(2008年比)、今世紀中のGHG排出ゼロの追求」を目指すこととなった。削減目標の達成には、従来の新造船に対する燃費規制だけでは不十分であるため、2023年から現存船に対する燃費規制(エネルギー効率指標(EEXI)規制)と、燃費実績(CII)格付け制度が開始された。
近年では、政府や民間分野で2050年ゼロエミッション追求のコミットメントが活発となってきており、海運分野においても動きが出てきている。わが国も、2021年に「国際海運2050年カーボンニュートラル」を目指すことを公表した。わが国の海運企業にも2050年カーボンニュートラルを公表する企業が出ている。2050年のゼロエミッションを追求する国際的な企業連合「Getting to Zero Coalition」が2019年にスタートし、今や200を超えるメンバーが加盟するまでになっている。また、船舶の金融・保険、荷主分野においても国際海運のGHG排出削減を追求する自主的な取り組みが開始されるに至っている。IMOも「GHG削減初期戦略」見直しの審議を進めており、2023年7月に改訂が予定されている。加盟国や産業界の動きを考えると、2050年までにGHG排出ゼロを追求することが新たな目標として合意される可能性が高いと見られる。

ゼロエミッションの船舶と燃料

船舶の寿命は20~30年と長く、2050年のGHG排出ゼロを目指すとすれば、遅くとも2030年から現存船をゼロエミッション船に順次置き換えていく必要がある。発注から竣工までの2年以上のリードタイムなどを考えると、2020年代半ば過ぎにはゼロエミッション船の開発が完了し、ゼロエミッション燃料の調達にも一定の目途が立っていることが必要だ。
現在、アンモニア、水素、合成メタノールなどが可能性のあるゼロエミション燃料として取り上げられ、これらを使用する内燃機関や船舶の開発プロジェクトが数多く進められている。今後実証プロジェクトを経て、2020年代半ばには、技術的選択肢に目鼻がついてくるものと考えられる。また、ゼロエミッション燃料の供給については、まだ構想段階のものがほとんどであるが、プロジェクトが多数打ち上げられている。

■図 燃料別船舶構成とGHG削減率の推移(ゼロエミ船代替建造+就航船ゼロエミ燃料切替) (出典:国土交通省資料)

国際海運のゼロエミッションへの移行を後押しするもの

シナリオに基づいた2050年ゼロエミッションへの移行のシミュレーションでは、寿命が来た船舶を2028年からゼロエミッション船に代替するだけでは、2050年時点でも重油やLNG燃料を用いる船が残り、ゼロエミッションに到達しないことがわかっている。就航中の重油・LNG燃料船でもゼロエミッション燃料を用いる措置を講じなければ2050年ゼロエミッションが達成できない(図)。
国際海運へのゼロミッション技術とゼロエミッション燃料の導入は海運コストの上昇をもたらすこととなる。現在は、省エネ規制によりエネルギー効率の改善が段階的に進み、CO2排出量を減らしながらゼロエミッションへつなぐLNG燃料の導入が進んでいるが、さらにコスト高となるゼロエミッションへの移行は市場原理に委ねているだけでは進まない。移行を確実なものとするため、現在IMOでは、これまでのような「規制的手法」に加え、「経済的手法」の審議が進められている(表)。「規制的手法」については、欧州勢が提案する燃料の単位熱量当たりのGHG排出量を規制する1案があり、日本を含む多くの先進国が支持を表明しているほか、海運業界の国際団体International Chamber of Shipping(各国船主協会から構成される団体)、World Shipping Council(世界の主要定航船社の団体)からも支持を受けている。一方、「経済的手法」は日本が提案する「化石燃料課金+ゼロエミッション船への給付金」を含め5案が議論のテーブルに乗っている。
これらの枠組みは、コスト上昇をもたらすゼロエミッション船やゼロエミッション燃料への投資に裏付けを与える不可欠の要素であり、速やかな国際合意が望まれる。社会的に2050年ゼロエミッション追求の重要性に対する認識は確かに強まっているが、社会・経済活動におけるエネルギーのゼロエミッション化は緒に就いたばかりである。ゼロエミッション燃料の生産に用いられるGHG排出の無い電力や水素は、まだ手にすることができないのが現実だ。IMOで審議中の規制案では、燃料の生産・流通の過程を含めてゼロエミッションを追求する方向にあるが、円滑な移行を確かなものとするためには、政府、荷主、海運、船主、造船、舶用機器、船級、金融、エネルギーといった幅広い関係者の地球規模での協働が重要な原動力となる。
コロナ禍、ロシアのウクライナ侵攻で世界の日常を支える海運の重要性が改めて確認されることとなったが、持続可能な未来に向けて世界の人々が協働して、国際海運のゼロエミッションへの移行が進むことを期待したい。(一財)日本海事協会もさまざまなパートナーと取り組みを深めており、第三者認証機関としてゼロエミッションの追求に役割を果たしていきたい。(了)

■表 IMOで審議中の「規制的手法」および「経済的手法」 (出典:国土交通省資料)

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