Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第538号(2023.01.05発行)

尖閣国有化10年後の現在(いま)

[KEYWORDS]尖閣/領海侵入/海警法
神戸大学名誉教授◆坂元茂樹

日本は、尖閣諸島の平穏かつ安定的管理のため、2012年9月11日の閣議決定で、これまで私有地であった尖閣諸島の魚釣島、北小島および南小島を国有化した。中国の領海侵入はそれ以降、頻繁に発生するようになり、この10年で領海侵入の数は2倍となり、中国公船の接続水域の入域はほぼ毎日となった。
2021年2月1日に施行された海警法によって、中国の海警は装備面でも大型化、武装化が進むものと思われるが、日本は、中国の本気度を見誤ることなく、冷静かつ毅然とした態度で尖閣諸島周辺の領海警備を続ける必要がある。

常態化した中国の領海侵入

日本は、尖閣諸島の平穏かつ安定的管理のため、2012年9月11日の閣議決定で、これまで私有地であった尖閣諸島の魚釣島、北小島および南小島を国有化した。中国は、この国有化を日本による現状変更だと非難した。中国は、同月14日、国有化に対する対抗措置として、6隻の中国公船を領海侵入させた。結局、2012年の中国公船の接続水域の入域は91日、領海侵入は20日に達した。海警法が制定された2021年には、中国海警船による接続水域の入域は332日、領海侵入は40日になった。この10年で領海侵入の数は2倍となり、中国公船の接続水域の入域はほぼ毎日となった。中国国防部は、2021年3月1日、尖閣諸島周辺海域における中国による領海侵入について、「中国公船が自国の領海で法執行活動を行うのは正当であり、合法だ。引き続き常態化していく」との挑発的な発言を行った。
確かに中国海警船による領海侵入は常態化している。2022年10月末現在、領海侵入はすでに29日に達しており、2021年と大きな変化は見られない。しかし、変化している点もある。最近では、中国海警船の日本領海への侵入に際して、日本漁船を追尾する事例が増えている。2020年5月8日、2隻の中国海警船が尖閣の日本領海で日本漁船を追尾した事例では、日本政府の主権侵害であるとの抗議に対して、中国政府は、日本漁船は中国の「領海」内で違法操業をしていたため中止を求めたとする一方、海上保安庁による「妨害行為」に再発防止を求めた。中国海警(以下、海警)は、2020年8月以降、尖閣諸島の日本領海で日本漁船を見つけた場合、原則直ちに追尾する方針に変更したといわれている。海警が、日本漁船の操業を中国「領海」内での「違法操業」の事例として拿捕抑留する事例が生ずれば、日本の尖閣諸島に対する排他的統治の実態は大きく揺さぶられることになる。

二重機能をもつ海警の誕生

中国は、2013年に、海監、海警、海巡、漁政、海関の五龍と呼ばれ、それまで分立していた5つの海洋に関する法執行機関を束ねる中国海警局を創設した。その海警は、さらに2018年に武警海警総隊に改編され、人民武装警察部隊の指揮下に入った。海警は、人民解放軍と同様に、中国共産党中央と中央軍事委員会の一元的な指揮を受ける軍隊組織に変わった。
海上法執行を軍隊組織が担うことは各国の実行にも見られ、そのこと自体が問題になるわけではない。世界を見渡せば、イギリスは海軍が海上警察の任務を行っているし、米国のように海上法執行を担う沿岸警備隊を設置しているものの、米国連邦法上は、陸海空軍と海兵隊に次ぐ第5軍とされる機関もある。2021年2月1日に施行された海警法は、「海警機関は『中華人民共和国国防法』、『中華人民共和国人民武装警察法』等の関係法令、軍事法規及び中央軍事委員会の命令に基づき防衛作戦等の任務を執行する」(第83条)と規定する。つまり、海警は、自国の管轄海域で防衛作戦を行う海軍の機能(軍事的活動)と海上法執行機関の機能(法執行活動)という二重の機能をもつ組織となった。新たに付与された防衛作戦の任務に照らせば、軍隊組織としての色彩がさらに強くなり、装備面でも大型化、武装化が進むものと思われる。

「中華人民共和国の管轄海域」に適用される海警法

海警法は、海警が活動する海域として、「海警機関が中華人民共和国の管轄海域(以下、「我が国管轄海域」という。)及びその上空において海洋権益擁護法執行業務を展開するとき、本法を適用する」(第3条)と規定する。このように、「中国人民共和国の管轄海域」という概念を用い、国連海洋法条約上、本来、管轄権を行使できない海域(例えば、南シナ海の九段線内の海域)で海警が海洋権益擁護の法執行業務を展開することを明記している。注意すべきは、同法が「その上空において海洋権益擁護法執行業務を展開する」としている点である。領海の上空はたしかに領空であり、領空侵犯に対して下位国が管轄権を行使することは国際法上許容されるが、排他的経済水域の上空は国連海洋法条約第58条1項で公海と同様に上空飛行の自由が認められており、これに管轄権を行使すれば条約違反となる。
さらに注目されるのは、海警法の、「国家主権、主権的権利及び管轄権が海上においてまさに外国組織及び個人の不法な侵害を受け又は不法な侵害を受ける差し迫った危険に直面したとき、海警機関は本法や関係の法律、法規に基づき、武器の使用を含む一切の措置を執ってその侵害を制止し、危険を排除する権限を有する」(第22条)との武器使用に関する条文である。この条文でいう「外国組織」は、国家主権が侵害を受ける場合を想定していることを考えれば、「外国の国家組織」を含むと解される。
尖閣周辺海域で日本の海上保安庁の巡視船が中国海警船による日本漁船の追尾を中断させる行為を行った際に、海警は、「法に基づき職務執行する過程において、妨害を受けたとき」(第46条3号)の規定に該当するとし、日本の巡視船の行為を妨害行為とみなして武器を使用する可能性も排除されていない。しかし、政府公船は執行管轄権からの免除が認められており、仮に中国が日本の巡視船に対して妨害行為を理由に武器を使用すれば国際法違反となろう。
また、漁船など民間船舶に対する武器の使用については、国際海洋法裁判所(ITLOS)は、①武器の使用は可能な限り回避し、②必要な限度を超えずかつ合理的なものであること、③人命を危険にさらさない必要がある、との3要件を判示しており、仮に中国海警船がこれと異なる対応を日本漁船に行えば国際法違反となる。

■図 接続水域内確認日数、領海侵入件数(『海上保安レポート2022』を基に編集)

尖閣諸島の奪還を狙う中国

報道によれば、中国の習近平国家主席は2016年に開催された軍幹部の非公式会議で、尖閣諸島や南シナ海の権益確保は「われわれ世代の歴史的重責」と述べ、南シナ海の軍事拠点化を指示したとされる。この発言の約3カ月半後に中国軍艦が初めて尖閣諸島周辺の接続水域に入域した。
2022年10月22日に閉幕した中国共産党大会で、中国共産党内での習氏の「核心的な地位」と習氏が掲げる思想の「指導的な地位」を確立する「2つの確立」が党規約に盛り込まれた。習近平氏の発言は、絶対的な重みをこれまで以上に持つことになった。
南シナ海や東シナ海の海洋権益の確保を「核心的利益」と位置づける中国の国家意思に当面変更は生じないと思われる。尖閣諸島を中国に奪われ、南シナ海と同じように軍事基地化されれば、日本の安全保障は重大な危機に直面する。加えて、沖縄の漁民は漁業権を奪われ、そして尖閣諸島周辺の豊かな海洋資源も奪われることになる。日本は、中国の本気度を見誤ることなく、冷静かつ毅然とした態度で領海警備を続ける必要がある。(了)

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