Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第536号(2022.12.05発行)

海洋技術の商業化に向けて一歩踏み出すために

[KEYWORDS]提言/海洋科学技術/環境構築
海洋技術フォーラム代表、東京大学大学院新領域創成科学研究科教授◆佐藤 徹

カーボンニュートラルへの取り組みや国際情勢の変化を背景に、海洋の各分野において、産業振興、地域活性化、環境保護、国際競争力向上への貢献が期待されている。
海洋産業技術の多くは商業化に至っていない。そこで、海洋技術フォーラムでは、広く産官学からの意見を募り、海洋科学技術の個別課題と環境構築の各項目につき、『令和4年度海洋技術フォーラム提言書』をまとめたので紹介したい。

海洋技術フォーラムからの提言

カーボンニュートラルへ向けた社会や産業構造の大転換、ロシアのウクライナ侵攻や中台間の緊張等の国際環境の不穏を背景に、海洋の各分野において、産業振興、地域活性化、環境保護、国際競争力向上への貢献が期待されている。一方で、海洋産業技術の多くは商業化に至っていない。そこで、産学と国立研究開発法人の有志が集う任意団体である海洋技術フォーラムでは、第4期海洋基本計画作成を目前に、広く産官学からの意見を募り、図のように海洋科学技術の個別課題(縦串)と縦串を支える環境構築(横串)の各項目につき、『令和4年度海洋技術フォーラム提言書』(2022年10月,https://blog.canpan.info/mt-forum/archive/401)をまとめた。ここでは、その内容を概説する。

海洋産業の振興(縦串)

(1)浮体式洋上風力発電:中韓など近隣国の事業が先行し生産量が拡大すると、アジア最大のポテンシャルを有するわが国の浮体式洋上風力発電事業が海外のサプライチェーンに依存することになる。国内企業が安心して事業参入し、国際競争力に貢献し得るだけの事業規模を達成するために、官民が協働して浮体式導入の数値目標を示した上で、EEZの利用、系統強化、港湾整備、投資環境整備等のルールを策定すべきである。
(2)メタンハイドレート(MH):ガス供給の先行き不透明さの中、MHへの期待が再び高まっている。MH開発は濃集帯であれば採算が取れるとされている。東部南海トラフの濃集帯にはロシアからの供給分の約70年分が賦存するとされ、これを活用できればエネルギー安全保障に資する。国は濃集帯の調査を継続し、民間は技術開発とコストダウンを進めるべきである。ただし、過去2回の南海トラフでの海洋産出試験で課題を残したように、商業化を急ぐ政策と技術力が乖離していると言わざるを得ない。まずは技術力を強化して、第3回海洋産出試験に挑戦すべきである。
(3)海底熱水鉱床、レアアース泥:陸産鉱物資源は経済性に勝るため、海洋鉱物資源の市場は厳しく商業化は見えない。一方で、銅の長期的供給不足、コバルト供給の不確実さ、中国によるレアアース禁輸措置など、経済安全保障上の理由で海洋資源が再認識されている。そこで、各種鉱物やレアアースに対し、中間処理国を含めた調達先のカントリーリスクを確認した上で、経済安全保障上重要な資源について、国は高品位資源の調査および国際ルールの策定、民間は技術開発とコストダウンを担うという産官学協創プラットフォームを構築すべきである。
(4)ゼロエミッション船・自動運航船:船舶の燃料は重油からLNG、そしてアンモニアand/or水素などへと転換していくものの、供給量や価格、港湾インフラ、施策制定についての予見性が乏しく、投資不安がある。国際海運の2050年カーボンニュートラルという目標に対して、各燃料に対応した船舶投入時期のロードマップを提案し、ステークホルダー間の協働を促進する機能を構築すべきである。また、高齢化による船員減少や運航安全性向上のため自動運航船への期待は大きい。自動化が先行する陸上交通とのデータの統一を図り、MaaS(Mobility as a Service)※1を段階的に推進すべきである。そのために国は、わが国の持つ先導的技術を基に国際基準策定をリードすべきである。

科学技術イノベーション推進のための環境構築(横串)

(1)海のデジタルトランスフォーメーション(DX):海のDXを促進することで新規産業創出や既存産業の各段の発展が期待される。そのために情報インフラ整備は重要である。「データを取る」では、AUVや衛星VDES、海洋レーダによる沿岸域観測、航空機レーザー測量等、「データを送る」では、水中光無線通信、超低高度衛星や小型衛星コンステレーション※2、空中浮揚型通信中継機等、「データをまとめる」では『海しる』のさらなる拡充等、「データを使う」ではデータ駆動型技術の利活用拡大等が重要である。特に「データを送る」では、数千機の低軌道衛星による高速ブロードバンドインターネットが海外で商用化されているにもかかわらず、わが国では認証が遅れてしまった。国は必要な法体制を、時機を逸することなく整備すべきである。
(2)自律型無人潜水機(AUV)等:AUVの利活用は近年急速に進展しており、わが国においても海洋資源を対象に効率的なデータ取得が続いている。洋上風力発電施設等においても、人的リスク回避が期待できる検査・管理ツールとして重要となるなど、将来的に観測機器の無人運用ニーズの拡大は明白である。産官学で幅広く連携しながら、技術開発や運用機能向上を強力に推し進めるべきである。
(3)海洋空間計画:海域利用は、漁業、航路や港湾施設、防衛、レジャー、海洋保護区などとの共生を伴う。その管理手法は海洋空間計画と呼ばれ、海域の情報や、伝統知や地域知を含む海域環境に関する理解を基に、多くのステークホルダー間でより適切な海域利用について合意形成を図るものである。海外で見られる排他的なゾーニングではなく、わが国独自の海域利用の在り方について議論し、海洋利用の促進と保護の両立を図るべきである。
(4)水産業との共栄:海域利用では漁業従事者との調整は必須である。これを単なる漁業調整ではなく、地域活性化をめざした共栄として捉えることが重要である。一つの可能性として海のデータの共有がある。気象、海象や、水温、塩分、溶存酸素、栄養塩などの環境データの共有、さらにこれらを用いて漁獲量を予測する漁業シミュレーションや地域の水産物流・経済シミュレーションを実施することで、漁業も成長産業となり得る。漁業のDX、DXに通じた漁労人材育成、DXを基盤とした海洋空間計画を進めるための各種施策を効果的に策定すべきである。
(5)人材育成、人材獲得:カーボンニュートラルに欠かせない浮体式洋上風力やCCS(CO2の回収・貯留技術)、経済安全保障上重要である海洋資源の開発、海のDX産業創出のための海洋情報インフラ整備などについて、国は商業化の規模に関する数値目標を明示することで中長期的な人的投資のための指針を示す必要がある。その上で学習指導要領での記載の充実、大学のカリキュラム改革、女性就労の促進、社会人のリカレント教育が重要となる。海洋産業の人材確保に関しては、生き残りのためにデータ産業との一体化は必須となる。そのためには、特に大学院教育に関して、海洋開発プロジェクト間の連携による研究開発の効率化、優秀な若手人材の育成、異分野の技術や人材の取り込みのため、産官学が課題を共有し、課題解決のための研究を共に遂行する協創プラットフォームの構築が必要である。

■図:海洋科学技術の個別課題(縦串)と縦串を支える環境構築(横串)

日本を真の海洋立国とするために

カーボンニュートラル、DXといった国家の浮沈を決定するほどの産業構造の大変革を迎えるこの10年は非常に重要な期間となる。このような中、国は国民に数値目標を明確に示し、民間投資を促すことが肝要である。さらに、その数値目標を達成するための各種施策を適切な時期に策定する必要がある。予見性のない暗闇の中でこそ強いリーダーシップが求められる。(了)

  1. ※1MaaS(Mobility as a Service)=情報通信技術を駆使し、自家用車以外の全ての交通手段による移動を1つのサービスとして捉え、シームレスにつなぐ移動の概念、またそれを目的としたサービス。
  2. ※2小型衛星コンステレーション=多数の小型人工衛星を協調して動作させる運用システム

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