Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第532号(2022.10.05発行)

宝石サンゴの保護育成と持続的な活用にむけて

[KEYWORDS]アカサンゴ/増殖基質/増養殖
高知大学海洋コア総合研究センター客員教授◆公文富士夫
(公財)黒潮生物研究所研究所長◆目﨑拓真

近年の好況を反映して宝石サンゴの漁獲高が増加し、成長速度の遅い宝石サンゴ資源の枯渇が危惧されている。
漁獲量の規制とともに、人為的な増殖の試みとして、宝石サンゴの生きた枝先をコンクリート製の円盤基質に埋め込み、放流と養殖の取り組みを行っている。
宝石サンゴ類の生態的な特徴から、持続可能な利用には数十年にわたる長期的な取り組みが必要である。

宝石サンゴ(珊瑚)とは

宝石サンゴは宝飾品やアクセサリーとして利用されており、最古のものは2万年前にも遡る。その利用は地中海地域に起源をもつと考えられ、地中海産ベニサンゴが広く使われてきた。正倉院の宝物にもシルクロードを経て運ばれてきた宝石サンゴの装飾品が残されている。
日本における宝石サンゴの商業的漁獲は明治以降のことで、江戸時代には禁止されていた。網で海底の宝石サンゴを絡めとる漁法が現在の高知県室戸市から始まり広がった。当時の地中海ベニサンゴの枯渇を補うように、日本が宝石サンゴの一大産地となり、明治初期の一時期には最大の外貨をもたらす輸出品目になったこともあった。高知県の各地では、神戸に拠点をおくイタリアの仲買人が宝石サンゴを買い集めていたと伝えられている。
宝石サンゴは、浅い海に生育してサンゴ礁をつくる造礁サンゴ類とは別グループのサンゴで、深度100mから600mにかけての深い海域に生育している。このグループは緻密な骨軸を形成するため、その骨軸を研磨すると光沢のある宝飾品になる(図1)。日本ではアカサンゴ、モモイロサンゴ、シロサンゴがおもな漁獲対象となっている。

■図1 アカサンゴ群体とその骨軸を磨いたアカサンゴの玉(日本珊瑚商工協同組合提供)

持続的活用のための枝先放流と養殖研究

■図2 アカサンゴの枝先を3本植えた小型の円盤基質、これを水深100mほどの現場で船から放流し設置する。

宝石サンゴ漁および宝石サンゴ業界は、戦争や世界恐慌による浮沈を繰り返してきたが、近年では中国経済の好調と軌を一にして、たいへん好況である。そのため、サンゴ漁への参入者が増えたことで漁獲高も一時的に急増した。結果として資源の枯渇が危惧される事態となっている。サンゴ資源に関わるものは、漁業者から仲買人、加工業者、宝飾技術者、宝石商など幅広いすそ野があり、その枯渇は、明治以来の伝統をもつ宝石サンゴ業界の命運を決めかねない。それ故、高知県では漁期や操業時間の縮小、新規参入の抑制、禁漁区の拡大や漁獲量制限(生きた宝石サンゴのみ)の拡大などで資源保護を図っている。また、沖縄県と鹿児島県は遠隔操作型潜水機(ROV)で視認しての漁獲のみを許可している。
宝石サンゴの保護などを目的に関連する団体や個人などが会員となり運営されているNPO法人宝石珊瑚保護育成協議会※1と、宝石サンゴ取扱いに関係する団体や企業等で構成される日本珊瑚商工協同組合※2の協力・援助のもとに行っている2つの育成・増養殖の取り組みを次に紹介する。
人為的増殖の取り組みの一つは、サンゴ漁で漁獲された商品価値の低い生きた宝石サンゴ(生木(せいき))の枝先を水槽で飼育しておき、数がまとまった段階で、硬い基質に埋め込んで海に戻すことである。宝石サンゴはサンゴ漁師が集め、研究機関で飼育する。放流する海域はかつてのサンゴ漁場を選ぶので、生育環境は申し分ない。サンゴを植付けた基質が転倒するとサンゴが成長できないため、転倒せずに沈降するよう基質の形状を工夫した。開発したコンクリート製の円盤基質は、水深100mほどの海底まで上下が逆転することなく沈積することが水中ドローンによるモニタリングで確かめられている(図2、成功率88%)。また、エポキシ樹脂を使って小型漁礁に埋め込んだ枝先が、海底で成長していることも確認できている(図3)。
取り組みの二つ目は、水槽で宝石サンゴ類の種苗をつくり海に戻すことである。そのためには宝石サンゴ類がどのように育ち、繁殖するかといった基本的な生活史を知る必要がある。近年では水槽での長期飼育が条件付きで可能となり、未知だった宝石サンゴ類の生活史が少しずつ解明されてきている。一例として、アカサンゴの雄群体(通常個員(つうじょうこいん))から放出された精子嚢(せいしのう)の撮影に成功している(図4)。このような生活史に関する研究は、増養殖だけでなく、持続可能な資源の利用や保全体制の構築を検討する上での基礎的な知見につながるため、今後も継続していく必要がある。これらの技術や知見は公開して広く活用していただく方針で進めている。

■図3 小型漁礁に取り付けて放流後、約1年経過して成長が見られた枝先の様子。(白丸部分)

■図4 アカサンゴのポリプ(通常個員)から放出された精子嚢(中央左の黄色の球)

宝石サンゴ増殖事業の見通し

宝石サンゴの成長速度はたいへん遅い。移植時の大きさを軸長50mm、軸径5mmとし、既存の研究成果を基に、骨軸方向に5mm/年、骨軸に直交する方向に0.3mm/年で、単純な円錐形に成長すると仮定すると、最初1g程度のものが50年後には85gほどまで成長する。サンゴが分岐することを考慮すると50年後に200g程度の商品価値の高い宝石サンゴの漁獲が期待できる。一方で、これは、林業経営の場合以上に長い時間軸での取り組みが必要であることを示している。
前述のような2つの方策を組合せて、年間500~1,000個の増殖基質を投入し続ければ、50年後以降には、年間100kg以上の、現在漁獲されている生きた宝石サンゴの量に匹敵する漁獲が可能である。ただ、その50年間を待つことができるか、ということも大きな課題である。
一方、宝石サンゴの漁獲物にはサンゴ遺骸(枯木(かれき))がある。商業的にも活用されており、宝石サンゴ取引量の半分以上を占めている。この枯木サンゴの一部(流通しているサンゴの量的には主要部分)は数千年の長い時間をかけて蓄積された資源である可能性が最近明らかにされた。この資源を有効に活用すれば、人為的増殖事業の成果がでる50年先までの時間を稼ぐことができるかもしれない。宝石サンゴの持続的活用には、増殖事業を早期に推進する必要がある。(了)

  1. ※1NPO法人宝石珊瑚保護育成協議会 https://www.coral-npo.jp/
  2. ※2日本珊瑚商工協同組合 https://www.japan-coral.net/

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