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オーシャンニュースレター

第529号(2022.08.20発行)

次世代の海洋産業人材の育成に向けて

[KEYWORDS]産学連携/異分野連携/協創プラットフォーム
東京大学大学院新領域創成科学研究科海洋技術環境学専攻准教授◆和田良太

脱炭素の潮流、安全保障上の情勢変化、海洋環境の保全への関心の高まりの中、わが国では次世代の海洋産業を担う人材育成が急務となっている。求められる人材の規模および多様な専門性を実現し、また技術革新を進めていくには裾野を広げる取り組みと産業をリードする博士号を持つ人材が重要であり、東京大学では産学連携・異分野連携の場として「柏海洋フォーラム」に取り組んでいる。

求められる海洋産業人材の育成

北海油田開発で栄えたノルウェー・スタヴァンゲルの街を訪れると多くの海洋開発関連企業が拠点を構え、港には大型作業船が停泊するなど海洋開発の姿を至るところで目にする。海底油ガス田開発の技術・インフラ・経験・人材を基盤として、洋上風力発電などの新たな海洋利用が展開されている。
一方で日本は、周辺海域に海底油ガス田の開発フィールドがほとんど存在しなかったこともあり、諸外国と比較して関連産業が成熟していない。このため海洋利用の実現には、それを担う新たな産業の創成が求められる。特にその原動力となる人材育成が必須であり、2015年の「海の日」の式典において安倍晋三内閣総理大臣(当時)から、将来的に予想されるさらなる産業拡大に対応するべく、海洋技術者を2030年までに当時の約5倍の1万人まで増やすことを目指す、というメッセージが発せられた。求められる海洋技術者は様々だが、本稿では次世代の海洋産業人材に着目し、海洋資源開発や海洋エネルギー利用の技術者そして技術開発を担う人材の育成に焦点をあてる。

次世代の海洋産業人材育成の難しさ

海洋利用プロジェクトは、調査・探査・掘削、施設の設計・建造・施工、運用期間中の運転・保守、そして撤去まで長期間におよぶ巨大なものとなる。開発フェーズに応じた多様な技術とスキルを満たすために、求められる人材の規模と専門性を見定めた戦略的な人材育成の取り組みが必要になる。例えば英国では、洋上風力サプライチェーン全域を検討し、2032年に36,000人という雇用予測に対して、技術分野の整理と技術者の育成・確保に関する計画的な取り組みが議論されている。
諸外国の海洋人材育成の取り組み事例を紹介する。2010年代に急速にニーズが高まった海底油ガス田の生産システムを担うサブシー技術分野の人材育成に取り組むGlobal Subsea University Allianceでは、ヒューストン大学やシンガポール国立大学、そして関連企業が連携して、教育プログラムの体系化・標準化が取り組まれた。また英国では、海洋再生可能エネルギー分野の人材育成のためにIDCORE(Industrial Doctoral Centre for Offshore Renewable Energy)という博士課程プログラムが運営されている。高度な技術課題克服には、研究エンジニアの育成が必要と考え、大学の研究活動と産業の実プロジェクトの両方を備えたプログラムとなっている。これら事例の共通点として、人材ニーズを持つ産業界が運営に携わっている点、複数大学が連携して多様な技術分野を網羅的・戦略的に育成している点が挙げられる。

次世代の海洋産業人材に向けた裾野の拡大と博士人材の育成

次世代の海洋産業人材の育成に向けて求められる取り組みについて、裾野を広げるための取り組み、そして技術革新をリードする人材について考えていく。
海洋利用には、共通的かつ中核となる浮体設計、係留設計、気象海象学、海中ロボティクスなどの基盤海洋技術が存在する。また巨大プロジェクトを成功させるためのリスク管理やファイナンス、契約などプロジェクトマネジメントの基礎も重要となる。こうした海洋利用の基礎分野を習得する人材を増やし、海洋人材の裾野を広げることが人材育成の基盤になると考えられる。
東京大学では、海洋の利用と保全に関わる技術や政策科学を発展させつつ、海洋新産業の創出や海洋の環境創造に寄与する教育・研究体制を確立することを目的に、新領域創成科学研究科海洋技術環境学専攻が柏キャンパスに2008年に設立された。また主に海底油ガス田開発分野において技術動向を学び、また新たな技術開発に取り組む技術者やプロジェクトマネジメントができる人材を育成するため、2013年より資源開発会社、海運会社、造船会社、エンジニアリング会社、船級協会から支援を受けて、海洋開発利用システム実現学寄付講座が運営されている。海洋工学や資源工学に関わる基礎講座や、現場経験のある企業や海外エンジニアによる技術セミナーが開催され、開発された教育プログラムは寄附講座終了後も大学・大学院講義、リカレント講義に活用されている。今後も技術革新が進む同分野において、教育プログラムを産学連携によりアップデートする仕組みを構築し、海洋人材を継続的に輩出していくことが重要である。
裾野を広げる上で、新たな人材の育成だけでなく、幅広い異分野から海洋分野に人材が集まる仕組みも必要となる。まずは海洋利用の分野に関心を高めていき、幅広い人材にアプローチする仕組みが必須である。そして異分野から海洋分野に参画するためにリカレント教育制度の充実も必要となる。特に優れた人材を惹きつけるフラグシップとなる魅力的なプロジェクトが重要になると考えられる。
複雑化・高度化する海洋利用プロジェクトには、異分野技術を融合したオープンイノベーションやデジタルトランスフォーメーション(DX)など、更なる技術革新が求められている。まだ正解の姿が描かれていない新たな海洋利用を実現するには、幅広い知識と観察から仮説を立て、その検証と考察を繰り返す中で、技術革新をリードできる人材が求められる。これは科学研究の基本プロセスであり、博士課程で鍛えられる能力である。また海洋技術と情報技術の融合など既存の専門分野の枠に捉われない分野の研究を牽引できるのは博士号を持つ人材(博士人材)だと考えられる。実際に海外では、革新的なベンチャーの多くの代表者が博士号を持つなど、博士人材が産業革新を牽引している。一方で、日本では企業の研究者における博士号取得者の割合は諸外国と比べて低く、また博士課程に進学する学生も減少している。その背景として、経済的負担や将来キャリアへの不安、また産業界とのミスマッチなどが考えられている。
海洋分野では産業界と連携し、博士人材の減少による負の連鎖を断ち切る必要がある。それには産学連携によるテーマ設定、新たな専門分野の育成、多様なキャリアパス実現を支援する仕組みが必要である。また海外のように起業という道もある。東京大学では、産学連携・異分野連携の場として「柏海洋フォーラム」を開催し、大学における研究紹介や現場ニーズを持ち寄った議論をする中で、新たな技術開発テーマの創出や、また魅力的な研究活動の発信により協創のプラットフォームとして機能することで、博士課程進学者の増加を目指している。
最後に、海洋人材と海洋産業の発展は、鶏と卵の関係である。ここに正のスパイラルを生み出す必要があり、人材育成の基盤を整備することにより、両者の健全な発展に期待したい。人材育成は長期計画であり、短期的な業界環境に左右されない確固たる長期ビジョンと戦略的な取り組みが重要となる。特に大きな規模と多様な専門性をもった人材育成を実現していくために、効果的に海洋人材の裾野を広げ、また世界トップレベルの高みを目指す人材も育てる、多面的で総合的な人材育成が重要となる。(了)

■図 東京大学柏海洋フォーラムの目指す姿

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