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【Ocean Newsletter】バックナンバー

第524号(2022.6.5 発行)

海氷の変化から見る北極海のこれから

[KEYWORDS]国際科学協力/集中観測/長期環境監視
国立極地研究所副所長、国際北極科学委員会(IASC)Vice-president◆榎本浩之

北極海の海氷は、減少する割合が加速し、また現在も少ない状態が続いている。
将来、夏季には実質的に消失するという予想もある。
減少する北極海の海氷調査と将来予測に向けて観測が活発に行われているが、冬季の観測が限られる北極海中央部には未知の海域が残っており、国際協力によってそこに臨む活動がある。
さまざまな取り組み、また現在の政治情勢における研究者の議論を紹介する。

北極海の急速な海氷変化

北極海の海氷減少が続いている。2021年に公開されたIPCC第6次評価報告書(AR6)では、北極海の海氷は、現在は1850年代以降で最低レベルまで減少しており(図1)、近年のような少ない状態は過去1000年の間でも見当たらないとしている。将来については、CO2排出量を低く抑えないすべてのシナリオで、2050年頃までには9月の北極海は実質的に氷がない状態になる可能性があると予想している(図2)。
アラスカ沖やロシアに沿った北極海沿岸部では、海氷減少により船舶の航行域や航行時期の拡大が可能になってきている。しかし、その沖に残る海氷の動態については年による変化も大きく、今後の理解増進が求められる。
北極の環境変化の把握や対策についての提言は、北極圏に領土を持つ8か国と、さらに先住民団体が常時参加する北極評議会(AC)の6つの作業部会が行ってきた。日本※1もその作業部会には代表を送っている。最近では気候変動に関する報告書がACの北極圏監視評価プログラム(AMAP)によって作成されており、このサマリーの日本語訳版もある※2。そこに書かれている通り、北極に関わる物理的要因は急速に変化し続けており、気温、降水量、積雪量、海氷の厚さと範囲、永久凍土の融解などの主要な指標は、北極で急速かつ広範な地域で変化が進行している。また重要な最新の知見の一つは、1971年から2019年までの北極の年平均地上気温の上昇が、同時期の世界平均の上昇よりも3倍高かったことである。これは、以前のAMAP評価で報告されていたよりも高い値である。なお、ACは2021年から2023年5月までの2年間、ロシアが議長国である。このため現在の状況下ではACは活動を停止している。

■図1 白色は衛星観測史上最小の海氷面積(2012年9月)、白実線は1980年代の同時期の平均。北極海中央部(CAO)は公海となっている。北極海の観測活動として「みらい」、MOSAiC、NABOSの活動を示す。冬季には北極海のほぼ全域が結氷する。
(提供:JAXA, NIPR, ADS)

北極海観測のアプローチ

(1)広域のスナップショット
北極海全域を俯瞰する観測データがないため、2020/2021年に北極海同時広域観測(SAS)が企画された。北極海を観測する国が、それぞれの観測船の活動観測域・観測時期の調整を図った。新型コロナウイルス感染症蔓延対策のため多くの国が観測を断念した中で、日本の海洋地球研究船「みらい」は万全の対処を行いながら観測を実施した。
(2)未知の中央部通年変化の観測
北極海中央部(略称CAO)には観測空白域がある。北極海の多くの地域では、夏は観測船が入っても冬にはほとんど観測は行われていない。その空白域・空白期間を埋めるために冬季北極海砕氷船漂流観測(MOSAiC)が2019~20年に実施された。日本も含め世界の研究者がドイツの砕氷研究船に乗船し、多年氷が残るCAOで越冬して1年かけて海氷とともに漂流観測した。ロシアの砕氷船が随伴し、補給や人員交代を支援した。また、国際交流や人材育成のために世界の若手研究者の体験や訓練が企画され、随伴船で観測域を往復した。
(3)CAOの漁業利用と管理に向けた調査計画
CAOには公海部分が広がる。CAOでの無制限な漁業活動を避けるため、漁業活動を当面凍結して海洋生態系の事前調査を行うことが2018年に決められ、2021年に発効した。調査共同計画は2023年までに作成される※3

■図2 海氷面積の推移と将来予測。AMAP「北極気候変化のアップデート2021: 主な変化傾向と影響 政策決定者向けの要約」およびIPCC AR6(2021)より。

北極の科学の将来に向けて

北極海の自然環境の変動に対しては、先端的な観測技術による調査や最新の計算技術による予測が行われIPCCやAMAPなどにまとめられている。不断の調査や技術開発により情報は蓄積し予測精度は向上していく一方で、国際情勢や政治的な動向は予測が難しい。
北極の科学に関しては、その活動は研究者にとってはライフワークであり、環境監視はそれよりも長く、また、国や地域の境界を越え広域で維持されるものである。2014年のクリミア紛争時には、ロシア沿岸の米国の観測地点の活動が困難となった。日本による北極沿岸部の観測活動がそれを補えないか各国から期待され、実際に日本は、その後で沿岸地域での観測を開始し、最近まで貴重なデータを蓄積してきた。さらに、ロシア沿岸の北極航路が通る海域の北には2002年から米露の共同調査および海洋環境監視が行われてきた定点観測網(NABOS)がある。この調査には世界中から選ばれた若手研究者の参加の機会もあり、これまでに日本からも参加している。
2022年夏の到来を前に、3月末にノルウェー北部の北極圏に位置するトロムソで北極科学週間ASSW2022が開催された。国際北極科学委員会(IASC)や北極観測サミット(AOS)なども同時開催され、コロナ禍での観測努力、ウクライナ状況の科学への影響の懸念が話題となった。そこで意見が一致したのは、国際情勢が困難な状況においても個人の研究者の学術活動を守りネットワークを維持すること、また将来を支える学生の教育の機会や国際交流が困難にならないように支援していくことが、長い目で見て科学を支えるということだった。個人や学生の支援に関する同様な宣言は複数の国で唱えられている。しかし、具体的な解決の方向は見えていない。このようなときに科学者ネットワークには何ができるのか、科学コミュニティーでの議論は続いている。(了)

  1. ※1日本では北極域研究の大型研究プロジェクトが2011年から開始しており、現在は5か年計画の「北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)」が進行中である。
  2. ※2ArCS IIでは専門家の監修のもと、日本語訳版を作成。右サイトからダウンロード可。https://www.nipr.ac.jp/arcs2/outreach/2021-amap-spm-jp/
  3. ※3『コモンズとしての海』(西日本出版社、2022年)p194~208「北極海と北極協議会のゆくえ」森下丈二
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