Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第517号(2022.02.20発行)

きれいな海を守るためのセーラーによるサステナビリティ活動

[KEYWORDS] セーリング/ヨットレース/海洋ごみ
ヨッティング・フォトジャーナリスト、バルクヘッドマガジン編集長◆平井淳一

風の力で走るセーリングは自然にやさしいマリンスポーツである。
いま増えている海洋ゴミはセーラーにとって身近で重要な問題だ。
セーリングを通じて海洋ゴミをなくす具体的な取り組みを紹介する。

トラブルにつながる海の浮遊物との衝突

■水質汚染が問題となった2016年リオ五輪ではゴミ回収船が作業していました。左部のカゴがショベルカーのように上下して浮遊物を拾います。

きれいな海でセーリングすることは、わたしたちセーラー共通の願いです。エンジンを使わず風の力だけで走るセーリングは、環境にやさしいエコスポーツとして知られています。実際にセーリングしてみるとエンジンや機械音がしないことに驚かされるでしょう。聞こえてくるのは、風の音、船に当たる波の音だけです。
セーリングというヨット(船)を使ったマリンスポーツは、あまり馴染みのないものかもしれません。1人、2人など少人数で乗る競技性の高い船はディンギーと呼ばれ、エンジンはなく帆に風を受けて走ります。オリンピック、国民体育大会、選手権など競技大会で使われることが多く、操船に高い技術力が求められます。
また、4人以上でゆったりと乗る大型のセーリングクルーザーはエンジンこそついているものの、これは港の出入りに使用する補助の役目であり風で走ることに変わりありません。エンジンを使わずにどこまでも走れるのがヨットの魅力といえるでしょう。セーリングクルーザーなら太平洋横断、世界一周することも不可能ではありません。2021年2月には海洋冒険家の白石康次郎さんが、たった1人でどの港にも寄らず世界一周を競うヴァンデ・グローブという国際外洋ヨットレースで、アジア人初の完走を果たしました。彼は通算4度の世界一周を達成しています。
日本の海岸線を走るにしても世界一周するにしても、セーリングをしていていちばん気をつけなければならないのは海の浮遊物です。海上でビニール袋、ペットボトル、プラスチックの包装、釣り糸、切れた漁網の一部などを見かけることは少なくありません。船が浮遊物に衝突したり、ゴミが絡んでしまうと大きなトラブルに繋がることがあります。
世界一周を果たした白石さんに聞くと、浮遊物との衝突は非常に危険で、貨物船から落下したコンテナと衝突した場合、船の損傷は避けられず沈没の恐れもあるとのこと。海面に浮かんでいるものはレーダーやマスト上部に取り付けられた監視カメラにも写りにくく、昼間なら目視できるが夜間は運で走るしかないと話していました。世界一周ヨットレースでは、多くの未確認浮遊物との衝突事故が報告されています。
また、2016年にリオ・デ・ジャネイロで開催されたオリンピック・セーリング競技は、試合会場の水質汚染が問題になりました。町から生活排水が海に流れ込み、水が巡回しない入り江でゴミが溜まる、悪臭を放つなど競技にも影響する問題が指摘されていました。ブラジルの五輪組織委員会はゴミを拾う専用の回収船を運航させ、海上に流れるゴミをひとつずつ拾うという作業を続けました。オリンピックでは、この対策が功を奏したのかリオ・デ・ジャネイロの風光明媚な景観と同じく、ゴミのない美しい海で滞りなくおこなわれました。

セーラーによるサステナビリティ活動と日本の現状

■ニュージーランドのヨットレースではフラッグポールは竹の竿、旗を取り付けるにも麻ひもを使う等プラスチック、ビニールを排除して会場設置されていました。■沖縄・座間味島で開催されているフューチャーズ座間味レガッタのビーチクリーン。自分たちが使う砂浜を清掃することで海を大切にする気持ちが育まれます。

いま、ゴミのないきれいな海でいつまでもセーリングできるように、海洋保全やサステナブルを意識した取り組みがおこなわれています。オリンピックをはじめ世界のセーリング競技を統括するワールドセーリングでは、2015年に国連サミットで掲げられた「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を元にセーラーによるサステナビリティ活動をはじめました。
セーラーがプラスチックによる汚染を知り、みなでゴミを減らし、再利用可能な素材や道具を使っていこうという動きです。こうした海を守る項目がヨットレース(セーリング競技)の規則に組み込まれていて、違反をすると失格の対象となります。
これまで海外の国際ヨットレースを取材撮影してきて、この数年で大きな変化を感じています。海洋環境に配慮した取り組みを多く目にするようになり、特に欧州で開催される大会では「ノンプラスチック」をキーワードに、ペットボトル、ランチボックスの包装やスプーン、フォークにプラスチックを使わないなど、選手や大会運営が一体となってイベントが作られています。
ヨットレースの場合、海上にいる時間が長くなるため、水や食事を持って海に出なければなりません。選手たちはペットボトルを使用せず、ヨットハーバーに用意された給水場所で、専用ウォーターボトルに水を汲んでから海に出ることが日常化しています。ペットボトルを使うにしても1回で使い捨てるのではなく、同じものを繰り返して給水に使います。
日本の場合、欧州のそれに比べると海洋保全に対する意識は低いと言わざるを得ません。東京五輪が日本で開催されることになり、事前準備大会として数多くの国際大会が開催されることになりました。しかし、大会運営側がスタッフ用に大量のペットボトルを準備するのを見た海外ジャーナリストから「こんなにたくさん必要なのか?」と指摘され、恥ずかしくなったのを覚えています。
ただし、東京五輪をきっかけに、ノンプラスチック・イベントやサステナビリティ活動も国際基準に合わせるようになり、日本のセーラーが意識するようになったのは大きな進歩といえます。
セーリングイベントのプログラムにビーチクリーンを取り入れることも増えてきました。毎年、沖縄・座間味島で開催されている子どもたちを集めたセーリング体験イベント「フューチャーズ座間味レガッタ」では、子どもと大人が遊びを混じえて海岸のゴミ拾いすることで、セーリング=きれいな海を守る、という意識を共有しています。
また、トップセーラーが世界を転戦する国際ヨットレースのセールグランプリ(SailGP)では「レース・フォー・ザ・フューチャー(より良い未来へのレース)」を掲げ、持続可能な世界に向けて、環境、社会問題へ取り組んでいます。
具体的には、ヨットレース期間中に(1)プラスチック製の日用生活品をひとつ選び、それを二度と使用しない。(2)素材にプラスチックが含まれていない服を着る。(3)プラスチックで包装された食べ物や飲み物を買わない、といった項目を参加選手が実行するのはもちろん、ファンへ呼びかけています。
こうした活動が日本でも広がり、いつまでもきれいな海でセーリングできることを願います。(了)

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