Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第512号(2021.12.05発行)

太平洋島嶼地域における気候安全保障問題─危機とレジリエンスの間で

[KEYWORDS]気候変動リスク/自然災害/国家の脆弱性
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所特任研究員◆Fabrizio BOZZATO

太平洋島嶼地域で生じている気候変動リスクは、様々に有害な形で表れている。
海水温、熱帯低気圧の発生頻度、海面上昇などの変化が、海洋および陸上の生態系や地域社会、生活、文化に影響を与えている。
そして強制移住や経済活動から海洋境界基点消失に至るまで、様々なリスクに対する脆弱性が増している。
太平洋島嶼地域の混乱を最小限に抑えつつ気候変動に適応するには、開発者や気候安全保障のパートナーたちによる援助が不可欠である。

太平洋島嶼地域における気候安全保障問題

太平洋島嶼地域は、オーストラリアとニュージーランドを除く、島嶼国および領域からなり、東・東南アジアと南北アメリカ大陸の間の7,000万km2におよぶ海域に広がっている。通常は、民族地理学的にメラネシア、ミクロネシア、ポリネシアという3 領域に分けられる。太平洋島嶼地域は、領域、人口、開発および政治状況、経済的レジリエンス、統治能力といった観点から見ると非常に多様である。しかし、太平洋島嶼地域の人々は、自分たちの国や社会─まさにその土地と海─のすべてが気候変動の影響に対して脆弱であることを痛感している。2018年の「ボエ宣言」の中で、太平洋諸島フォーラム(PIF)参加国の指導者らは、気候変動が地域の安全保障にとって「最大の脅威」と指摘し、従来の安全保障問題と並んで気候変動も中心に据え、安全保障の概念を拡大することで合意した。
太平洋島嶼地域で生じている気候変動リスクは、様々に有害な形で表れている。海水温の上昇、降雨パターンの変化、嵐や干ばつの発生頻度や激しさの変化、海面上昇、貧酸素化などの化学的な変化が、陸地と海洋の生態系のみならず、地域社会、生活、文化に影響を与えている。さらには人間の健康やインフラ、沿岸資源、災害管理、淡水供給量、農業、漁業、林業、海洋生態系、観光業に影響を及ぼしている。

5つの気候脆弱性リスクグループ

洪水の被害を受けたキリバスのアベラオ村を泳ぐ青年。太平洋島嶼国では海面上昇の影響が深刻である。https://news.un.org/en/story/2019/05/1039431 地球温暖化の影響で熱帯低気圧の発生頻度と激しさが増している。https://www.wwfpacific.org/?365655/Macuata-project-communitiesnot-spared-by-TC-Yasa

入手可能な文献や、太平洋島嶼地域の社会経済状況、地域政策、政治的議論を精査した結果に基づいて、この地域の気候脆弱性を、以下の5つのリスクグループに分けて紹介する。
1)気候変動による避難と移住:気候変動、環境悪化、自然災害の相互作用が、国内外で避難と強制移住を生んでいる。太平洋島嶼地域の土地は乏しく、慣習的な土地保有制度による所有が多いため、再定住は地方当局や地域社会から反発を受けやすく、社会的緊張や暴力のリスクを生み出す。特に、受け入れ先の地域社会と充分な協議なく再定住が実施された場合、そのリスクは一層高まる。再定住先の土地が入手困難であることに加えて、移住する側と受け入れる側の間の民族的・文化的相違や、新住民が移住先社会の資源やサービスにかける負担といった要因によって、移住プロセスが一層難航する、または阻止される可能性がある。
2)海洋経済への影響:太平洋島嶼地域の経済は、しばしば「海洋経済」と呼ばれる漁業や観光業から生み出される収入への依存が極めて高い。特に、中西部太平洋には世界のマグロ資源の半分以上が存在し、太平洋のいくつかの小島嶼開発途上国(SIDS)は大きく依存している。しかし、地球温暖化はこの重要な収入と雇用の源を蝕んでいる。マグロのような海洋生物は、より水温の低い海域へ徐々に移動するためである。マグロ資源再分布の予測によると、各島嶼国の排他的経済水域におけるマグロ資源量の減少のため、地域内の8カ国で、2050年までに政府の歳入を年間最大15%減少させる可能性がある。この負の影響の予測は、島嶼国にとって、マグロ資源管理のための地域取極の構造を揺るがし、遠洋漁業国との深刻な緊張を生む恐れがある。
3)健康、食料および水の安全保障への影響:気候変動の影響は、太平洋島嶼地域に暮らす人々の健康と生活の質を悪化させ、経済や家庭に生産的に寄与する能力を損ないつつある。太平洋島嶼地域の医療制度は逼迫し、対処不可能な状態である。気候変動に起因する食糧と水の安全保障の悪化は、既存の問題と相まって、太平洋島嶼地域の人々の生計と健康を危険に晒し、脆弱性が増し、不安定化を生む可能性がある。太平洋諸島の気候安全保障のもう一つの重要課題は、水の安全保障である。太平洋島嶼地域の多くは安全な水道水へのアクセスを持たず、下水処理も不十分である。また、浸水・冠水や海水侵入、干ばつ等の気候変動現象により、淡水供給が脅かされ、非常事態宣言が何度も発令されている。
4)繰り返される自然災害と対処能力:太平洋島嶼地域は世界で最も自然災害の多い地域の一つである。この地域で最もよくある自然災害は熱帯低気圧で、それが破壊と経済損失の主要因となっている。道路や港湾施設などのインフラをはじめ、農業、サンゴ礁の漁業水域や森林も大きな影響を受ける可能性がある。農業に大きく依存し産業の多様化が限定的な小島嶼国にとって、経済的影響はひときわ甚大である。地球温暖化により熱帯低気圧の発生頻度が増すと、災害と災害の間の回復期間が短くなり、脆弱性リスクが高まる。そして、生産の減少と経済成長の縮小、対処能力への投資力の損失を招いている。実際、各国政府は災害復旧のための歳出見直しや、緊急時対応のための経常支出の削減に踏み切っているが、その際は通常、開発に関わる予算支出が大幅削減される。
5)海面上昇が海域と海洋境界に与える影響:海面上昇や浸食などの気候変動は、太平洋島嶼地域の海洋境界に重大な意味を持つ。この地域では、海洋境界を規定する沿岸の地形が、かろうじて海面の上に出ていることが多く、環境変化に脆弱である。そうした目印の多くが水没することで、海洋境界の重要な基点が消失し、政治地理も変わる危険に晒されている。そのため2021年8月に開催された太平洋諸島フォーラムのバーチャルサミットでは、18の太平洋諸島の国・地域の指導者が、気候変動に関連する海面上昇に関係なく、恒久的な海洋境界を定めることで合意した。

気候変動リスクへの適応のために

上記5つのリスクのほか、国境を超えた組織犯罪およびテロの進出などもある。国家の脆弱性が深刻化すれば、組織犯罪やテロリスト集団が浸透・定着・成長する場を生み、彼らの基盤強化につながる可能性がある。
これらのリスクから、太平洋島嶼国への気候変動の悪影響を誇張し、この地域の持つレジリエンス(強靭性)を過小評価する傾向がある。しかし、充分な情報に基づき適切な資源管理による持続可能な生産性の回復により、この海域が本来持つ環境レジリエンスを実現する可能性がある。また、共同生活・共同支援を重視する相互支援制度、コミュニティによる意思決定の伝統といった、太平洋島嶼国の住民に長年認められるレジリエンスの要素はきわめて強靭である。
太平洋島嶼国が混乱を最小限に抑えつつ気候変動に適応するには、援助は不可欠である。開発者や気候安全保障のパートナーたちが、支援に引き続き意欲的であることが、太平洋島嶼国に気候変動の課題に立ち向かう力を与えることになる。(了)

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