Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第509号(2021.10.20発行)

小規模漁業研究のための大規模グローバルパートナーシップ─TBTI

[KEYWORDS]SDG 14/ブルージャスティス/FAO小規模漁業ガイドライン
東海大学海洋学部准教授、TBTIジャパン 研究ネットワークコーディネーター◆李 銀姫

日本の家族経営を中心とする小規模漁業は、大規模漁業・企業的漁業と比べて国際的認知度が低い。
そして、今日的な諸課題を抱えながらも、優れたものを多く有している。しかし、国際社会への発信ができておらず、同分野をリードする立場にもなっていない。日本は、小規模漁業関連の研究と取り組みを積極的にリードし、SDG14 をはじめとする SDGs の実現に、漁業・海洋先進国としての責務を果たすべきである。

水面下の生命と水面上の生命

2015年の国連サミットにおいて持続可能な開発目標(SDGs)が掲げられて以来、海洋・漁業分野においては、特にSDG14-水面下の生命(Life Below Water)への関心が以前にも増して高まっている。そうした中、魚資源等水面下の生命を守るには、それらの生命と密接な係わり合いを持つ水面上の生命(Life Above Water)、すなわち、小規模漁業を営む人々・漁村・コミュニティを守ることが重要であるという印象的な訴えが行われている(Life Above Water, Jentoft2019)。これは、今日まで多くの議論と研究が重ねられてきたにも関わらず、その実現への道のりがまだ程遠く、今もなお議論が続いている漁業の持続可能性、そして海洋の持続可能性の実現に重要な視点を与えている。小規模漁業は、世界の漁獲量(海面および内水面)の約半分を占めており、世界の約3,000万人の漁業者の90%以上を雇用している上、加工や流通などの関連業種を含めると、さらに8,400万人を支えている。日本でも、漁業者の8割は沿岸漁業者であり、その9割が家族経営となっており、沿岸の津々浦々において小規模漁業が営まれている。規模は「小」さいが、生態系の保全や伝統文化の継承、地域社会の維持など、その存在意義は「大」きいのである。

ブルーエコノミーとブルージャスティス

この頃、ブルーエコノミー(Blue Economy)という言葉を日本でも少し耳にするようになった。ブルーエコノミーとは、海に関わるあらゆる経済活動を指す広い概念であり、2012年のリオサミットにおいて取り上げられて以来、世界中で広がっており、多くの国々において関連研究と政策が進められている。このイニシアチブは、海洋の持続可能な発展を目指す方法として期待される一方、小規模漁業がその関連政策の中で周縁化されることが懸念されている。近年では、それらに起因する公平性・公正性問題、およびそれらが、小規模漁業の持続性に与える影響を危惧し、FAOの『持続可能な小規模漁業を保障するための任意自発的ガイドライン(2015)』の履行の必要性を訴える研究が増えている。ブルージャスティス(Blue Justice)研究がその一つである。この概念は、2018年の第3回世界小規模漁業会議(World Small-Scale Fisheries Congress)で提起されたものであり、「ブルーエコノミーの政治経済的・生態学的プロセスの批判的検討」を行うことを通じて、適切な漁業・海洋ガバナンスの構築を訴える概念である。
日本では、2020年に「成長産業化」を掲げた漁業法の70年ぶりの大改正が施行され、小規模漁業を含む漁業という産業全体が大きく変わろうとしている。様々な改革により、漁業を成長する産業へと転換させる期待がある一方、漁業権制度の見直し等による小規模漁業への負の影響が懸念されている。従来の漁業の民主化の重視から、経済効率性の重視へと変わった新漁業法の下で、日本がどのようにして小規模漁業の持続性を確保するかは、まだ未知数である。今の日本における成長産業化関連政策と小規模漁業の関係は、国際社会におけるブルーエコノミー関連政策と小規模漁業の関係の縮図のように思える。成長産業化関連政策が漁業の持続可能性のための合理的なビジョンであるならば、小規模漁業の重要性は政策の始まりの段階から十分に認識されなければならない。

In the Era of Big Change(Li & Namikawa 2020)のブルージャスティスチャプター

TBTIグローバルとTBTIジャパン

小規模漁業は、様々な会議や政策の場において、わずかにしかとり扱われていないにしては重要すぎるということを認識した研究者らは、2010年に世界規模の小規模漁業研究ネットワークを形成し、2012年からToo Big To Ignore(無視するには大きすぎる)グローバルパートナーシッププロジェクト※1として始動させることになった。日本でも、2020年にTBTIジャパン研究ネットワーク※2が発足した。本研究ネットワークは、研究者、行政関係者、実務者、漁業者、コミュニティグループ・組織・団体等が集まり、日本の小規模漁業に関する様々な研究を進めるとともに、日本小規模漁業の存在意義と役割を国内外に向けて積極的に発信することを目的にしている。
TBTIジャパン研究ネットワークのビジョンとしては、1)日本の小規模漁業の多様な機能と重要性及びその潜在力について、体系的な研究とともに積極的に発信する、2)日本のジェンダー問題を小規模漁業から率先して改善できるように推進する、3)漁業者の所得向上と後継者の確保のための様々な取り組みを推し進めるための研究基盤となる、4)ブルーエコノミーや成長産業化政策の中で小規模漁業が疎外されることがないように、ブルージャスティスの理論的検討を重ねるとともに、実践へつなげるための研究を進める、5)日本においてFAO小規模漁業ガイドラインを十分認識するとともに、意識して履行していくことを推進すること等が挙げられている。
これらの目的とビジョンの下、日本の小規模漁業を体系的に捉えた初めての研究成果となる書籍『In the Era of Big Change: Essays About Japanese Small-Scale Fisheries(大変化時代を生きる日本小規模漁業)』(2020)を出版し、世界海洋週間に合わせた国際オンラインセッション「The Voices of Genba(現場の声)」(2021)を開催したこと、そして、来年2022年が「零細漁業と養殖の国際年」であることに合わせ、第4回世界小規模漁業会議を日本でホストすることになったこと等は、本研究ネットワークが「小」さなステップでありながら着々と前進している「大」きな証なのである。(了)

世界海洋週間に合わせた国際イベントにおけるTBTIジャパンセッション(2021.6.2 オンライン開催)

  1. ※1Too Big To Ignoreウェブサイト http://toobigtoignore.net/
  2. ※2TBTIジャパン研究ネットワークウェブページ https://tbtiglobal.net/tbti-japan/

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