Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第509号(2021.10.20発行)

赤潮はどこまで解明されたか〜有害プランクトンの診断技術の開発〜

[KEYWORDS]赤潮対策/AI解析/漁場環境診断
アブドラ国王科学技術大学栄誉教授◆五條堀孝
高知大学理工学部門教授◆長﨑慶三

「獲る漁業」から「育てる漁業」へと期待がますます高まるなか、養殖振興のための赤潮対策として、AI、次世代シーケンス、メタボローム、電位解析などを用いた最先端の解析と診断技術が重要になってくる。
赤潮発生予察技術、微生物学データによる赤潮終息予察技術、さらには漁場環境診断カルテによる新たな環境評価手法の詳細について紹介する。

養殖振興のための赤潮対策

今ではすっかり高級魚となったクロマグロの養殖出荷量は、直近の15年間に約7倍増を記録した。「獲る漁業」が低迷する傾向にあるなかで、「育てる漁業」に懸けられる期待が大きく高まっていることを示す典型的な事例といえよう。2016年4月から2021年3月まで、筆者らは農林水産技術会議委託プロジェクト研究として、「有害プランクトンに対応した迅速診断技術の開発」に取り組んだ。本稿では、AI、次世代シーケンス、メタボローム、電位解析などの最新科学を用いた、養殖振興のための赤潮対策の研究事例を紹介する。

AIを用いた赤潮発生予察技術

赤潮の発生を3日前までに予測するため、対象海域での定期的な海水サンプルを採取し、微生物DNAを対象としたメタゲノム解析、たんぱく質やイオンなども含めたオミクス解析、さらに海洋気象データを含めたビッグデータ解析を行った。これらの時系列データを、新たに開発した機械学習によるAIプログラムを用いた将来予測解析に供した。まず、海洋気象データが充実している東京湾をモデルケースとして解析を実行した。その結果、非常に高い確率で微生物コミュニティの動的構成を3日前から予測することに成功した(図1)。
この成功を受けて、赤潮発生がよくみられる伊万里湾に対象海域を移して同様の解析を行ったところ、3日前までに赤潮発生の糸口を察知できることが明らかになった。これは、本プロジェクトの主要な目標が実質的に達成されたことを意味する。一方、プロジェクト研究は、社会的な実装と費やされるコストが現実的でなければ役に立たない。本技術の社会実装に向けたさらなる努力が望まれるところである。また、この解析で得られたデータベースは近々公開予定である。
このように、本成果は現代生命科学の最先端のオミクス解析・ビッグデータAI解析を赤潮対策に応用した初めての研究事例であり、持続可能な社会に対応した新たな養殖産業の発展を可能にするものと考えられる。

図1 AIを用いた赤潮予察システムのイメージ図。予測値と実測値の間には顕著な相関がみられた(右上)

微生物学データによる赤潮終息予察技術

図2 高知県野見湾のカンパチ養殖の様子

養殖現場(図2)において、赤潮が発生してしまった場合、生簀の移動や餌止めといった対策が講じられる。しかし、前者はコストと労力を要すること、また後者は商品である魚体の体重減少を招くことから、その実施に当たっては難しい判断を迫られる場合がある。そこで、目の前で発生している赤潮が今後どのような推移を辿るかを知るための2つの技術を開発した。
・共存細菌叢に基づく判定技術:養殖現場の細菌叢を分子生物学的手法で測定し、赤潮終息時期に特異的に優占する細菌群の出現様態により判定する方法。ポータブルの次世代DNAシーケンサーを使用することで、採水から半日以内に結果を出すことが可能である。
・藻体の代謝産物に基づく判定技術:メタボローム解析と呼ばれる手法を用い、現場に優占する赤潮原因プランクトン細胞内のグルコース/グリシン比を求める。この値が高いほど終息が近いと判断できる。これまでのところ、本手法による予測の正解率は80%であり、自然現象の予測確率としてはきわめて高い値が得られている。

漁場環境の修復・選択のための新技術

図3 炭素棒を用いた底質モニタリングのイメージ図。データは陸上で受信可能

魚類養殖では大量の飼料投入が行われる。そのため、養殖場の海底では過剰な有機物負荷による環境の悪化が懸念される。有機物の分解には、海産ミミズ・イトゴカイ等の小型ベントスが重要な役割を担っており、それらの生息密度を高める必要がある。そこで、汚染度の指標であり小型ベントスの存在量とも密接に関係する「酸化還元電位」を簡易に測定できるシステムを開発した。このシステムでは、陸上にいながら養殖場の汚染度をリアルタイムで知ることが可能である。また、得られた測定値に応じて散布する餌量を自動調整することで、環境条件に配慮した養殖が実現されるものと期待される。さらに、現場海底に炭素棒を埋設し、海底泥中の水素を放出させることで底質を改善することも理論的には可能である。水槽レベルの試験ではその有効性が確認されており、今後の応用が期待される。
マグロ養殖は大規模な生け簀を必要とし、その設置場所の選択はきわめて重要である。水温・水深・大型河川の有無・波浪・潮通しなどの自然条件に加え、種苗や餌料の確保の可否ならびに製氷・冷蔵施設へのアクセスといった点についても十分に吟味する必要がある。さらに本研究では、複数の候補地の中から最善の選択を促すための根拠として、海底堆積物中の生物叢に基づく判断基準の提供を目指した。その結果、有害赤潮藻類のタネ細胞の量、ゴカイなどの底生生物の組成と存在量、ラビリンチュラと呼ばれる高度不飽和脂肪酸産生生物等に注目した診断技術(漁場環境診断カルテによる環境評価手法)を開発した。
「育てる漁業」は今後もその重要性を増していくものと予想される。そのバックアップツールとして、本事業の成果が生かされていくことが強く望まれる。自然現象を相手とした実学的プロジェクトの場合、「計画→適用→結果のフィードバック→改善」というPDCAを回し、技術の最適化を目指す必要がある。(了)

  1. 上述の成果の一部は、農林水産技術会議委託プロジェクト研究「有害プランクトンに対応した迅速診断技術の開発(JP005317)」の助成により得られました。

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