Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第509号(2021.10.20発行)

日本のEEZに大量に賦存する海底鉱物資源を生かす方策

[KEYWORDS]海底選別/機械式揚鉱/複合開発
大阪府立大学大学院工学研究科客員研究員・名誉教授◆山崎哲生

「今後10年程度を目途に商業化を実現」と海洋基本計画(第1期)で位置付けられた海底熱水鉱床開発の商業化の影も形も見えない。その理由である「いいものは少量しかない」ことを考察するとともに、日本のEEZに大量に賦存する海底鉱物資源を生かすための今後の技術開発課題を提案する。

「商業化が遠ざかっている」─高らかに掲げた目標はどこへ─

2007年に海洋基本法が成立し、策定された最初の海洋基本計画(第1期、2008-2012年度)において、海底熱水鉱床はメタンハイドレートとともに、「今後10年程度を目途に商業化を実現」と位置付けられた。以来、経済産業省によって、海底熱水鉱床開発計画が推進されてきており、2017年には、「世界初の海底熱水鉱床の採鉱・揚鉱パイロット試験に成功」と報じられた。しかし、2021年現在、商業化の影も形もない。直近の海洋基本計画(第3期、2018-2022年度)においては、「平成30年代後半以降に民間企業が参画する商業化を目指したプロジェクトが開始されるよう、技術開発等を実施」と記されており、商業化の影や形が見えるまでに、まだ10年程度かかりそうな情勢となっている。

高い金属含有率の海底熱水鉱床の発見は続いているのに?

図1 活動中の海底熱水鉱床

(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)による海底熱水鉱床の発見は、表1に示したようなニュースリリース(NR)が続き、多数のサイトの高い金属含有率分析結果が報告されている。有望な海底熱水鉱床の発見が続いているのに、「商業化が遠ざかっている」のはなぜか。それには、分析対象サンプルの選択と、「資源ピラミッド」と呼ばれる資源特有の性質とが関わっている。分析対象サンプルの場合、表1に示されている多くの分析結果は、まず遠隔操作無人探査機(ROV)等によって採取される時と、次に分析に供するものを選ぶ時の2回にわたって、専門家による選択を経る。特に、分析に供するものを選ぶ時には、サンプルを実際に手に取ってみるので、金属含有率が高く、比重が大きな「より良いものを選び出す」ことになる。表1には、このようにして選択されたサンプルの分析結果が示されているが、1つ異質なものが含まれている。それは、最も金属含有率が低いHakureiサイトのものである。2013年のNRには、ボーリング調査による掘削121孔(1,073m)によって把握された340万トンの鉱体の平均品位であると記されている。つまり、調査を進めて、多くのサンプルから平均品位を求める鉱体規模推定の段階までいくと、「より良いものを選び出す」ことがなくなり、金属含有率は低下するのである。同様のことは、ごんどうサイトでも起きている。ごんどうサイトの調査を進めた途中経過が、表1に引用されていないNR(2016年5月26日)に示されており、ボーリング調査による掘削9孔(380m)によって把握された金属含有率は、銅3.38%、鉛2.39%、亜鉛6.39%、金0.97g/トン、銀62.6g/トンとなって、表1から1/3程度に低下した値となっている。

表1 天美サイトおよび他サイトの金属含有率分析結果(2020年3月24日NR)(過去のNRの引用を含む)

いいものは見つかっても少量しかない「資源ピラミッド」

金属においても、石油・天然ガスにおいても、「資源ピラミッド」という、品質が最も良く、採掘コストが最も安い鉱床(鉱体)を頂点とする、開発利用の優先順位が存在することが知られている。図2は、その概念を金属資源に当てはめた例である。人類が有史以来利用してきた陸上資源において、蓄積されてきた知識と経験を簡単に要約したものであり、利益が出るのであれば、ピラミッドの頂点に存在するものから開発利用が始まり、需要増加、価格上昇、技術革新等によって、ピラミッドの下部へと開発利用が進展していくことになる。
この「資源ピラミッド」は、海底熱水鉱床などの海底鉱物資源の場合にも当てはまり、前述のように、調査を進めると金属含有率低下が起きるのは、分析対象サンプルの選択の影響だけでなく、金属資源が本来有している、「いいものは少量」という特性が関わっているとみることができる。

図2 金属の資源ピラミッドの例

技術革新によるブレークスルーの可能性

日本のEEZに大量に賦存する海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト、レアアース泥、マンガン団塊などの海底鉱物資源は、陸上の既存供給源の10倍以上という高い金属含有率のため、EEZの資源の「持続可能な開発・利用」や「海洋産業の健全な発展」の候補として期待を集めた。特に、海底熱水鉱床はそのトップバッターと位置付けられていた。しかし、2017年の世界初の海底熱水鉱床の採鉱・揚鉱パイロット試験成功結果を受けて公表された、2018年の海底熱水鉱床開発総合評価結果(2018年10月31日NR)において、2016年のNRで示された740万トンは金属含有率不足で、経済性を見出せないと記している。この740万トンは「やや難あり」レベルのもので、日本は「資源ピラミッド」の頂点にある「いいもの」を、未だ発見できていないのである。
この現状を打破し、開発利用に繋げていくために必要なことは、技術革新によるブレークスルーであり、その筆頭が海底熱水鉱床鉱石の「海底選別」である。これは、前述の金属含有率が高いものは比重が大きいという特性を利用して、「普通のもの」や「やや難あり」を人為的に「いいもの」に変えてやることである。採掘された鉱石を破砕、分級(粒子サイズを揃える)し、その後、比重差を利用したサイクロン選別、揺動テーブル選別、ジェット噴流選別などを施して、比重の小さい岩石部分を、30%ないし50%の割合で鉱石から除去しようというものである。海底熱水鉱床は、数百万トンという鉱体規模を有しているため、半径数百mの範囲内に数年間留まって採掘を行うことになる。このため、破砕、分級、選別機能を組み込んだ海底プラントを設置することが可能であり、「海底選別」の実現性は十分ある。
この「海底選別」には、次の2点のメリットがある。①選別後の鉱石量が減少するため、それ以降の処理設備となる揚鉱パイプ、揚鉱ポンプ、採鉱船、輸送船、選鉱設備等を小規模化することができる。②選鉱後に出る岩石等の廃棄物処理費用を削減できる。一方で、海底プラントの移設費用と数ヶ月間の操業停止が数年毎に発生するというデメリットもある。「海底選別」を組み込んだ海底熱水鉱床開発については、筆者が経済性の試算を行っているが、②の効果が特に大きいため、経済性が向上するという結果を得ている。
他の技術革新ターゲットとしては、ロープとメッシュバッグによって鉱石のみを引き上げる「機械式揚鉱」(レアアース泥以外に適用可能)、コバルトリッチクラストとリン鉱石、また、レアアース泥とマンガン団塊の「複合開発」が候補として挙げられる。いずれも、経済性を向上させるとともに、環境影響を小さくすることにも繋がるため、今後の技術開発課題の中心に据えるべきものといえる。(了)

第509号(2021.10.20発行)のその他の記事

ページトップ