Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第508号(2021.10.05発行)

新しいへき地離島医療を目指して

[KEYWORDS]神島/離島医療/遠隔診療
鳥羽市立神島診療所所長◆小泉圭吾

人口減少と高齢化が進むなか、医師を常駐させることが難しくなっている離島医療の課題は「医師を配置すること」よりも「どのように医療を届けるか」に移り変わってきている。
三重県鳥羽市では鳥羽の離島医療をバーチャルによって遠隔診療支援するプラットフォームが導入され、非常に有用だと感じている。感染症の流行などの不測の事態もあるだけに、離島の人たちに長く安心して暮らせるような、新しい離島医療の形を提供していくことを願っている。

神島の医者屋として

「目下、神島といふ伊セ湾の湾口を扼する一孤島に来てをります。人口千二、三百、戸数二百戸、映画館もパチンコ屋も、呑屋も、喫茶店も、すべて『よごれた』ものは何もありません。この僕まで忽ち浄化されて、毎朝六時半に起きてゐる始末です。ここには本当の人間の生活がありさうです」
三島由紀夫が小説『潮騒』を執筆するため神島に滞在していた折、川端康成に宛てた書簡である。今も神島には、三島由紀夫のいう「本当の人間の生活」が息づいている。そこに魅了された私は、神島を一旦離れたあとも再度勤務を希望し、神島の“医者屋の先生”となって合計11年を数える。神島は周囲約4kmと小さな島であり、三重県鳥羽市からおよそ30分、一日4便の定期船が就航している。現在人口は300人弱、高齢化率は48.0%とほぼ半数が65歳以上である。神島には平地がほとんどなく、階段や坂道ばかりであり高齢者には住みづらい環境でもある。それでも神島の人たちは楽しく毎日を送っている。不便を補っても余りある人生の豊かさがそこにはあり、羨ましいほどだ。神島に赴任してから島で何人かの看取りを行った。死に臨む人を島の人達が見守る過程に、今までに経験したことのない温かい「死にゆく姿」を見ることができ、私の死生観と自分の仕事に対する意識が大きく変わった。本当にステキだった。神島には高齢者の介護施設はなく、島での生活が難しくなってきた場合は島から出ていかなければならない。神島で生まれ、育ち、年を取り、そして死ぬ。この当たり前のことが難しくなっている今、島で皆に囲まれて最期を迎えたいという希望に応えられるよう、そしてなるべく長くこの素敵な島で生活ができるよう、“医者屋”として全力を尽くしていくことが私の仕事だと思っている。

遠隔診療・グループ診療の実践

しかし、島の人口は減り続け、患者数の減少による支出超過は無視できない状況である。それは鳥羽市の他の離島でも同様である。鳥羽市は答志島、菅島、神島、坂手島の有人四島を有するが、離島の人口はこの10年で27%減となっている。また、各離島の診療所ごとに医師一名を配置する運営体制となっているが、自治医科大学卒業生の派遣や公募で辛うじて医師を確保している状況である。欠員が生じた際に新たな医師の採用に時間を要するなど、現状の診療体制を維持していくことが困難となると予想される。これら①人口減少と高齢化、②診療所の患者減・支出超過額増、③診療所医師の確保困難という課題に対し、必要な保健医療サービスを維持しつつ、効率的な診療所運営を行なう体制について検討を進めてきた。まず、地理的条件を考慮し、少数の医師で複数の診療所を担当兼務するグループ診療(面で支える医療)への移行を目指した。しかし、一人の医師が複数の離島を担当する場合、それぞれの診療所で不在となる時間帯が生じる。また、離島では悪天候や感染症の流行などの不測の事態により不在となることもあり、住民は予定どおり診療・処方を受けることができなくなってしまう。
そこで、この課題を補完する技術としてクラウド型電子カルテと遠隔診療を導入すれば、どこからでも医師が診療できるようになり患者の不安を軽減できると考えた。さらに、オンライン診療の指針改訂により、看護師が患者のそばで支援しながら遠隔診療(D to P with N)を行なえば、検査と処方の指示が可能となるため、より適切な医療を提供できる。
また「住民の自宅が病室、それぞれの島が病棟、鳥羽の離島全体を病院(バーチャル鳥羽離島病院)」と仮定し、医療介護チーム「TRIMet(Toba Rural area & IslandMedical team)」が連携をとりながら活動していくことを構想した。まるで一つの病院で働くかのような関係性を多職種で構築できれば、限られた人的医療資源を有効に活用でき、医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供していくことができると考えたからだ。グループ診療と多職種連携を組み合わせることで、医療者不足と人口減少に柔軟に対応できる独自の地域包括ケアシステムの構築と、住み慣れた島で安心安全な生活を島の方々に提供することができる〈持続可能な離島医療〉の実現を目指した。
令和2年度に「TRIMetバーチャル鳥羽離島病院実証プロジェクト」として、国土交通省のスマートアイランド推進実証調査に採択していただき、セコム医療システム(株)のクラウド型電子カルテ「OWEL」と遠隔診療支援プラットフォームを導入した。OWELを導入して患者情報の一括管理を実現し、本土側も含めた7カ所の診療所にPC(電子カルテ利用端末)を、各医師にタブレット端末を配備して、診療所外でも最新の患者情報を即時に確認・更新操作が可能である。
遠隔診療支援プラットフォームには「セコムVitalook」を導入。血圧計などを専用のタブレット端末に接続して使用することで、医師不在時に患者が診療所を訪れた際や、看護師が患者宅を訪問した時にも患者のバイタル情報(脈拍・血圧・呼吸・体温など)をリアルタイムで医師に転送しながら、遠隔診療が可能となった。これにより、天候悪化時などで医師が不在でも、いつもとほとんど変わらない診療ができている。定期薬を切らすこともなく、いつもと違う症状で受診した患者にも対応することができ、また緊急疾患発生時でも、患者の状況を大きく間違うことなく把握が可能である。これらの点から医師、患者ともに不安を軽減することができ、非常に有用だと感じている。

■ TRIMetバーチャル鳥羽離島病院の仕組み
■ 離島に医師不在時のオンライン診療の様子

新しいへき地離島医療の形を

人口は減るが、それでも島に人が住み続けている限り、継続的な医療を提供しなくてはならない。人はまばらになっても、医療を提供する範囲は変わらない。人口が少なくなり医師を常駐させることが難しくなっている離島医療の課題は「医師を配置すること」よりも「どのように医療を届けるか」に移り変わってきている。離島医療こそ、新しい技術の恩恵にあずかるべきである。新しい技術やアイデアを持つ企業の方々に、離島医療が直面する現実に少しでも興味を持っていただき、今後一緒に離島医療の課題に取り組むことができれば、これほどありがたいことはない。
今後はオンライン診療、オンライン服薬指導の発展、自宅までの薬剤配達、物資や人を運ぶドローン、医師や患者の移動に遠隔もしくは自動運行船の活用などに取り組めればと考えている。新しい技術と離島の持つ温かみを融合させ、住み慣れた場所で長く安心して暮らせるような、新しい離島医療の形を提供していくことが私の目標である。そして、離島の人たちには、離島に住んでいるからといって大きな不安を感じることなく、そこにある豊かな文化、人間関係に囲まれて素敵な人生を送り続けてもらいたい。(了)

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