Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第505号(2021.08.20発行)

能登の里山里海で実践するオーガニック養殖

[KEYWORDS]カテキン/能登町/有機養殖
金沢大学理工学域能登海洋水産センター センター長◆松原 創

オーガニックは有機という意味で主に農産物で使われる。
流動的な水面で行われる水産養殖では安定的な管理が至難であり、生産物に対する明確なオーガニック基準は制定しにくい。
現在、薬を一切使わないオーガニック養殖の開発をおこなっており、本稿では、トラフグを対象としたオーガニック養殖について紹介する。

能登町との連携による金沢大学理工学域能登海洋水産センター

写真1 能登半島国定公園九十九湾に隣接する金沢大学理工学域能登海洋水産センター(左下)と対岸の環日本海域環境研究センター臨海実験施設(右上)。

能登半島は、低い山々と丘陵地が多く、長い砂浜・岩礁・リアス式海岸などを有し、その沖合では暖流の対馬海流と寒流のリマン海流が交わる。さらに水深300m以深には、日本海固有水と呼ばれる水温0から1℃、塩分34.1程度のほぼ均質な水塊が分布する。これらの影響を受けて周辺海域には温帯水域と寒冷水域の多様性に富んだ水棲生物が共存する。石川県鳳珠郡(ほうすぐん)能登町には、イルカの骨が発掘された縄文時代の真脇遺跡があり、4,000年前から水産物が豊富であったと推測される。人の暮らしと深い関わりを持つ豊かな自然が維持形成されてきた地域のことを里山および里海といい、長い間地域に根差した能登半島の集約的里山里海は、2011年、国際連合食糧農業機関(FAO)より新潟県佐渡市とともにわが国初となる世界農業遺産に認定された。
金沢大学理工学域能登海洋水産センターおよび環日本海域環境研究センター臨海実験施設(写真1)は、金沢大学角間キャンパスからは車で約2時間、のと里山空港からは約40分の距離にある石川県能登半島の富山湾に面した北東部、日本百景に選ばれた能登町九十九湾を臨む地区に位置する。金沢大学と能登町により整備された前者は令和元年度(2019年度)に発足、後者は設立60周年を迎えた。
能登町は、石川県漁業協同組合、能登海洋深層水施設、能登町農林水産課そして石川県水産総合センターがある県内屈指の水産都市で、宇出津(うしつ)港の能登寒ブリや小木港のイカ類などが有名である。しかしながら、海水温上昇などの環境変化により能登の高い漁業生産量が今後も維持できるという保証はない。加えて、水産従事者の高齢化や担い手不足が喫緊の課題である。そこで筆者らは、「能登の里山里海」を未来永劫に伝承すべく、現場ニーズに即応できる能登ブランドの持続可能な養殖技術の開発に取り組んでいる。

オーガニック養殖

オーガニックは有機という意味で主に農産物で使われる。国際有機農業運動連盟はオーガニック農業の4原則として、「健康」「生態」「公正」「配慮」をあげている。日本では日本農林規格(JAS)が改正され、登録認定機関の認定を受けた生産者が生産したオーガニック作物に有機JASマークが貼付されている。他方、水産物養殖では、農林水産省が承認したもの以外を水中に投与、医薬品的な効能効果目的で使用すると、薬品医療機器等法84条27号違反となる。そのため、養殖業者は水産庁の『水産用医薬品の使用について』に基づき養殖水産物を管理している。しかしながら、水産養殖は、水域を限定したとしても流動的な水面で養殖が行われるため、安定的な管理が至難であり、オーガニック原則は制定しにくい。現状では、農産物に比べると水産物のオーガニックは、試行錯誤のレベルである。

能登トラフグのオーガニック陸上養殖への挑戦

写真2 能登海洋水産センターで飼育中のオーガニックトラフグ

能登地域は天然ふぐ類漁獲量日本一で、能登ふぐそして輪島ふぐの2ブランドがある。そこで、筆者はトラフグを対象種に選定し、オーガニック陸上養殖を試みた(写真2)。現在、トラフグ養殖における主な問題点は、1)寄生虫の駆虫薬としての劇物ホルマリンが禁止されたことによる斃死(へいし)の増加、2)噛み合い死を防ぐために行う歯切りで使用される麻酔での斃死の阻止、3)身より高値である白子(精巣)を有する雄の生産、があげられる。そこで、これらの課題を「薬を使わない」オーガニック技法により解決することで付加価値の高いトラフグができると考えた。
まず1)の寄生虫対策に関しては、トラフグは、養殖場の水温が15℃から25℃になると高い確率で感染し、2〜3割が死亡する。しかし、使用禁止されたホルマリンほどの効果を有する駆除薬は未だ見出されていない。これまで淡水飼育サケマス類ではミズカビ病防止にポリフェノール類の効果が認められているが、これらは海水では失活してしまうため、海水魚では検証されていなかった。そこで著者らは、海水で失活しにくいエピガロカテキンに着目、寄生虫感染トラフグ飼育水槽に添加したところ、駆虫に成功した(特許第4976313号)。そこで食品用エピガロカテキンを混合した餌を自作し、寄生虫に感染したトラフグに与えたところ、無添加区の斃死率に比べ添加区のそれは低値を示し、駆虫効果が認められた。
2)の噛み合い死防止のための麻酔に関してである。わが国においては、魚類の麻酔はクローブ精油であるオイゲノールを含むFA100のみが動物用医薬品として承認されている。しかしFA100は麻酔液が濁るため魚が観察しづらく、魚の意識消失のタイミングを超過し麻酔死を引き起こす。そこで魚類は、ほ乳類同様、炭酸ガスで麻酔効果を示すことをふまえ、東京農業大学渡邉研一教授は市販固形入浴剤に似た無色・無臭・無味の小型固形炭酸ガス発泡剤を開発し、渡邉教授と著者がそれを実用化に向けて改良した(特許第6202570号)。これは、台所にある重曹とコハク酸などを混合したもので、水に入れると炭酸ガスを発生する。小型固形炭酸ガス発泡剤はトラフグをはじめ、さまざまな魚類に麻酔作用を示し、これまで麻酔死は認められず、有効性を確認することができた。
最後に3)の高値で取引される白子(精巣)のある雄の生産への取り組みを紹介する。トラフグはXX-XY型の性染色体を有する。これまで様々な研究機関がYYの性染色体を有する超オストラフグを作成、XXのメスとかけあわせることで3世代目に全ての個体をXYのオスにすることに成功している。しかし、この方法は安全性や飼育期間などの問題がある。トラフグはこれまで天然で精巣と卵巣の両方の生殖腺を呈する個体が見つかっている。つまり仔魚期までのXX個体は刺激などにより完全な精巣を有する可能性がある。XX個体が精巣をもてば、1世代で全て精巣を有する個体ができるはずである。そこで筆者は仔魚期のXXトラフグ個体に刺激性飼料を与えたところ、いくつかの飼料で8割以上のXX個体に精巣をもたらす形態的性転換を可能とした。現在、XX個体全てに精巣をもたらす飼料の探索を行っている。かくして、実験室レベルだが薬を用いずに精巣を有したトラフグを成魚まで育成できた。このトラフグをふぐ業者に加工してもらい、試食したところ、好評を得た。
先に記した通り、魚類養殖におけるオーガニックには明確な規定がない。筆者らの技法は、ヒトが口にできる飼料・食材をもちいており、農業のオーガニック基準に限りなく近いのではないか、と考えている。実験レベルだが、サケマス類やヒラメなどでもオーガニック養殖に成功しており、今後産業レベルの試験に取り組む予定である。(了)

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