Ocean Newsletter

【Ocean Newsletter】バックナンバー

第505号(2021.8.20 発行)

液化水素運搬船で開く脱炭素社会

[KEYWORDS]CO2フリー水素サプライチェーン/海上輸送/商用化
川崎重工業(株)水素戦略本部副本部長執行役員◆西村元彦

脱炭素社会への切り札として水素エネルギーへの関心が国内外で高まっている。
川崎重工業(株)は水素エネルギーの社会実装を進めるため、国際CO2フリー水素サプライチェーンの商用化を目指しており、そのパイロット実証に着手している。世界初の液化水素運搬船による液化水素の長距離海上輸送を含む 本実証の成果は、将来の脱炭素社会と水素供給の礎となる。

脱炭素化・水素利用への動き

近年、日本をはじめ世界各国で地球温暖化の影響とみられる異常気象や災害が頻発しており、地球温暖化の原因とされるCO2の削減は人類共通の待った無しの社会課題となっている。2016年11月、地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定が発効した。フランスや英国などが2050年までに実質排出量ゼロを法制化し、日本も2030年度の温室効果ガス削減目標として、2013年度比で46%削減、さらに2050年までには排出量を実質ゼロとするカーボンニュートラルを目指すとしている。この目標達成は、省エネのみで不可能なことは明らかであり、再生可能エネルギー(RE)の導入促進が必須となる。しかしながら、日本は、RE年間発電量を可住面積で除したRE導入密度ではすでに世界トップレベルになっており、一層の導入には立地やコスト低減の課題がある。また、エネルギー消費密度も日本は世界のトップクラスであり、限られた国土にREを大きく導入・拡大して大量のエネルギーを賄うには制約が大きい。
この様な背景から、将来のエネルギーの選択基準と言われる、安全性(Safety)を前提とした上での自給率(Energy Security)、経済効率性(Economic Efficiency)、環境適合(Environment)(いわゆる3E+S)を満たしつつ、脱炭素社会を実現するための、安価で大量に導入可能な新しいゼロエミッションエネルギーが求められてきた。そこで注目されたのが、海外の安価な未利用資源やREから水素を製造して日本に輸入し、水素をエネルギーとして利活用するコンセプトである。

CO2フリー水素サプライチェーンの構築

石油や天然ガスと同様に水素が一般的にエネルギーとして利用される「水素社会」を実現するためには、水素の安定供給が必要となる。しかし、資源が乏しく国土が限られた日本では大量の水素を安定的かつ経済的に製造することは困難である。また島国であることからガスパイプラインで水素を輸入することも現実的ではない。そこで、海外で製造した水素を海上輸送により日本に輸入することが有望な選択肢となる。これらの状況を鑑み、当社は2010年、豪州ビクトリア州ラトロブバレーの未利用資源である褐炭からガス化・精製にて水素を製造し、液化した水素を専用運搬船で日本に海上輸送するCO2フリー水素サプライチェーン構想を発表した(図参照)。
この構想では、豪州の褐炭からの水素製造過程において排出されるCO2を、CCS(CO2 回収貯留)にて地層内に隔離させることにより、CO2フリー水素の製造・輸送を実現させ、「水素社会」と脱炭素社会を目指すものである。2015 年度からは本構想の実現に向け、(国研)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)による助成の下、液化水素運搬船の輸送容量が商用の1/120 程度のスケールの設備で、パイロット実証事業に着手している。実証を進めるにあたり、2016年2月には岩谷産業(株)、シェルジャパン(株)、電源開発(株)と、技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構「HySTRA」を結成した(その後、丸紅(株)、ENEOS(株)および川崎汽船(株)が加入)。
本実証事業では、特に技術開発要素が高い褐炭のガス化、液化水素の長距離大量海上輸送、および船舶のカーゴタンクと陸上タンクとの間の液化水素の荷役(積荷/ 揚荷)に関する技術の構築と実証を目指している。このうち、長距離大量海上輸送として豪州と日本を結ぶのが、世界初の液化水素運搬船である。2019年12月、当社神戸工場にて命名・進水式が開催され、4千名の参加者が見守る中、当該船は「すいそふろんてぃあ」と名付けられた。この命名は水素社会を切り開いてフロンティア(新天地、技術の最先端)に船出していくことを願いつつ、日本語の「水素」を世界中の人々に知ってもらいたいとの思いからである。

世界初の液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」

液化水素運搬船「すいそふろんてぃあ」

国際海事機関(International Maritime Organization:IMO)により採択された「液化ガスのばら積運送のための船舶の構造および設備に関する国際規則(通称IGCコード)」はLPGやLNGなどが対象で、液化水素は対象外である。このため、日豪両海事当局は、液化水素ばら積運搬船(パイロット船)の運航のため2014年より安全基準の協議を進め、2016年11月に、IMOにおいて両国が共同提案した安全要件の暫定勧告が承認された。この暫定勧告を適用して設計・建造された船は現在「すいそふろんてぃあ」のみである。本船が液化水素ばら積み輸送の国際運航を行い、今後積み重ねる実績は将来の国際規則の改訂に貢献できるとの期待が寄せられている。
「すいそふろんてぃあ」は全長116.0m、全幅(型)19.0m、深さ(型)10.6m、定員25名の船に1基の貨物タンクを搭載している。タンクはマイナス253℃の液化水素を保持可能な極めて高い断熱性能と荒波に耐える頑丈かつメンテナンス性も考慮した合理的な構造の両立が必要となる。そのため、タンクには真空断熱二重殻構造を採用し、内槽を支える部材に熱を伝えにくく強度に優れたガラス繊維強化プラスチックを使用している。タンク容量は1,250m3、75トンの液化水素を輸送することが可能である。本船の開発・設計には当社が長年培ったLNG運搬船技術、陸上における液化水素輸送・貯蔵技術を応用するなど、グループのシナジーを発揮している。
2020年10月には海上試運転を完了し、現在、最終機器調整、引渡し準備などを行っている。本船は、実証事業の実施主体であるHySTRAに引き渡された後、神戸空港島の神戸液化水素荷役実証ターミナルにて、液化水素の荷役実証に使用される予定である。さらに2021年下期には、本船に液化水素を積載し、神戸と豪州ヘイスティングス港間9,000kmを往復する計画となっている。

本格商用に向けて

当社はパイロット実証と併行して、サプライチェーンを構成する機器の大型化開発にも取り組んできた。2021年4月には大型液化水素運搬船に搭載する世界最大容積(4万m3クラス/基)の貨物格納設備を開発し、(一財)日本海事協会より設計基本承認を取得した。現在、この貨物格納設備を4基装備した16万m3型大型液化水素運搬船を2020 年代半ばの実用化に向けて開発している。液化水素運搬船は、海洋に囲まれたわが国にとってエネルギー安全保障と脱炭素を両立する重要な存在である。海外から安価かつ安定的に水素を供給するサプライチェーンの構築と共に、世界に先駆けた実用化に取り組んでいきたい。(了)

  1. 技術研究組合CO2フリー水素サプライチェーン推進機構(HySTRA) http://www.hystra.or.jp/
ページトップ