Ocean Newsletter

オーシャンニュースレター

第504号(2021.08.05発行)

生命・生活を支える塩

[KEYWORDS]塩/生命の必需品/学びの場
たばこと塩の博物館館長◆千々岩良二

たばこと塩の博物館は、かつて専売品であったたばこと塩に関する歴史と文化を紹介する博物館である。
塩の常設展示室では、世界の塩や日本における塩作りの歴史、塩の役割など、塩に関して体系的な展示を行っている。
塩は人類のみならず動物にとっても生きていく上でなくてはならないものである。本稿では、塩の役割や、塩がどう生産されどう活用されているのか、海のめぐみの一つである塩の重要性に触れる。

世界の塩資源

写真1 当館の岩塩彫刻 聖キンガの祭壇

塩は、世界中に海水や塩湖、岩塩など様々な姿で存在しています。岩塩は、海水が地殻変動などで陸に閉じ込められ結晶・堆積したもので、ヨーロッパや北米など世界各地に点在しています。歴史的には、オーストリアのハプスブルク家が富の源泉として岩塩産地を直接統治していたことでも分かるように、岩塩は「白い黄金」とも称されていました。またポーランドにあるヴィエリチカ岩塩坑は世界遺産にもなっており、今も多くの観光客が訪れています。たばこと塩の博物館(以下、当館)の塩の常設展示室では、ヴィエリチカ岩塩坑の中に作られた礼拝堂にある聖キンガの祭壇を復元展示しています(写真1)。これは、ヴィエリチカ岩塩坑を管理する会社の特別許可を得て採掘した岩塩を使い、ポーランドの職人によって制作されたもので、聖キンガ像のみならず床、背面の壁面、天井のシャンデリアまで岩塩でできています。岩塩の採鉱法には、ヴィエリチカ岩塩坑のように岩塩層を坑道で掘り進む乾式採鉱法と、岩塩層に水を送り込んでできた塩水を汲み上げ煮詰める溶解採鉱法があり、現在では溶解採鉱法が主流となっています。
塩湖も世界各地に点在しています。塩湖とは、湖水の塩分が1リットル中0.5グラム以上の湖のことですが、海水(塩分が1リットル中おおよそ30グラム)以上の塩分の塩湖も多く、陸地に閉じ込められた海水が岩塩に変化する途上の姿とも考えられています。イスラエルとヨルダンの国境に位置する死海や、ボリビアのアンデス高地にあるウユニ塩湖が有名です。これらの塩湖では、主に乾季に塩を採取しています。海水から作られる塩を海塩といい、メキシコやオーストラリアでは大規模な蒸発池で天日蒸発させる天日塩を生産しています。海に囲まれていながらも高温多雨な気象環境の日本では天日製塩に適さないため、昔から海水を濃縮して濃い塩水(かん水)を得る「採かん工程」と、そのかん水を煮詰めて塩の結晶を得る「せんごう工程」という2つの工程を持つ製塩法が発達してきました。古くは、干した海藻を焼いた灰塩(はいじお)に海水を注いで得たかん水を土器で煮詰めた「藻塩(もしお)」や、現在も能登半島で行われている揚浜式(人力でくみ揚げた海水を砂浜に撒きかん水を得る)、戦後まで瀬戸内海を中心に続いていた入浜式(干満の水位差を利用してかん水を得る)などの製法で塩を作ってきました。
現在では、イオン交換膜法と呼ばれる製法で塩を作っています。この製法には、イオン交換膜と電気エネルギーを使って海水を凝縮する採かん工程と、真空式蒸発缶を用いて煮詰めるせんごう工程があります。事前に海水を濃縮しておき、それを煮詰めて塩の結晶を得るという点では、それまでの製法と同じです(写真2)。

塩の役割とその活用

塩にしかない“しょっぱい”味は、食材の旨味を引き出し多くの人が美味しいと感じる味として世界中の人々の食卓を支えています。日本食でも、例えば、かつお節や昆布の出汁にひとつまみの塩を入れるだけで濃厚な旨味を引き出してくれます。
また、塩は生理学的にも人間の体の中で大切な働きをしています。人間の体は約60兆個もの細胞でできていると言われますが、これらの細胞は「細胞外液」という液に囲まれています。塩はこの細胞外液に一定の濃度で含まれており、全身の細胞が健全に活動できる環境を整えています。また、栄養の吸収や消化を助け、神経細胞が刺激や命令を伝えるときにも細胞外液のナトリウムイオンが必要とされます。塩分の取り過ぎは高血圧の原因とも言われますが、逆に塩分が不足すると眩暈(めまい)や倦怠感など様々な脱水症状が現れます。熱中症への対策として塩飴などが有効といわれるように、適切な塩分を摂取することは人間が生きていく上で必要不可欠なことだと言えます。
では、塩は私たちの生命維持の他に、どのように私たちの生活を支えているのでしょうか。日本で消費される塩のうち、食卓にある家庭用塩に加え味噌作りや醤油作りなどに使われる食品工業用塩を含めた食用塩は約15%以下しかありません。食用塩は料理の味付けに欠かせないばかりか、その防腐効果により保存食にも欠かせません。実は食用塩以外の消費の方が大部分を占めているわけですが、食用塩以外の活用としては、融雪剤などへの利用、塩化ビニール製品の原料などソーダ工業用の原料塩として幅広く私たちの生活を支えています。靴やカバンなどの身近な革製品から半導体作りや宇宙用燃料まで塩がなければ作れない製品が広がっています。まさに、塩なくして私たちは生きていけないし、生活できないといえるでしょう。
日本国内で生産される塩は、食用塩の消費量と同じくらいで、残りの消費量に相当する塩は天日塩などを輸入しています。1905(明治38)年から続いた塩専売制度は1997年に廃止されましたが、少なくとも食用塩については日本国内で生産できるという安定供給や価格競争力の目途がついたことも背景にあったのです。

写真2 江戸時代から昭和30年頃までの約300年間日本の塩作りを支えてきた入浜式塩田の縮尺模型

子どもたちへ学びの場を提供

当館は、1978(昭和53)年に東京都渋谷区に開館し、2015(平成27)年に墨田区の東京スカイツリーから徒歩5分ほどの場所に移転してきました。
塩の常設展示に加え、開館以来、毎年夏休み時期に高学年の小学生を対象に海や塩をテーマとした「夏休み塩の学習室」を開催しています。塩の結晶作りや塩水に浸した備長炭を使った電池作りを子どもたちが自ら行う「体験コーナー」や、塩水を使った石鹸作りなどを通じて塩の性質をインストラクターが解説する「塩の実験室」に参加することにより、塩の特性を学習してもらっています。また、塩との関わりが深い海のめぐみなど幅広いテーマを選定し、子どもたちに海や塩に興味を持ってもらう展示も合わせて開催しています。おかげさまで、遠方からの来館者も多く、毎年多くの子どもたち(保護者を含め約15,000人)が来館し、楽しく学べる場として、社会的にも定着しています。2021年も7月21日から8月29日の間、「塩づくり!ところかわれば何かわる?」というテーマで学習室を開催しています。子どもたちにとって、海や塩のことを体系的に学べる場のみならず、自然科学の分野に興味を持つきっかけになれば嬉しい限りです。(了)

  1. たばこと塩の博物館公式サイト https://www.tabashio.jp/
  2. 2021年は「体験コーナー」は中止、「塩の実験室」は事前ウェブ予約制です

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  • 編集後記 帝京大学先端総合研究機構 客員教授♦窪川かおる

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