Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第504号(2021.08.05発行)

海藻の系譜

[KEYWORDS]アーケプラスチダ/ストラメノパイル/緑藻・紅藻・褐藻
東京海洋大学名誉教授◆田中次郎

海藻とは海に生育する緑藻、紅藻、褐藻のことである。その系譜をたどってみれば、真核生物の8つのスーパーグループのうち、アーケプラスチダに緑藻と紅藻が、ストラメノパイルに褐藻が属する。
緑藻は陸上の植物へと進化を遂げてきた。紅藻は10億年間海でひっそりと生育し、褐藻はこの1億年で海洋沿岸生態系の主役になった。海藻はブルーカーボン生産者として地球環境を支えている。

ヒトはマツタケとコンブのどちらと親戚か?

生物は真正細菌(バクテリア)、古細菌(アーケア)、真核生物の3つに分けられます。それぞれドメイン(domain)といいます。ドメインは分類学のヒエラルキーの最上階で、界(動物界・植物界など)のひとつ上位の階級をいいます。真正細菌は大腸菌やコレラ菌、藍藻(シアノバクテリア)などです。古細菌は温泉、高塩分の湖沼、海底熱水孔などの極限環境に生育します。真正細菌と古細菌を合わせて原核生物といい、DNAは細胞内にむき出しです。一方、真核生物は、DNAを核膜で包んで守ります。真核生物は、古細菌と共通の祖先を持ちます。
生物の共有形質の一つに、生殖細胞などに生えている鞭毛(べんもう)があります。鞭毛は、生命活動、生殖活動に極めて重要な構造です。そして、この鞭毛に着目すると、実は真核生物は1本鞭毛の「モノコンタ」と、2本鞭毛の「バイコンタ」の2つの大グループに分けられます(図1)。鞭毛を持たない仲間もいますが、その近縁生物の鞭毛の特徴でグループ分けします。
モノコンタのうち、後方に1本鞭毛を持つ仲間を「オピストコンタ」(オピスト=後方、コンタ=鞭毛)といい、動物と真菌類が属します。真菌類は、カビやキノコのことです。ここで冒頭の見出しの質問の答えとして、ヒトとマツタケは同じ仲間であることがわかります。この仲間の鞭毛をもつ特別な細胞は、バタフライ泳法の足のように後ろで水を蹴飛ばして前に進みます。モノコンタにはもう一つのグループである「アメーボゾア」がありアメーバ類が属します。
それでは、バイコンタにはどのようなものがあるのでしょうか。その一つの大きなグループが「アーケプラスチダ」(アーケ=古い、プラスチダ=色素体)です。これには陸上の植物と緑色植物のシャジク藻、緑藻、紅色植物の紅藻が属します。基本、細胞前端から2本の鞭毛が生えています。このグループは祖先生物細胞に、真正細菌の藍藻が光合成器官(色素体)として共生したものです。光合成は地球ができてすぐの30数億年前に藍藻が獲得した極めて精巧な太陽エネルギー変換機能です。地球の環境に酸素を供給し、現在の生物が生育、生息できるようにしてくれました。藍藻がなければ地球は死の世界だったのです。
上記の緑藻や紅藻を二次的に共生させることで出現してきたスーパーグループがいくつかあります。褐藻、単細胞藻類の珪藻、ヒカリモが属する「ストラメノパイル」。繊毛虫、渦鞭毛藻が属する「アルベオラータ」。有孔虫、放散虫、クロララクニオン藻が属する「リザリア」。ハプト藻、クリプト藻が属する「ハクロビア」。ユーグレナ藻(ミドリムシ)が属する「エクスカバータ」。「エクスカバータ」は真核生物の最も原始的なものと言われています。そのいずれのスーパーグループにも藻類が属しています。いかに藻類が多系統な生物群であるかがわかります。

■図1 生物は3つに分けられる。そのうちのヒトやコンブが属する真核生物は8つのスーパーグループ※に分かれ、さらに鞭毛の数によって大きく2分される(オピストコンタに属するヒトはモノコンタ、ストラメノパイルに属するコンブはバイコンタ)。海藻が属するスーパーグループは、アーケプラスチダとストラメノパイル(図2参照)。
*「スーパーグループ」は正式な分類階級ではないが2005年ぐらいから使われている名称で、「界」もしくはそれより少し上位に相当する。

海ではストラメノパイルの褐藻、珪藻が大活躍!

海藻とは海に生育する緑藻、紅藻、褐藻のことです(図2)。海産の藍藻も海藻とすることがありますが、それぞれがかなり異質の生物なのです(図1)。
緑藻は植物と同様、光合成色素としてクロロフィルa,bをもちます。生殖細胞はムチ型の鞭毛を2本もちます。緑藻からシャジク藻、コケ植物、シダ植物、種子植物へと進化していく系譜になります。その体制は極めて多様で、クラミドモナスのような単細胞性のものから、アオサ、アオノリ(青海苔)のような膜状のものまであります。変わった形態の例としてミル、ハネモ、イワヅタなどのように多核嚢状体という、細胞を持たない非細胞性の仲間もいます。
紅藻は陸上に進出することもなく10億年以上海の中だけでひっそりと進化を遂げた仲間です。紅藻はクロロフィルaしか持たず、鞭毛もありません。赤い色をしているのは海の中の光環境に適応したからです。われわれはそれと知らずに多量のアサクサノリや寒天(テングサ)を食べています。
この1億年ほどで海の中で大繁栄した仲間が褐藻と珪藻です。クロロフィルa,cをもちます。
ここで質問、「次の褐藻の名前にひとつだけ異質なものがありますが、どれか? ヒジキ、ホンダワラ、メカブ、モズク、ワカメ」。答えはメカブです。メカブはワカメの生殖器官です。そこから図2に描いたストラメノパイル特有の遊走子が泳ぎ出してきます。褐藻や珪藻が属するストラメノパイル(ストラメノ=麦わら、パイル=毛)は、中空(麦わら状)の小毛が密生する前鞭毛(推進役)とムチ型の後鞭毛(かじ取り役)の2本を持ちます。珪藻の生殖細胞も同様の鞭毛を持つのでこのスーパーグループに属します。

■図2 海藻の3グループ

生態系における海藻の重要性

最近は気候変動の緩和策としてブルーカーボンが話題になっています。海で光合成により炭素固定する植物の主役は、沿岸では褐藻、外洋では珪藻です。動物の盛衰は、ブルーカーボン生産者である光合成生物によって制御されています。さらに沿岸生態系の「藻場」(図3)はストラメノパイルに分類されるコンブ類やホンダワラ類などの褐藻が繁茂して、海洋動物の産卵場やそれらの稚仔が生息する場となっています。このような地球環境を支えている大型褐藻の「藻場」が、海水温の上昇や、藻食性魚類やウニによる食害の拡大などによって世界で激減しているのは嘆かわしいことです。(了)

■図3 宮城県南三陸町志津川湾での褐藻アラメ・ホンダワラ類の藻場(2020年6月28日水深3~4m)
  1. ブルーカーボン=沿岸・海洋生態系に固定され、そのバイオマスやその下の土壌に蓄積される炭素(IPCC1.5°C特別報告書Glossary)

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