Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第502号(2021.07.05発行)

海藻類を利活用した炭素回生サイクルの開発に向けて

[KEYWORDS]海ブドウ/高濃度CO2溶解海水/カーボンリサイクル
琉球大学工学部教授、(株)リテックフロー代表者◆瀬名波 出

脱炭素化社会の実現のためCO2回収と「炭素回生サイクル」の開発を進めている。
その一環として高濃度CO2溶解海水を活用した海藻培養技術開発を行ってきた。
沖縄県の代表的な海藻である海ブドウに本技術を適用した結果、年間平均で約1.5倍も生産量が増大した。
さらにIoT/AIによる完全人工養殖、マイクロプラスチック除去技術開発にも取り組んでいる。

炭素回生システム(カーボンリサイクルシステム)

2050年に向けた脱炭素化社会への実現のために大気中への二酸化炭素(以下CO2と略記)の拡散削減について種々の対策が検討されている。琉球大学工学部では2010年頃からCO2の排出削減の解決策の1つとして高濃度CO2溶解海水を利用した海藻類高効率培養システム開発の研究を進めてきた※1。その最も効果的な方策として火力発電所等のCO2排出濃度が高い集中発生箇所から発生するCO2を適切に分離回収し処理することが挙げられる。火力発電所からの排ガス中CO2濃度は約14%で、大気中のCO2濃度0.034%に対して約400倍にもなる。このような大型産業プラントからのCO2を大気中に拡散することなく回収処理できれば、CO2拡散削減対策の非常に有効な方法となる。しかしながら現在、排ガスからの画期的なCO2削減方法については定まっておらず、安定かつ安価な分離回収方法の開発が望まれている。またせっかく分離回収したCO2もそのまま放置しておいては結局は拡散してしまうことになる。このような現状において、早急に効率的なCO2回収・固定化を行うシステムを開発することが求められている。
筆者の研究室では、火力発電所やゴミ焼却施設、製鉄所等の大型プラント施設から排出されるCO2を、沖縄の地域特性(豊富な日射量、きれいな海水、1年を通して安定な海水温度等)を活用して高効率に、海藻類を増殖させてCO2を回生(植物に吸着固定させ再利用する)させる「炭素回生システム」を開発することを目指している。その概略を図1に示す。その炭素回生システムプロセスであるが、1)まず火力発電所等における化石燃料使用によって排出される高濃度CO2を低コストな新手法で海水に溶かし込み、2)つぎにその高いCO2濃度の海水を用いて高効率に海藻類を増殖させ、3)最終的にはその海藻類を活用しバイオ燃料化または水産業への応用を図る。これらにより、CO2の大幅な排出抑制と再利用を可能とし、日本における独自の環境技術を創生し、さらに沖縄をはじめとする日本各地域に適した技術振興を図ることを目的とする。
この炭素回生サイクルを実現するためにこれまで研究をしてきた結果、最も重要なパートがCO2の固定化技術である海藻類の高速大量養殖技術であることがわかっている。そのため筆者の研究室ではこれまでになかった高濃度CO2溶解海水を活用した海藻培養技術開発に着手した。

■図1 炭素回生システム概略

高濃度CO2溶解海水を活用した海ブドウ養殖技術の開発

海藻の成長に関する因子で一般的に言われているのは海水温度、光量、栄養塩(肥料分)の3つである。本開発においては、これらに加えて海水中のCO2濃度および海藻に直接当たる水流の2 条件を加えた。CO2濃度については海藻が光合成を行うにあたってCO2が必要となるからである。また海藻に直接当たる水流(海水の流れ)についての理由は、簡単に言うと海藻表面の流れが速い方が物質伝達率が大きくなり、その結果、海藻の生育に必要な栄養塩やCO2といった物質の海藻表面からの吸収量も増すからである。これは流れが速くなると常に新しい栄養塩とCO2が海藻表面近くにやってくるので、それらを吸収しやすくなると理解しても構わない。
海水中のCO2濃度による海藻成長への効果および流れ速度による効果を図2に示す。まず海水中のCO2濃度による海藻成長への影響だが、一方は通常の人工海水で培養し、もう片方は人工海水中のCO2濃度より25倍ほど高い高濃度CO2溶解海水で32日間培養した。その結果、高濃度CO2溶解海水で培養した海藻の方が通常海水の場合より約4.6倍成長した。これはCO2濃度が高くなったことでより光合成が活性化したことによる。また海藻周りの流れ速度の影響についてだが、海藻培養において流れを与えない場合と適切な流れを与えた場合で比較した。38日後の培養結果において適切な流れを与えて培養した方が、流れなしの場合に比べて5 倍以上の成長結果を得た。これは流れにより物質伝達率が増大したことによる※2

■図2 CO2による海藻成長への影響および流れ速度による影響

■図3 CO2付加と流れ制御による海ブドウ培養改良結果

以上の基礎開発技術をもとに2018年から沖縄県内企業の(株)OCC・沖縄県糸満市・琉球大学の三者で高濃度CO2溶解海水による海ブドウの養殖技術開発の産官学プロジェクトを行った。プロジェクトは沖縄県糸満市内の既存の海ブドウ養殖場において1t水槽6基を用い、3基は通常の養殖方法、残り3基についてはCO2添加と水槽内プロペラ設置による流れ制御を行った。養殖実験は1年間を通して季節ごとに計4回、それぞれ約1カ月間ずつ行った。その結果を図3に示し簡単に説明する。従来の海ブドウ養殖手法に対して、CO2付加と流れ制御を加えた新しい養殖技術を導入した結果、年間を通しての海ブドウ収穫量が約1.5倍増産できることが示された。図3の左側が従来型の養殖で育ったものであり、右側がCO2付加と流れ制御を加えた新しい養殖技術導入によるものである。一見して非常に多く育っていることがわかる。また生産量増大に寄与するばかりでなく、海ブドウそのものの品質(健康状態)向上にも良い結果を与えることがわかった。その結果、海ブドウ出荷の歩留まりが30%ほど改善できる。最終的に生産量増大と歩留まり改善による出荷量増大は約2倍近くになることが期待できる※3

完全人工型海藻類養殖技術、海ごみ削減技術の開発へ

現在、琉球大学発ベンチャー企業として(株)リテックフローを立ち上げ、地元のコンピュータ会社(株)OCCと共同で完全人工型海藻養殖技術の開発を進めている。具体的には海藻成長に必要な海水温、光、栄養塩、さらにCO2と流れ条件をIoTセンサ技術とAIによる制御技術を組み合わせた海藻養殖技術の開発を行っている。本技術開発により省エネかつ軽労働な水産業が提案可能となり、ひいてはこれからのSDGs 社会実現に向けての一助となることを願っている。また培養対象を海藻類だけでなく微細藻類にも広げることで、微細藻類によるマイクロプラスチック吸着を利用した日本財団主催の海ゴミ削減プロジェクト・イッカクにも参加している。以上のように高濃度CO2溶解海水を利用した藻類培養技術はこれからのSDGs実現に向けた社会の中で、環境・エネルギー・水産業および地域における新たな産業創出に貢献できるものと信じて開発を行っている。(了)

  1. ※1瀬名波 出、永松和成:CO2を利用した大型藻類の陸上養殖システムの開発、Journal of the Japan Institute of Energy、Vol. 96、No.9、pp.393-399、2017
  2. ※2Izuru Senaha et al. : Development of High-Speed and Large-Scale Culture Technology of Marine Algae Using Seawater with High
    Concentrations of Dissolved Carbon Dioxide、Heat Transfer Engineering、Vol.37、Issue 7-8、pp.625-632、2015
  3. ※3山岸拓也・神谷元・鈴木基・柿本健作 2020「ダイヤモンド・プリンセス号新型コロナウイルス感染症事例における事例発生初期の疫学」IASR(病原微生物検出情報) 41: 106-108

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