Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第497号(2021.04.20発行)

国内最大級の屋内開放型ペンギンプールをプロジェクションマッピング

[KEYWORDS]すみだ水族館/ペンギン/行動展示
(株)メタルレッド代表取締役/クリエイティブディレクター◆佐分利 仁

プロジェクションマッピングは通常、ビルやオブジェなど形が決まっているものに映像を投影して様々な演出をするものだが、『すみだ水族館』から水量約350トンの国内最大級の屋内開放型プール水槽でプロジェクションマッピングをしたいとの依頼があった。単なるアトラクションとしてだけではなく、ペンギンにも配慮しながら、長く愛されるコンテンツを目指した取り組みを紹介したい。

ペンギンの水槽に常設のプロジェクションマッピングを

2014年秋頃、東京スカイツリー(東京都墨田区押上)の下、東京スカイツリータウン・ソラマチ5~6階にある『すみだ水族館』から面白い依頼が来た。幅24メートル奥行き14メートル、水量約350トンの国内最大級の屋内開放型プール水槽でプロジェクションマッピングの演出を開催したいとのこと。リニューアルやメンテナンスで2週間ほど2015年2月に一時閉鎖するのに合わせ、機材を設置し、再オープン時に目玉にしたいそうだ。
通常、プロジェクションマッピングはビルだったり何かオブジェだったり、形が決まっているものに映像を投影して様々な演出をする。ところが、この依頼にはその《通常》から大きく異なる特徴が2つあるのだ。ひとつめは、プール、つまり水に投影したいということ。水は光をほぼ完全に通過させてしまうので、厳密には水を通過させて、プールの床とその中央に配置されている擬岩の島に投影したいということになる。だが、プール自体は巨大で、深いところで2.4メートル以上あり前例もない。途中、計画会議の場で、プロの照明チームにも無理なのではと難色を示されるくらいノウハウが無い。そしてもう一つは、《生きているペンギンが40羽以上そこに住んでいる》こと。深い水槽を通過させてその床を光らせるくらいの光量のプロジェクターは人間でも眩しすぎて目が開けられない明るさだ。また広いので数台配置する必要があり、正直心配しかない話だった。
プールを通過させて床を光らせるにはどのくらいの光量が必要なのか、そもそも可能なのかなどを調査すると、ラスベガスのプールをプロジェクションマッピングしているプロジェクトを発見し、詳細はあまりわからないが広い映画館の上映で使用されるレベルの3万ルーメン級プロジェクターを複数台使っているみたいで、なおかつ誰もいない夜に投影を行っている。3万ルーメン級プロジェクターは巨大だし一台数千万円するので予算的にも難しい(というか無理な)ので使えないが、水面になるべく直角に照らすことによって光が床に綺麗に到達するセッティングの方法が参考になった。
結局、機材の最終スペックはある程度アタリをつけてコンテンツの制作を進めながらテストするしかないと判断し、いくつかの機種でテスト投影を行うことにし、1万ルーメンの機種を5台でおおよその床をカバーし、擬岩のサイドを2面6,000ルーメンの機種の計7台を設置することにした。1万ルーメンの機種はなるべく上から投影するため、プロジェクターを支えるための什器も専用のものを作ってもらい、常設のプロジェクションマッピングシステムを完成させた。すみだ水族館は内部がメゾネットのようになっており、プールの上が吹き抜けになっている。2階(6階)部分から観客がぐるっと見下ろすと演出を最大限楽しめるような設計になっている。

水槽に上映している様子 プロジェクターと専用什器

ペンギンのためになるプロジェクションマッピング

今回の依頼で面白かったのは、単なるアトラクションとしてだけではなく、《ペンギンのためになるプロジェクションマッピング》を目指したいとのことだった。水族館にいるペンギンは人間の造った安全な環境で生活をし、命を脅かす天敵もいないし、餌も苦労なく毎日提供される。刺激不足や変化が無い日常に慣れており一日中ボーッと立っているだけで、せっかくの大きな水槽を泳いでくれないそうだ。プールの中央には島があり、その周りを泳げるようになっているのに半分くらいしか使ってくれないという。
色々ペンギンの行動を教えていただいた中、《光の点を追う習性がある》というところがあるので何とか活用できないかと言うことで、演出プログラムはその習性を利用し、人には楽しく、ペンギンはプールを全体的に回遊し、運動になるようなものを目指して設計した。ペンギンを主役に、映像に絡んで一緒に泳いだりしてもらえるような演出を心がけた。
はじめてテストで上映した瞬間、大方のペンギンがびっくりして全員一斉にドボーンとプールに飛び込んでパニックに陥っていたのを今でも覚えているが、次第に慣れていき、ほどよく落ち着いてくれるようになった。若いペンギンたちが遊びとしてよく泳いでくれ、プールも全体的に狙い通り回遊してくれるようになり、想定していたとは言え、「これは学会に報告できるくらいのもの」と水族館の方も喜んでくれていたのは嬉しかった。実際にペンギンたちはそのプールや擬岩の上に住んでいるので、巣をつくっているエリアには光が落ちないように配慮しており、ものすごくペンギンに配慮したコンテンツなのだ。

平常時のプールと擬岩島の様子 ペンギンの巣には光を映さない配慮を

長く愛されるコンテンツに

強いプロジェクターの光をペンギンに照射しても大丈夫なのかという点も心配だったが、面白いことに館長が言うには、自然界はもっと厳しいもので、いきものとして心身ともに健康増強に努める上では、過保護に飼育するだけでなく行動を引きだす刺激を考えていくべきで、そのくらいの変化を加える行為は問題ないとのことだった。
そしていよいよ公開する際も、一般の方々が『ペンギンにそんなものを投影しても良いのか』とか『虐待だ!かわいそう!』というようなトラブルにならぬよう、日本でペンギンの権威と言われる上田一生先生に観てもらい、大丈夫とのお墨付きをいただき、テレビ取材時にも行動展示としての素晴らしさを話していただいたりし、無事スタートを切れた。上映の度に、人だかりになるようなコンテンツとなりホッとしている。その後上映回数は減ったものの、2020年12月にも週末上映され、夏用に作成した『ペンギン花火』とともに息の長いコンテンツになり喜んでいる。単なる装飾やギミックではなく、行動展示としてのデジタル演出に可能性を感じているので、もっとこのような試みが増えることを願っている。(了)

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