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Ocean Newsletter
第497号(2021.04.20発行)
北極海における海洋プラスチック汚染の実態解明に向けて
[KEYWORDS]北極/調査航海/プラスチック(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆豊島淳子
現在海洋におけるプラスチック汚染が問題になっており、北極も例外ではない。
近年では研究が進み、北極におけるプラスチック汚染の実態が徐々に明らかになってきている。
昨秋、日本でも初めて海洋地球研究船「みらい」による北極海のマイクロプラスチック観測が実施されたので、その様子を紹介する。
北極における海洋プラスチック汚染研究の現状
現在、海洋のプラスチック汚染が新たな環境問題として世界的に注目を集めています。海岸に行けばそこかしこにプラスチックごみが散乱しているのが目に付き、捨てられた釣り糸や漁網・ビニール袋などに絡まった野生生物の写真を目にしたことのある方も多いかと思います。しかし、北極などのほとんど人間が踏み入れることのない場所までもプラスチックで汚染されていると想像される方は少ないのではないでしょうか。最近になって北極における海洋プラスチック汚染についても研究が進んでおり、その意外な実態が明らかになりつつありますので、少しご紹介させていただきます。
北極におけるプラスチック汚染に関する研究は、古くは1970年代から行われており、1980年に発表された論文では、アリューシャン列島のアムチトカ島の延べ10kmの砂浜を調査したところ、約2,000~5,300個のプラスチックごみ(その多くはロシア及び日本の漁船によって投棄された漁具)が観察されたと記されています。近年になって、2016年に観光クルーズ船の乗客も参加して行われた調査でも、北極圏のスバールバル諸島にある6カ所のビーチから大量のプラスチックごみが回収されました。また、マイクロプラスチックと呼ばれる直径5mm 以下の微小なプラスチック片も、北極の氷や雪、海水のサンプルの中から発見されたという報告が続々と寄せられています。驚くことに、全世界の海洋で採った海水サンプルを比較すると、北極の海水にマイクロファイバー(合成繊維片)が最も多く含まれていました。このように、北極と言えども、プラスチック汚染の影響と無縁ではないことがわかります。
しかし、このプラスチック汚染が北極の生態系にどのような影響を及ぼすかはまだはっきりとはわかっておらず、今後の研究が期待されます。既に北極の魚類や野鳥の消化器官の中からプラスチックが発見されており、特にフルマカモメという鳥では、ノルウェーやカナダなどの北極圏で、80%以上の高い割合で胃の中にプラスチック片が見つかっています。また、イルカ・クジラ類や、既に地球温暖化などの影響で個体数が激減しているホッキョクグマやアザラシなどにも影響があると考えられますが、その実態は不明です。
このような中、2020年秋に北極研究加速プロジェクト(ArCS II)の一環として行われた北極調査航海に参加して北極のプラスチック汚染に関する調査に加わる機会を得ましたので、その調査の概要をご紹介いたします。今調査航海では、日本の調査チームとして初めて北極でのプラスチック汚染に関する調査が行われました。私は、主に広報・情報発信と、マイクロプラスチック観測を目的として乗船いたしました。
海洋地球研究船「みらい」2020年度北極航海
(国研)海洋研究開発機構(JAMSTEC)が保有する海洋地球研究船「みらい」による2020年度の北極航海は、コロナ禍の中、万全の対策をとって実施されました。コロナ禍の影響で当初計画より日程も観測内容も変更されましたが、それでも本航海が実施にこぎつけたのはひとえに関係者のご尽力の賜物です。航海は2020年9月19日から11月2日の45日間でしたが、念のため日本近海で2週間の船内隔離期間が設けられました。10月2日に北極に向けて回航を開始し、10月7日にベーリング海峡を通過して北極での観測を開始し、約2週間北極での観測を行った後、10月22日に再びベーリング海峡を抜けて帰路に就きました※1。本航海では、プラスチックの調査だけでなくそれぞれ研究課題を持った研究者15名、観測技術員23名が乗船されており、船内のセミナーなどで研究内容について大変興味深い話を聞くことができました。
本航海の間、2つのサンプリング方法を用いてマイクロプラスチックの観測を行いました。ひとつは、ニューストンネットと呼ばれるプランクトンネットを用いてプラスチックを集める方法で、1ノット程度の低速で船を進めながら舷側にクレーンでネットを曳航し、表面の海水をろ過します。この際のネットの目の大きさは333㎛です。一つのサンプリング地点につき、15分ないし20分の曳航を3回行いました。この方法は人手と時間がかかるため、北極では1地点のみサンプリングを実施しました。もう一つの方法は、ポンプで汲み上げられ船内の水道に流れている海水をフィルターでろ過する方法です。この海水は海面ではなく水深約7mの位置から汲み上げられています。この場合は、フィルターを24時間ごとに交換しますが、24時間でろ過できる海水の量は5,000リットル前後です。使用したフィルターの網目の大きさは333㎛と100㎛の2種類でした。航海期間中ほぼ毎日サンプリングを行い、全部で34日分のサンプルが集まりました。これらのサンプルは分析中で、どのような結果が出るのか楽しみです。
今後の展望
海洋プラスチックごみに関する国際的な取り組みについては、現在、生物多様性条約の締約国間で議論が進められている「ポスト2020世界生物多様性枠組み(Post-2020 GlobalBiodiversity Framework)」の中で具体的な目標値が検討されているほか、日本がG20大阪サミットで提唱した『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』や、国連持続可能な開発目標(SDGs)など、様々なイニシアティブがあります。さらに、2021年から始まった「国連海洋科学の10年」の中でも、「きれいな海」「健全で回復力のある海」が目標として設定されています。また、特に北極に関連深い国際枠組みとしては、北大西洋の海洋環境保全を目的としたOSPAR条約や、北極協議会の「The Protection of the Arctic Marine Environment(PAME)作業部会」などがあり、プラスチック汚染の削減に向けた行動計画の策定などの取り組みが進められています。しかし当然のことながら、北極のプラスチックごみ問題は北極圏内の国々だけで解決できる問題ではありません。私たち日本人が出したごみも一部は北極にたどり着き、北極の海を汚染している可能性があります。折しも、2021年の5月には、アジアで初の開催となる第3回北極科学大臣会合が東京で開催される予定となっていますので、日本でこの問題が注目される良いきっかけになりそうです。
今後も、北極のプラスチック汚染問題について、関連の機関と協力しながら研究を進めていきたいと考えています。(了)
- ※1航海の詳細は、公式ホームページ「2020年度海洋地球研究船「みらい」北極航海」https://www.nipr.ac.jp/arcs2/mirai2020/を参照ください。
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