Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第486号(2020.11.05発行)

室戸海洋深層水の取水開始から30年を経て

[KEYWORDS]海洋深層水/室戸/高知
高知県海洋深層水研究所所長◆川北浩久

海洋深層水の日本最初の陸上取水施設である高知県海洋深層水研究所は、設立から30年を経過した。
この間の利用面での、水産・生物・化学といった領域からその後の裾野の広がりを振り返るとともに、最近の研究と今後の展望を紹介する。

研究所の生い立ちと地域産業への波及

■図1 取水イメージ(画像提供:海洋研究開発機構)

海洋深層水とは、一般に太陽の光の届かない200m以深の海水で、富栄養性、清浄性、低水温性、水質安定性などのすぐれた資源性を有している(海洋深層水利用学会(DOWAS)より)。国内での取り組みは、富栄養性を利用した藻類培養や、低水温性を利用した冷水性生物の畜養、清浄性を利用した種苗生産といった水産分野の研究に始まり、現在もほとんどの取水施設で取水量のおおむね半量以上は水産用途に活用されている。
高知県海洋深層水研究所は室戸半島東岸に位置している。近隣海域に急峻な海底地形を有していることから、1985年度に科学技術庁のアクアマリン計画のモデル海域として取り上げられ、同調整費により1989年4月、海洋深層水の日本最初の取水施設として海洋科学技術センター(現海洋研究開発機構)と高知県とで共同設立された(図1)。
当初は海洋深層水の資源的有効性の実証と実用化を目指す産学官連携研究拠点として基礎研究が進められていたが、1996年地元産業界のアイデアで、ミネラルウォーターや食品、化粧品など様々な海洋深層水の商品が生まれたことから事態は思わぬ方向へと動き出し、150億円の新しい産業にまで成長、高知県内では日本酒、パンをはじめとする発酵食品や、塩けんぴ等の菓子類が店頭に普通に並んでおり、日常生活にすっかり溶け込んでいる。そのムーブメントは日本各地や韓国、台湾にも波及し、現在に至っている。室戸市ではさらに、2000年に取水施設兼広報スペース「アクアファーム」を整備した。両取水施設のある室戸半島東海岸沿いには、見学コースを兼ね備えた製造企業や入浴施設があり、また2011年に認定された室戸ユネスコ世界ジオパークや2018年開館の「むろと廃校水族館」との相乗効果で観光客の動線が確保され、地元には無くてはならない地域の産業振興の要となっている。

国内第一号施設として続く耐久試験

台風銀座と呼ばれる室戸でも、暴風雨の中ではTV中継車も立ち入らない東海岸にある当研究所は、おそらく国内取水施設の中でも一番過酷な海象条件下にある。可能な限りシステムを冗長化し、日常メンテナンスには余念が無いが、荒天と塩害によるシステムトラブルは年中行事である。そもそも、当研究所は耐用年数も明確にされていない一定年限の稼働を前提とした研究施設であり、30年を経過してもなお取水施設を維持運用することは、当初は想定されていなかったものと思われる。この国内第一号施設は、後に続く各地の施設設計・運用指標の参考となるとともに、今なお事実上の長期耐久試験の真只中にあり、関係各所が注視しているところである。
取水の要となる取水管は、設立から15年経過時に取水機能の調査を行ったが、取水管内部の生物汚損は認められず、取水能力も設立時とほぼ変わらず、深層水の清浄さと管の堅牢さが改めて認識される結果となった。現在もこの状態は維持されている(図2)。

■図2 取水管内部写真(左:深層水 右:表層水) 2004年

深層水を巡る研究

深層水を取り巻く学術・技術領域は幅が広い。当初は、設計・立地に必要とされる海洋・環境・土木・建築であり、利用面では水産・生物・化学といった領域が中心であったが、その後の裾野の広がりに応じて医療・農業・畜産など、さらに領域を広げ、きわめて広い学際的な研究領域が対象となっており、現在のDOWASの活動内容にも反映されている。
当研究所では、その中でも物理、化学、生物等、生物生産に関わる基礎的調査研究を中心に行っていたが、用途拡大を踏まえ、大学等と共同でこうした商品群に期待される様々な作用機作(作用とそのメカニズム)を明らかにする研究を行い、現在の民生利用の科学的根拠となっているものも多い。その成果は、当研究所や高知県の公設試験研究機関報告書、DOWAS等で公表しており、ウェブでも閲覧可能なものが多いので、参照されたい

最近の研究と今後の展望

■図3 深層水養殖サツキマス(♂)剥製 2018年11月

現在の当研究所独自の研究方向としては、深層水研究の原点である生物生産力を活かした研究に軸足を置き、付加価値の高い水産生産物の育成事業化と、水産生産物を原料とした生理活性機能を有する高付加価値素材の事業化の2つを軸に取り組んでいる。前者においては、事業主体となるパートナー企業と共同で、後者は大学等研究機関とお互いの研究シーズを持ち寄る形で研究している。また、医療健康分野での作用機作についても大学・民間企業と共同で引き続き研究を継続していく予定である。
ここで2つほど最近の研究事例を紹介したい。まず事業化研究の例として「サツキマス・ニジマス養殖事業」では、深層水で馴致したサツキマス(アマゴ)、ニジマスの養殖事業化を目指している。これらの好適水温である深層水での養殖により、天然物よりも長い期間出荷が可能になり、また、魚病のリスクも低い等のメリットがある。現在、完全養殖・早期馴致にも取り組んでいる(図3)。
次に、高付加価値素材化研究の例である。「機能性成分産生藻類の高付加価値素材化」では、シャコ貝の外套膜から分離したシンビオディニウム属共生渦鞭毛藻の大量培養を可能にした。この渦鞭毛藻は、アレルギー抑制効果のある成分のペリジニンを産生し、現在、事業化を検討中である。
各取水地によって事情が異なるが、いずれの取水施設でも施設の維持管理費用には苦心しており、採算性の高い事業化を念頭に置いた研究開発が今後も望まれる。また、各地の研究所はそれぞれの受益者を背景にしたミッションを背負っているが、広い視野で圏益を越えた研究拠点としての貢献を果たす必要があると考えている。(了)

  1. 高知県海洋深層水研究所 https://www.pref.kochi.lg.jp/soshiki/151407/
    海洋深層水利用学会(DOWAS) http://www.dowas.net/top1.html

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