Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第483号(2020.09.20発行)

わが国のふね遺産を引き継ぐために

[KEYWORDS]船舶/造船史/海事史
関西設計(株)顧問、(公社)日本船舶海洋工学会ふね遺産認定実行委員会委員長◆小嶋良一

ふねと人とは長い歴史上の付き合いがあるが、ふねに関わる歴史に接する機会は極めて限られている。
(公社)日本船舶海洋工学会はその創立120周年を機会に、2017年から船舶・海洋分野で重要な役割を果たしてきたふねや関連物件を「ふね遺産」として認定し広く一般に発信する事業を発足させた。
ここではその意義とともに、2020年度までに認定された32件のふね遺産を紹介する。

ふねの歴史

人類とふねとの間には切っても切れない深い関係が存在する。人や物の運搬、漁労はもちろん、島国であるわが国にとっては大陸との文化の交流の面でもふねは大きな役割を果たしてきた。たとえば遣唐使船、遣明船、朱印船などは日本文化の礎となる文物を中国から輸入した。江戸期に入ると外交ルートは大幅に制限されたが、文化7(1810)年に服部義高が著した『廻船安乗録』には、「そもそも廻船の運漕要用たるや人力馬車の及ばざるところのものを千里の外に致し」とあるように、国内経済のインフラとして千石船に代表されるような廻船が国内流通に多大な役割を演じた。菱垣廻船や北前船と呼ばれるふねはこれに属する。また、おびただしい数の小舟が河川や湖で人や物の輸送に活躍した。幕末から明治に入ると、鉄船・蒸気船建造技術を積極的に導入し、また操船法も習得して欧米に劣らぬ海洋国家を作り上げた。
貨物船や客船建造においても目覚しい進歩を遂げたが、太平洋戦争によってその多くを失うこととなった。しかし、わが国の造船業の発達速度は著しく1956年には世界一の建造量を誇るに至った。その後、建造量首位の座は韓国に譲ることとなったが、石油、ガス、鉱物資源、穀物、自動車等、わが国の国際物流は重量ベースで99%以上が船舶によるものであり、ふねがわが国にとって重要な役割を果たしている状況は変わっていない。
なお、ふねは漢字では「船」や「舟」が用いられ、一般にはその規模の大小で使い分けると言われているが、ここではそのいずれをも指す意味であえて「ふね」とひらがな表記することとする。

ふねの遺産

このようにわれわれの生活に大きな役割を演じてきたふねであるが、建築物や土木施設とは大きな違いがある。それは、ふねはいわば道具として建造され使用されること、海または河川で航行の用に供されることで、その目的に耐用できなくなると廃船され後世に残らない点である。建築物などでは1,300年前の寺院が今に残り、国宝や世界遺産として扱われているが、わが国には当時のふねは一隻たりとも現存していない。ふねの建造や運用方法は伝統文化であり、古来よりふねを大事にしてきたにも関わらず、われわれのふねに関わる歴史に接する機会が少ないのが現状と思われる。

(公社)日本船舶海洋工学会のふね遺産

このような状況の中で、(公社)日本船舶海洋工学会ではその創立120周年を記念して、ふね遺産認定事業を立ち上げることとした。その認定基準の前文は以下のとおりである。
「歴史的価値のある『ふね』関連遺産を『ふね遺産』(Ship Heritage)として認定し、社会に周知し、文化的遺産として次世代に伝えるとともに、『ふね遺産』を通じて、国民の『ふね』についての関心・誇り・憧憬を醸成し、歴史的・文化的価値のあるものを大切に保存しようとする国民及び政府・地方自治体の気運を高め、わが国における今後の船舶海洋技術の幅広い裾野を形成することをこの活動の目的とする」。つまり遺産対象として現存するふねは極めて限られているが、ふねに関連した史料なども含めて、歴史的価値ある関連遺産をふね遺産として認定し、広く社会にその意義を発信する願いが込められている。対象としては、現存物はもちろんであるが、十分な考証を経て復元された物件も対象としている。また、世界記憶遺産などは現存しない事象に関係を持つ物件をその遺産をしのぶよすがとして認定しているが、ふね遺産の場合は、造船、海運、また広く日本の政治や文化に寄与した非現存のふねも対象としているのが特徴である。毎年、秋に(公社)日本船舶海洋工学会のホームページなどで広く一般からふね遺産の候補を募集し、学会のふね遺産認定実行委員会で審議したのち、(公社)日本航海学会、日本海事史学会、(公社)日本マリンエンジニアリング学会の有識者も含めたふね遺産審査委員会で認定される。

これまでの認定案件と今後について

2017年度に第1回の認定を行い2020年度の第4回までに32件のふね遺産を認定した。カテゴリー別では、(a)現存船11件、(b)船舶の建造施設5件、(c)造船関連資料6件、(d)船舶の研究関連設備2件、(e)船舶に搭載された機器・設備1件、(f)復元船1件、(g)非現存船6件となっている。32件のなかには、鉄船時代の英国造船技術を今に伝えるわが国に現存する唯一の帆船である「明治丸」や、機関搭載浮揚状態で現存する最古の日本建造練習帆船である「日本丸」などの現存船に加えて、菱垣廻船の忠実な実物大復元船である「浪華丸」や、わが国近代造船業の黎明期に活躍した最も古い遺構である長崎小菅修船場などが含まれている。各案件を認定された順で表に示す。なお、認定案件の詳細は(公社)日本船舶海洋工学会のホームページのデジタル造船資料館で見学情報も含めてみることができる(https://zousen-shiryoukan.jasnaoe.or.jp/funeisan/)。
これからも毎年ふね遺産認定事業は継続される予定であるが、さらに幅広く遺産案件を開拓し、ふねの歴史を考える端緒となることを期待する次第である。また、(公社)日本船舶海洋工学会の中に「造船学、造船工業の歴史(仮称)」といった論文審査部門の設置を提案中で、ふねの歴史に関する研究が船舶海洋工学の分野でも広く展開されてゆくことを望んでいるところである。(了)

日本丸(帆船日本丸・横浜みなと博物館)
復元菱垣廻船浪華丸(なにわの海の時空間・閉館中)
明治丸(東京海洋大学)
長崎小菅修船場(三菱重工業(株)長崎造船所)

■認定した32件のふね遺産(認定順)

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