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オーシャンニュースレター

第481号(2020.08.20発行)

飛行艇とその活用について

[KEYWORDS]飛行艇/水上機/海難
新明和工業(株)常務執行役員・航空機事業部長◆田中克夫

飛行艇とは、水上で離発着できる水上機の一種で、胴体の下部が船体となっており、艇体(胴体+船体)で水面に浮かび、水面を滑走して離着水できる航空機のことである。
本稿では、四面を海で囲まれた日本で活躍する救難飛行艇US-2を紹介し、外洋における海難救助への貢献とさらなる飛行艇の活用について解説する。

航空史のはじまりと飛行艇

水上機は古くから実用化され、1903年ライト兄弟の世界初有人動力飛行の後、1910年フランスのアンリ・ファーブル(1882~1984)が世界最初の湖面からの離着水を行ったところから水上機の歴史は始まりました。航空史の始まりにおいて、最初に発達したのは水上機であり、世界各国で開発競争が行われ、様々な水上機が登場しました。また、当時は陸上機では小型の飛行機しかなく、大型の飛行機は水上機が主流となっていました。このように航空機の発展の歴史の中で、水上機が最初に発展してきた理由は、滑走路の整備が十分でなかったこと、そして、当時の油圧技術が未熟で着陸するための脚の製造が困難であったため、大型の航空機の脚が作れなかったことが挙げられます。ここで、飛行艇とは水上機の一種で、胴体の下部が船体となっており、この艇体(胴体+船体)で水面に浮かび、水面を滑走して離着水できる航空機のことを言います。
日本の水上機・飛行艇は100年の歴史があり、戦前は、川西航空機(株)(現 新明和工業(株))が、九七式飛行艇(217機)、二式飛行艇(167機)等、のちに名機と呼ばれる飛行艇を開発しました。戦後、川西時代から培った技術の粋を結集し、波高3mの洋上で離着水を可能にした世界唯一の性能を持つ対潜哨戒飛行艇PS-1(23機)の開発に始まり、PS-1に滑走路へ降りるための脚を追加した救難飛行艇US-1(US-1Aと合わせて20機)に発展させ、現在も海上自衛隊で運用されている救難飛行艇US-2(7機)は3代目となる飛行艇です。本稿では、四面を海で囲まれた日本で活躍する救難飛行艇US-2について紹介し、外洋における海難救助への貢献とさらなる飛行艇の活用について説明します。

救難飛行艇 US-2 の活躍を支える技術

救難飛行艇US-2は、US-1から数えて約40年に渡り、1,000回以上の出動実績と1,000人を超える尊い人命を助けてきました。この救難実績には、米軍パイロットの救出、太平洋横断中の某有名アナウンサーの救出等があります。US-2は、海難救助要請があれば日本から遠く離れたところまで高速で進出し、荒れる海面に着水して救難者を直接救助し、迅速に本土へ運ぶことができる世界で唯一の飛行艇です。外洋での洋上救難に飛行艇を使うメリットは、①長い航続距離(ヘリコプターの約6倍)、②巡行速度が早い(ヘリコプターの約2倍、船舶の10倍以上)、③洋上で離着水が可能(滑走路が無い離島へアクセス可能)であり、本土から遠く離れた海上では他のどの移動手段よりも活躍できます。特に、US-2は水陸両用の救難飛行艇であり、陸上から飛び上がり、滑走路がない地域では水上に離着水することにより、より活動の範囲を広げることができます。
US-2の外洋での離着水を可能にしている主な技術は次の2つです。①高いSTOL(ShortTake-off and Landing)能力により極低速飛行(離着水スピードは約60ノット(約時速100km))を可能にすることで離着水衝撃の緩和を図り、②溝型波消し装置とスプレーストリップ等による水上における飛沫の抑制を行うことで外洋運用を可能にしています。US-2には、波高計と呼ばれる海面状態を計測する装置を備えており、特に荒れた海に離着水する場合には、波高計の役割は重要で、離着水する海面を決める最終判断にその計測データが使われます。また、US-2の航続性能は世界中のどの飛行艇よりも優れており、約2時間の捜索時間を含んだ行動半径は、わが国領海と排他的経済水域(EEZ)をカバーでき、また国境離島(南鳥島、沖ノ鳥島)への無給油往復飛行が可能となっており、日本から東南アジア全域へ直行することができます。US-2の主要諸元を図1に示します。
US-2は、1996年に開発が始まり2007年から海上自衛隊で運用が開始されました。US-2は通常の航空機の要求に加え、水上機特有の要求を満足するよう設計・製造されています。特に、US-2の艇底構造は船舶と同様に、水密構造が要求され3フレームごとに水密隔壁を持っており、万が一艇底外板が破れてもその区画以上水が入って来ないようになっています。また水上での安定性を確保するために主翼の両端に補助フロートを持っており、外洋においても安定した水上性能を発揮します。着水時の衝撃荷重は最大3Gを超え、局所的な水圧は最大0.56MPaに耐える構造になっています。このように通常の船舶と比べ、軽量構造かつ安全に配慮した機体となっており、水上滑走能力は最大50ノットまで可能で、水上における機動性も確保しています。

■図2 外洋着水の様子。US-2の波高2mでの着水

飛行艇の期待される活用

現在の飛行艇は、他の航空機と違い水陸両用能力を有していることから、その特殊性を活用した用途に特化されています。US-2のように海洋での救難であったり、他国の飛行艇は大規模火災に対して空から消火する消防飛行艇での活用であったり、滑走路のない離島への人員の輸送等、限定した用途に使われています。この中で特に、近年注目されているのが、大型飛行艇による航空消防です。2000年に入ってから地球温暖化、気候変動により、毎年、世界中で大規模火災が頻発しており、消防飛行艇は、上空から消火剤を散布することで延焼を防ぐことができると共に、消防車が入れないところも消火できるメリットがあります。また、大型の消防飛行艇を使用すると大量の水を吸い上げ散布できます。US-2を消防飛行艇とした場合とその他航空消防用機材の比較表を図3に示します。この表より1日(8時間)稼働とした場合、大型ヘリを用いた場合より約3倍の放水能力があることが分かります。このように、大型消防飛行艇は、取水場所(海、湖)と火災現場の往復が迅速に行えるため、他よりも優れています。
今後は、日本の持つ大型飛行艇の技術を活用し、持続可能な開発目標(SDGs)の目標14に向けて、海洋と海洋資源の持続可能な開発に役立てて行きたいと思います。(了)

■図3 放水性能比較

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