Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第481号(2020.08.20発行)

「国連海洋科学の10年」に向けた日本の海洋衛星観測の展望と課題

[KEYWORDS]国連海洋科学の10年/海洋リモートセンシング/宇宙基本計画
北海道大学低温科学研究所教授◆江淵直人

2021年から始まる「国連海洋科学の10年」に向けた取り組みが各国で進められている。
海洋衛星観測は、広い世界の海を観測する有力な手段の一つであり、国際協力の中で、日本の技術的優位性を活かした役割分担が期待されている。
日本の海洋衛星観測が「国連海洋科学の10年」の枠組みの中で果たすべき役割について、展望および課題をまとめる。

人工衛星からの海洋観測

今日、数多くの人工衛星が打ち上げられ、多様なセンサによって、海面付近のパラメータが観測されている。主な観測パラメータとしては、海面水温、海面塩分、海上風速・風向、海面高度・海流、植物プランクトン、波浪、日射量、水蒸気量、海氷密接度などが挙げられる。これらのパラメータを組み合わせて海面フラックス(運動量・熱・淡水)を推定したデータセットなども作成されている。また、これらの観測データと現場観測データを数値モデルにデータ同化することにより、海洋の現況把握と予測に利用されている。海洋衛星観測は、船舶等ではカバーできない広い範囲を面的に繰り返し観測できる利点がある。しかしながら、観測できるパラメータには限りがあり、その観測精度も現場観測に比べると劣ることが少なくない。衛星観測と現場観測、数値モデルとを組み合わせた海洋観測システムの構築が重要である。
衛星観測には多額の費用と長期の開発期間が必要である。現在、各国の財政事情が厳しい中、観測体制の維持には、国際協力と役割分担が重要になっている。日本にも、その技術的な強みを生かした貢献が求められている。現在の各国の地球衛星観測計画に関しては、(一財)日本気象学会の気象研究ノートにまとめられている※1

「国連海洋科学の10年」に向けた展望

2021年から始まる「国連海洋科学の10年」に向けた全球海洋観測システムの構築の中で、衛星観測は重要なコンポーネントとして位置づけられている。しかしながら、衛星の計画には、最低でも5年程度の期間が必要である、これから新しい衛星の構想を立ち上げて打ち上げを実現できたとしても、「国連海洋科学の10年」には間に合わない可能性が大きい。現実的な方向性としては、現在進行中の衛星観測ミッションを最大限に利用するとともに、それと並行して「国連海洋科学の10年」以降の展開へつなげる新しいミッションを立案し、実現していくことが考えられる。
現在、日本の衛星としては、高性能マイクロ波放射計を搭載した水循環変動観測衛星「しずく」衛星(2012年打ち上げ、図左)、多波長光学放射計を搭載した気候変動観測衛星「しきさい」(2017年打ち上げ、図右)、Lバンド地表可視化レーダを搭載した陸域観測技術衛星「だいち2 号」(2014年打ち上げ)などが主に海洋観測に利用されている。また、高性能マイクロ波放射計の後継センサを搭載した温室効果ガス・水循環観測技術衛星が2023年度打ち上げを目指して開発中である。
「しずく」に搭載されたマイクロ波放射計は、昼夜を問わず雲の影響を受けることなく、海面水温、海上風速、水蒸気量、降水量、海氷密接度などが観測可能で、気象予報・気象災害軽減、水資源監視、気候変動監視・予測、漁場把握、海氷監視、海上交通安全・効率化などに観測データが利用されている。「しきさい」搭載の多波長光学放射計は、海面水温、植物プランクトンなどが250mの高空間分解能で観測可能で、水産業への利用などが進んでいる。「だいち2 号」のレーダは、波浪や海上風観測、船舶監視、油汚染監視、海氷監視などに利用可能である。
これらの大口径アンテナの多周波・多偏波マイクロ波放射計、中分解能多波長可視赤外放射計、Lバンド多偏波合成開口レーダは、いずれも、日本の技術的な強みとして、国際的にも認識されている。これらの衛星に加え、静止気象衛星「ひまわり8、9号」を含めた衛星群が「国連海洋科学の10年」の期間に日本からの貢献として活躍することが期待される。

図 「しずく」衛星(左)と「しきさい」衛星(右)(© JAXA)

日本の海洋衛星観測の現状と課題

日本における宇宙利用に関しては、2008年に宇宙基本法が施行され、内閣府の宇宙開発戦略本部が、宇宙基本計画および工程表を作成して推進することとなった。この宇宙基本計画および工程表において、海洋科学のための海洋観測を含む地球観測は「『その他』のリモートセンシング」という扱いとなっており、静止気象衛星「ひまわり」と「だいち」後継の先進レーダ衛星については、継続的な打ち上げ計画が示されていたが、海洋観測にとって重要な衛星である「しずく」、「しきさい」の後継の衛星計画は長らく空白となっていた。令和元年(2019年)12月に改訂された工程表※2において、ようやく、高性能マイクロ波放射計の後継機が、温室効果ガス観測衛星への相乗りという形で工程表に加わった。しかしながら、多波長光学放射計の後継ミッションについては何も示されていない。マイクロ波放射計後継機を含めて、長期的な展望のない単発の衛星計画では、気候変動スケールの海洋科学研究に支障が出るだけでなく、観測データの現業利用・商業利用につなげることも難しいと言わざるを得ない。
「国連海洋科学の10年」およびその後の全球海洋観測体制の継続・発展のためには、科学的知見に基づいた衛星観測計画の立案とそれを実現する仕組みが必要である。また、海洋衛星観測の体制整備は、現業利用・商業利用を含めて、広義の安全保障に貢献する社会インフラとしても極めて重要である。しかしながら、現在、海洋観測の現場のニーズに基づくボトムアップの議論が計画立案に直接反映される仕組みがほとんどないと言ってよい。このような現状を打開するため、日本学術会議地球惑星科学委員会地球・惑星圏分科会から『我が国の地球衛星観測のあり方について』と題する提言※3が2017年に出された。また、23の地球観測関連学会が参加する宇宙関連タスクフォース会合リモートセンシング分科会が組織され、研究者コミュニティの議論をベースとした計画立案等が始まっており、今後の展開に期待したい。(了)

  1. ※1気象研究ノート第234号,(一財)日本気象学会,2017,74pp.
  2. ※2『宇宙基本計画工程表』 https://www8.cao.go.jp/space/plan/plan2/kaitei_fy01/kaitei_fy01.pdf
  3. ※3http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-23-t247-3.pdf (現在、これをフォローした新しい提言を準備中)
  4. 植松光夫著、『「国連海洋科学の10年」に日本ができること』Ocean Newsletter第476号(2020.6.5 発行)も参照ください。

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