Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第480号(2020.08.05発行)

持続可能な海洋利用のためのブルーファイナンス

[KEYWORDS]ブルーファイナンス/ブルーエコノミー/持続可能な開発
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆吉岡 渚
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所研究員◆田中 元

海洋の持続可能な利用と経済活動の両立は、持続可能な開発目標14の達成と共に国際社会にとって急務である一方、海洋環境の保全に必要な資金の確保は依然として課題である。そこで近年関心が高まっているのが、持続可能な海洋のための資金調達「ブルーファイナンス」である。
本稿では、持続可能な海洋経済(ブルーエコノミー)実現のための新たな概念であるブルーファイナンスについて紹介し、その展望を述べる。

「グリーンな投資」から「ブルーな投資」へ

海洋資源の持続可能な保全および利用と、経済的な発展の両立を目指す概念であるブルーエコノミーを実現するための資金調達は近年、「ブルーファイナンス」として注目を集めている。ブルーファイナンスとは、持続可能な海洋の利用による経済活動(ブルーエコノミー)の振興のために、海洋環境の保全に充てる資金の調達であり、政府、銀行、民間企業、NGOなどによって主導される。ブルーファイナンスはグリーンファイナンスから派生した(あるいは包括される)概念である。後者についてはグリーンボンド原則やグリーンローン原則などを通じてすでに様々なセクターに適用されており、2019年には世界のグリーンボンド、グリーンローン発行額が2,577億米ドルにものぼるなど市場が拡大している。2019年度の発行額のうち45%を欧州の市場が占め、セクター別ではエネルギー、建設がそれぞれ約30%で最も多く、交通、水資源がそれぞれ20%、9%と続いている。
わが国でも、昨今のESG投資への関心の高まりを背景に、一部の海洋関連産業でグリーンボンド等の既存の金融スキームを通じた投資の仕組みが少しずつみられるようになっている。2017年12月に戸田建設(株)が発行した洋上風力発電事業資金調達のためのグリーンボンド、2018年5月に日本郵船(株)が発行した環境対応船への投資を目的としたグリーンボンドなどがその例である。このように投資の環境意識が高まる中、ブルーファイナンスの拡大も期待される。世界の海洋分野のリーダーで構成されるFriends of Ocean Actionが2020年4月に発表した『Ocean Finance Handbook』では、海洋分野の資本と投資について表1のように分類している。
ブルーファイナンスは新たな海洋関連の事業に対して、経済成長と同様に生態系の持続可能性や社会的な衡平への貢献を目的とした投資である。投資家は「グリーンな投資」から「ブルーな投資」への発展の波に乗り遅れないために、海洋資源を利用する事業がもたらす経済、環境、社会の持続可能性へのインパクトを理解して投資判断をする必要があるだろう。

出典: Friends of Oceans (2020) 『The Ocean Finance Handbook』
■表1 海洋分野におけるファイナンスの資本タイプと投資モデル

ブルーファイナンスの胎動

2018年、欧州投資銀行(EIB)は欧州委員会、世界自然保護基金(WWF)などと共同で、14項目からなる金融原則「持続可能なブルーエコノミーファイナンス原則」を公表した。これは、ブルーエコノミー振興のための投資指針を示したもので、世界銀行や国連持続可能な保険原則(PSI)、英、仏、米国などの金融機関やNGOが署名している。欧州に始まる流れを追うように、多国間開発銀行(MDBs)による海洋分野への資金拠出の動きが注目される。同年9月には、漁業・水産業の支援や海洋汚染対策などを支援するために、世界銀行の主導で多国間ドナー信用基金であるPROBLUEの設立が公表された。これは持続可能な開発目標(SDGs)のひとつである目標14(海の豊かさを守ろう)の達成に向け、漁業・水産業の支援や海洋汚染対策などを支援するために新たに設置された多国間基金である。
アジア開発銀行(ADB)は2019年5月にフィジーで開催された総会で、2019年から5年間、アジア太平洋地域における海洋分野の諸課題に50億ドルを投じると発表した。また、2018年10月にはインド洋の島嶼国であるセイシェル共和国政府が、「ブルーボンド」を発行し、話題となった。これは、政府が発行する海洋保全と持続可能な漁業を資金使途としたソブリン債で、その規模は1,500万米ドルにも上る。ブルーボンドとは昨今注目を集める環境保全事業の資金調達手段の一つであるグリーンボンド(環境債)から派生した金融ツールであり、北欧投資銀行(NIB)も2019年に発行している。また、非営利組織であるザ・ネイチャー・コンサバシー(TNC)は、島嶼20カ国を対象とした債務環境スワップの発行を通じた海洋保護区拡大への投資計画を表明しているなど、ブルーファイナンスの概念が多様な手段で実現しつつある。
こうした公的援助機関による海洋分野への投資意識が高まるなか、民間セクターの資金動員には課題が残る。アジア太平洋経済協力(APEC)は2019年12月に開催された海洋環境の持続可能性に関するビジネス・民間セクターをテーマにした会議における提言で、海洋環境の保全と持続可能な海洋エネルギーの開発のための新たな官民連携の枠組みを構築することを挙げているが、このような民間企業による海洋分野へ資金拠出を促進するためのスキームづくりが今後いっそう求められる。図1は、セイシェルの事例を基に各ステークホルダーがブルーファイナンスのためのメカニズムにおいてどのような役割を果たすかを概念化している。

■表2 2018~2019年に発表されたブルーファイナンスの実例
■図1 ブルーファイナンスのメカニズム概念図

今後の展望

セイシェルの例が示すように、海洋環境保全のための資金調達を行っていくためには、ブルーボンドの発行を目指す国や地域、さらには国際機関、投資機関などの連携が不可欠となる。また、とりわけ小島嶼国を含む開発途上国は研究機関や民間セクターと協働し、科学的なエビデンスに基づいてバンカブル(融資可能)なプロジェクトの設計、そして海洋保全と経済発展のためのさらなる資金アクセスの改善に向けた提案を行っていくことが必要であろう。
グリーンファイナンス原則に比べ、ブルーファイナンスについては海洋資源管理における統制の困難から、その確立は容易ではない。代わりに、持続可能な海洋資源管理に係る意思決定、政策には信頼性と一貫性の高い、広範なデータに基づいた知見、経済ツールを活用する必要がある。ブルーファイナンスを活用し、投資家、民間企業、政府、援助機関などのパートナーシップを構築するためにステークホルダーの連携を強化していくことが肝要である。(了)

  1. 笹川平和財団海洋政策研究所では2019年度よりブルーファイナンス連携研究を始動し、アジア太平洋地域を対象としたブルーファイナンス関連研究、国際ワークショップ等の開催をアジア開発銀行研究所(ADBI)などと共同で実施しています。同研究は黄俊揚研究員(リーダー)、田中元研究員、吉岡渚研究員を中心に推進。

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