Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第479号(2020.07.20発行)

ブルー・リカバリーに向けて

[KEYWORDS]ブルー・リカバリー/コロナ危機/健全な海洋
(公財)笹川平和財団理事長兼海洋政策研究所所長◆角南 篤

新型コロナウイルス感染症は社会や経済に大きな変化を及ぼしつつあり、それは海洋の分野も例外ではない。
「ブルー・リカバリー」は、経済回復と海洋環境の保全を二律背反とするのではなく、健全な海洋を保つ上で持続可能なビジネスを推進し、持続可能な経済に移行していくことで、生物多様性や気候変動リスクに打ち克つより強靭な経済をつくることを目指すものだ。
国際協調の重要性を再確認し、科学技術イノベーションにおいて日本がどのようにイニシアチブを発揮できるのか考えてみたい。

コロナ危機からの持続可能な回復~ブルー・リカバリー

今回の新型コロナウイルス感染症の影響を受け、社会や経済が大きく変化しつつあります。世界各地で、コロナ危機をどのように克服するのか、また同時に、どのように経済を回復させるのか難しい舵取りが行われています。今後、どのような社会になるのか、不安を含めて何かが変わるという予感を持っている方も多いように思います。それは海洋の分野も例外ではありません。新型コロナウイルス感染症は、海洋に係わるさまざまな活動にも大きな影響を及ぼし、私たちが海洋とどう向き合っていくのかを改めて問いかけています。
そのようななか、今年の世界海洋デー(6月8日)の前後には、海洋分野の世界のリーダー達が集まったオンライン会議が様々なテーマで開催され、活発に海洋の問題について話し合われました。これら議論の多くでは、世界は海でつながっており国際協調が重要であることが共有されています。経済の回復が優先されるなか、どうしても海洋環境の問題は脇に置かれる可能性がありますが、コロナ危機を持続可能な形で乗り越えようという意思も示されました。海洋経済の持続可能な回復を表す「ブルー・リカバリー」という造語も生まれました。
本稿では、経済回復と海洋環境の保全を二律背反とするのではなく、これを機に、健全な海洋を保つ上で持続可能なビジネスを推進し、持続可能な経済に移行していくことで、生物多様性や気候変動リスクに打ち克つより強靭な経済をつくっていこうという、このブルー・リカバリーの潮流のなか、日本がどのようにイニシアチブを発揮できるのか、考えてみたいと思います。

2020年5月28日にモナコのアルベルト2世大公の呼びかけでオンライン開催された
「モナコ ブルー・イニシアチブ会議」の様子。左上が筆者。
(11th Monaco Blue Initiative 2020 ‒ Digital edition ‒
https://www.monacooceanweek.org/en/11th-monaco-blue-initiative-2020-digital-edition/

ブルー・リカバリーの潮流

従来より2020年は海洋のスーパーイヤーと呼ばれており、3年に1度の国連海洋会議や、2年に1度の生物多様性条約締約国会議(CBD-COP)をはじめとした国際会議において、持続可能な海洋に向けた議論が進められる予定でした。多くの会議は延期となっていますが、ブルー・リカバリーでは、ポストコロナ時代の社会を見据えつつ、それら会議の再開に向けてモメンタムを維持していくことが求められています。例えば、2010年に採択された愛知目標の後継となる2030年までの目標(ポスト愛知目標)を決めるCBD-COP15では、海洋保護区の拡大に向けて2030年までに30%の海域を保全するという「30×30」の議論が注目されています。一方、海洋保護区のなかには、エコツーリズムなどの観光収入を資金源として維持管理されているものもあり、感染症対策をしながら経済の再生を図っていく過程のなかで、どのように海洋保護区を拡大していくのか、新たな工夫が求められています。気候変動問題についても、昨年12月に開催された国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)において、海洋と気候のつながりがCOP決定に初めて言及され、2021年11月に開催予定のCOP26での議論が注目されています。2050年までに実質的に温室効果ガスの排出を無くす「ネット・ゼロ」の議論が進展するなかで、洋上風力発電の加速など、海洋分野からの貢献が問われています。
このような持続可能な海洋の利用に向けた議論の嚆矢として、今年の12月7日~8日にパラオでOur Ocean会議が開催されます。この会議は、2014年に米国のケリー国務長官(当時)の呼びかけで開始され、政府、経済界、シンクタンク、NGO等のリーダーが集結し、海洋問題について協議する場として定着しています。ブルー・リカバリーに向けた世界のリーダーシップが示されることが期待されています。

■日本への期待と海洋政策研究所の取り組み

昨今の国際情勢は、米中のせめぎ合いやブレグジット(英国のEU離脱)に代表されるように、反グローバリゼーションの流れが台頭してきました。コロナ危機は、一見、この流れを加速するようにも見えます。様々な分野でサプライチェーンの戦略的な見直しが求められていることも確かです。このような時だからこそ求められる国際協調において、日本の役割は極めて重要です。
「ダイヤモンド・プリンセス号」での感染拡大で浮き彫りとなった、外国籍の船舶への検疫の問題をひとつとっても、自国だけでは解決できないことは明らかです。国際協調のもとでの議論が欠かせず、共通の国際ルール作りが必要です。このような課題を議論する国際機関のひとつに国際海事機関(IMO)があります。海洋国家で国際物流の多くを海運に頼る日本はIMOの設立以来、理事国の地位を維持し続けており、新型コロナウイルス感染症を受けた船内の安全対策なども含めて、国際的な議論をリードすることが求められます。
昨年のG20の首脳宣言で打ち出された『大阪ブルー・オーシャン・ビジョン』の実現に向けても、同様に日本のリーダーシップが問われています。このビジョンでは、2050年までに海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにまで削減することを目指しています。この問題では、ストローやレジ袋のような使い捨てのプラスチック製品の利用削減が象徴的なものとなっています。一方で、今回の感染症の拡大防止においてはプラスチック製品の有用性が見直された面もあります。そのような中で、どのように海洋プラスチックごみによる追加的な汚染をゼロにするのか。3R(リデュース・リユース・リサイクル)の徹底に加えて、新たなリサイクル技術の開発や生分解性プラスチックなどの代替品の開発など、科学技術イノベーションで日本がリードしていくことが期待されます。G20が開催された大阪では、人工島夢洲を会場として2025年に万国博覧会が開催されます。このようなブルー・リカバリーの新たな価値を日本から発信していくのも一案です。
海洋政策研究所は、新型コロナウイルス感染症が国内外の海洋ガバナンスにどのような影響を与えるのか、科学技術と政策の橋渡しになるよう調査研究を重ねて参ります。『Ocean Newsletter』の編集会議をオンラインで開催して発行を継続するとともに、海洋フォーラムもオンラインで開催するなど、情報発信を継続しています。7月23日には日本財団や英国エコノミスト社とともにブルー・リカバリーをテーマとした3回シリーズのウェビナー(オンライン会議)の第1回目を開催します 。持続可能な海洋の利用を目指して、世界の海洋関係者と培ってきた連携を一層強め、さまざまなステークホルダーの連携を促進し、効果的な政策提言や情報発信に取り組んで参ります。(了)

コロナウイルス感染症対策の一環として海洋政策研究所で構築した専門サイトの一例
(Stay Home 向けの教育コンテンツとして構築した期間限定のウェブサイト「海とStay Home」
https://www.spf.org/opri/opri_covid19_edu.html

  1. ウェビナー開催案内 https://www.spf.org/opri/event/20200723.html

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