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オーシャンニュースレター

第478号(2020.07.05発行)

海の開発を支える潜水士

[KEYWORDS]潜水士/水中土木作業/海洋インフラ
(一社)日本潜水協会会長◆鉄 芳松

潜水士は、港湾工事、海洋開発土木工事などにおいて実に多岐にわたる作業を行い、海の開発を支えている。
水中土木作業には「潜水士免許」が必須だが、それに加えて「玉掛」「ガス溶接」など複数の異なる作業をこなすためには多彩な資格が必要となる。
さまざまな資格・技能講習を経て、ようやく潜水士として活躍することができるようになるのである。

潜水の歴史

文献によると、人類が二足歩行の時代から海の魚介類を食していたようである。貝塚から魚の骨や貝殻が出土し、装飾品としても数多く利用されていて、海は衣食の重要な場所であった。では潜水の歴史はというと、約5,000年前から、貝や魚、海藻などを素潜りで採取していたようである。収穫量の多い人たちが海女・海士となり、現在でもその技が継承されている。わが国の海女・海士は世界的にも珍しく、近代の潜水医学、生理学分野においても世界から注目されている。特に、石川県(舳倉島)、三重県などが海女の拠点として紹介され世界的に有名である。
一方、日本における潜水器の歴史は、江戸時代末期1857年に長崎にドックを造る時、潜水器と潜水技術が輸入されたことに始まる。1867年には英国船の船底修理に、潜水の祖である増田萬吉氏が従事し、潜水方法を学んだ。潜水器の使用は、横浜における築港工事からはじまり、千葉県白浜における鮑漁に潜水器を取り入れ、漁獲量拡大に貢献している。潜水器による鮑漁の漁場は千葉から北へ南へと拡大し、増田萬吉氏の弟子たちは海外からその技術力・勤勉な性格が認められ、オーストラリア・アメリカで活躍することになった。
日本での潜水器の製作は、日本海軍工作局の1872(明治5)年が初であった。その後、1913年(大正2)年に大串友治氏によって大串式が開発された。この潜水器の特徴は、呼気・排気弁を潜水作業者が自分の口で噛んで操作するマスク式であった。1925(大正14)年にはこの潜水器で地中海の水深70mに沈んでいた八坂丸から金貨を引揚げることに成功した片岡弓八氏が、世界的大事業として「潜水王」「深海王」と称され、一躍有名になった。大串式潜水器の特許は、1919年に英国で、1920年には米国で申請されたが、世界的進出とはならなかった。

潜水士の資格と水中土木作業に必要な多彩な資格

様々な資格が必要となる水中土木作業

潜水器が輸入されてから、1960年までの間、潜水は無資格であり口伝による伝承技術であった。しかしながら1961(昭和36)年10月10日に潜水士の国家資格が認定され、同年11月10日、潜水士免許の教本として『潜水士必携』が発刊された。当時、潜水士講習に関して必要な事項は、労働大臣が公示で定めた。潜水士資格の受験要件はなく、学歴、年齢、性別、職歴、国籍関係なく誰でも受けることができるが、免許交付対象は18 才以上と定められている。
自動車や小型船舶免許には実技と学科試験が設けられたが、潜水士免許の試験には、資格制度が導入された後も実技試験が設けられず、現在に至っている(有資格者4,100名、うち実稼働者3,300名)。実技を担保するため、現在(一社)日本潜水協会は、潜水士免許を持って経験年数の有るものが港湾潜水技士となるよう、学科・実技試験を1年に1回実施している。1981(昭和56)年から2019(令和元)年までに4,000人以上が資格を取得した。また潜水業務の実情に則して、法令改正により2015(平成27)年4月から、空気潜水での最大可能水深が「40m以浅」となり、40mを越える潜水は、混合ガスによる潜水を行うよう定められた。これに対応して、(一社)日本潜水協会から港湾局監修のもと、『潜水作業マニュアル』が同年発刊されている。
水中土木作業には潜水士免許が必須だが、それに加えて必要とされる国家資格は、「小型船舶操縦士」、技能講習としては「玉掛」「ガス溶接」、特別教育としては「送気員」「アーク溶接」「救急再圧員」等がある。小型船舶操縦士免許(一級・二級小型船舶操縦士)は、潜水士船や小型船を操縦する時、船長業務に必要な資格である。次に技能講習は、陸上の土木作業と同様に様々な技能が必要とされ、その受講が求められている。例として、玉掛技能とは、重量物等を吊り上げるとき必要な資格で、19時間の技能講習を受講し合格すると資格が得られる。また特別教育としては、送気員や救急再圧員があげられる。特に大切な送気員は、潜水作業者に適正な送気量の調整を行うバルブおよびコックの操作を担い、救急再圧員は、救急再圧の必要が生じたとき、医師の指示に従って再圧タンクのバルブ操作ができる資格である。特別教育は、団体や企業が実施する教育を修了後、資格が得られる。これら紹介した多彩な資格の取得や技能講習終了の後に、ようやく潜水士として活躍することができるのである。

潜水士の活躍場面

捨石均し 水中溶接

潜水士の主な仕事には、海洋インフラの整備に係る港湾工事、洋上風力発電を含む海洋開発土木工事、大規模養殖場整備、海洋調査のための調査潜水、海難のための捜索、救助などがある。その中で、最も多い港湾および海洋開発土木工事においては、捨石均(すていしなら)し、ケーソンおよび波消ブロック・構造物の据付および撤去がある。そのほか、水中溶接・溶断、水中コンクリート打設、水中掘削、水中発破、水中鋲打ち、汚水・高所・深海潜水、水中部施工状況確認、水没部分の構造物のメンテナンスなど多岐にわたる。
代表的な作業である捨石均しは、防波堤の基礎となる部分に潜水士が石を平らに並べ、その上にケーソンというコンクリート製の箱を据付してその中に土砂を入れ、重量物とした物を載せる作業である。これは重量物・ブロックの据付といい、重量によっては大型の起重機船(クレーン船)を使用し、潜水士が水中から指示を出し、所定の位置に重量物を据付ける作業である。水中溶接・溶断とは、水中で直流の電気で行うことで、溶断棒(孔の空いた特殊な棒)に酸素を送り発火させ、金属を溶かして接合・切断することである。

潜水士の将来を見据えて

潜水器が導入され、素潜りより潜水時間が飛躍的に長くなった。その過程において、医師が積極的に潜水環境の改善に取り組み、潜水時間の限度が守られ、減圧症をはじめとする潜水障害の知見が浸透し、潜水士の健康・安全が保たれてきた。現在港湾工事においては、潜水士の労働時間は厳守され、管理が徹底されている。
今後潜水士をより魅力ある職業とし、海外と同様に保有資格や作業経験(潜水経験記録で証明されている)を反映した賃金を目指すのであれば、潜水作業の価値を時間単位から分・秒単位の生産量による管理能力・技術力とするとともに、総合的な人材の養成機関の検討をすべきである。養成機関では、海を農業の場として拓くことなどの意識改革や、女性潜水士の感性の参画も重要である。この提案には課題もあるが、関係者の英知により実現させ「やってみせる」ことである。
世界第6位の面積をもつ排他的経済水域内にある資源を活用するには、技術が必要となる。技術の伝承から新技術の研修・訓練とつながり、その教育と目標により、潜水士は希望を持てる職業となる。(了)

  1. 一般社団法人日本潜水協会 http://www.sensui.or.jp/

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