Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第474号(2020.05.05発行)

海洋熱波が海洋生態系におよぼす影響

[KEYWORDS]生態系シフト/極端現象/気候変動
筑波大学下田臨海実験センター助教◆Ben P. HARVEY

海水温が極端に高い状態が5日以上連続する「海洋熱波」によって、生態系における基盤種の健全な生育や、さまざまな生物学的プロセスと分類群が、広範囲にわたり負の影響を受けている。さらに海洋の温暖化が海洋熱波の頻発化、激化、長期化を招き、こうした極端な現象が生態系全体を変化させる可能性がある。
この先数十年内に、われわれが沿岸生態系から得ている資源やサービスが途絶することが大いに危惧される。

頻発化、激化、長期化する海洋熱波

地球温暖化によって世界の海水温上昇が継続的に進んでいるが、これは前世紀半ば以降に地球に取り込まれた過剰な熱の約90%を海が吸収していることによる。あらゆる状況から見て、この温暖化は、この先も衰えることなく続くであろう。
この過剰な熱は海水温のベースラインの上昇に加えて、海洋熱波の頻発化、激化、長期化をもたらす可能性がある。海水の極端な高温が少なくとも5日間連続した場合、これを「海洋熱波」と呼ぶ。1987~2016年に地球全体で、1925~1954年と比べて、海洋熱波の発生頻度は34%増加し、持続期間は17%長期化し、そして年間の日数は50%以上増加した。

海洋熱波による影響度をどう測定するのか

海洋熱波の増加は海域によって傾向が異なるため、人工衛星による海面水温の観測と現場における観測を併用して、地球全体としての時系列と海域ごとの傾向を知る必要がある。これまでの観測で海洋熱波の頻度が最も増えた海域を特定すれば、生物への直接的な高水温ストレスや、乱獲など他の要素との複合的な影響などに起因する、生態系の熱波に対する感受性を今後解析することが可能となる。これまでの評価から、海洋熱波による影響が際立って高くなる「ホットスポット」がいくつか存在することが分かってきている。オーストラリア南岸、カリブ海、太平洋東部の沿岸部のほかに、日本の南岸部および西岸部の沿岸でも海洋熱波の発生が目立って多くなっているが、これらの海域はいずれも生物多様性が高いことが知られている。同様に、太平洋北西部のほぼ全域は、気候変動とは別に人為的な原因によるストレス要因にさらされており、日本周辺の海洋生物は海洋熱波に敏感である可能性があると言える。
海洋熱波が将来に及ぼす影響を評価するため、われわれは過去の海洋熱波の事例のうち、詳しく調査されている8例(エルニーニョ4例、地中海や西オーストラリア州で発生した極端な高温4例)について分析した。熱波が継続した期間、その強烈さの度合いなど、個別の海洋熱波に見られる物理学的特性を数値で把握した。続いて、研究論文116本に報告されている1,049件の生態学的所見を精査し、熱波の前後における応答を生物ごとに解析した。その結果、すべての海洋熱波において、強度や持続期間の違いにかかわらず、プランクトンから無脊椎動物、魚類、ほ乳類、海鳥に至るまで広い範囲の生物が、負の影響を受けたことが分かった。

■図1 1925~1954年と比較した際の1987~2016年における年間の海洋熱波の発生日の増加。図は1°四方ごとのデータを示す。赤色が濃いほど増加日数が多い。(電子ジャーナル『Nature Climate Change』掲載論文 Smale et al.,(2019) "Marine heatwaves threaten global biodiversity and the provision of ecosystem services" の図を改変)

海洋熱波が生態系の基盤に与える負の影響

■図2 他の海洋生物の生存を支える多様性あるコンブ類の生態系の例。海洋熱波によってその存続が脅かされる可能性がある。(写真:柴田大輔)

海洋熱波によって、サンゴ礁、海藻・海草の藻場など生態系の基盤を成す種(基盤種)の健全な生育の場が、広範囲にわたって破壊される例がますます増えてきている。中でも2011年には、オーストラリア大陸西側の沿岸域が極度の海洋熱波に襲われ、推定900平方キロメートルで海草(藻場全体の36%)が失われた。海藻類の中には沿岸で数100キロメートルにわたって絶滅した種もあった。同様に、グレートバリアリーフ全域に2016年、2017年と連続して出現した海洋熱波によって、サンゴ礁群の80%以上が深刻な白化に見舞われ、多種類の枝状のサンゴ類が失われる結果となった。サンゴなどの基盤種は、これに依存する他の生物種に生息の場、餌、隠れ場などを提供する極めて重要な存在であり、基盤種の消失はその生態系の存続に関わる問題となる。
オーストラリアの海域における海洋熱波に起因するコンブ類の藻場喪失例の大半は高温ストレスが直接の原因だったが、その回復は、アイゴなどの熱帯性魚類による食害によって妨げられた。熱波が去って5年が経過した後もこれらの藻場は未だ回復のきざしを見せず、むしろここに生育する温帯性の海藻類は減少しはじめ、亜熱帯性・熱帯性のサンゴ礁の生物群集に取って代わられつつある。この現象を「熱帯化」と呼ぶ。日本の海域でも水温の漸進的な高温化によって同様に熱帯化が起こりつつある。九州西側、四国南側で熱帯性のアイゴ、ブダイ、イスズミなどが定住魚となり、温帯性のサンゴ礁に生息する魚類を圧倒して繁殖し、海藻を食べ尽くして藻場を消滅させる、いわゆる「磯焼け」を引き起こしている。
気候変動による海洋の温暖化が進むにつれて、藻場喪失などの例に見られるように生物群集のシフト、すなわち優占種の交代が頻発しつつある。それは、長期間をかけて起こるものと考えられてきたこうした変化が、実際には、海洋熱波によって加速されるということ、さらには熱波が去った後に生態系が必ずしも回復できるとは限らないことを意味している。そして結果的に、気候変動に伴って起こるとされている生態系内の変化が、われわれの予測より早い時期に起こり得るということである。

人間社会への影響

海洋熱波による基盤種の喪失は、人類にとっても有害な結果をもたらすことになる。基盤種は、そこに生きるさまざまな海洋生物を支える存在であると同時に、その両者が構成する生物多様性によって人類に多くの生態系サービスを提供してくれているからである。例えば、数多くの海洋生態系が、漁業や遊漁を支え、炭素貯留や栄養塩の循環を行い、観光やレクリエーションの場を生み出し、文化的・科学的意義を持つ。これらの生態系の機能はすべて、われわれの社会に多大な利益をもたらしている。これが減少あるいは消失するということは、沿岸地域で海洋生態系に依存して生きる何億、何十億という人々に負の影響を及ぼす。
海洋熱波、そして気候変動の影響の緩和は、温室効果ガス排出の急速かつ意味のある削減によってのみ可能である。そのうえで、長期間にわたる気候変動および海洋熱波に対して、海洋生態系を健全な形で維持するための実行可能な方策を打ち立てることが、海洋の保全および管理のために残された主要な課題となる。(了)

  1. 筆者の所属は原稿執筆当時となります。本稿は、英語でご寄稿いただいた原文を事務局が翻訳まとめたものです。
    原文は、本財団HP https://www.spf.org/opri/en/newsletter/474_1.html?full=474_1&latest=1でご覧いただけます。

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