Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第474号(2020.05.05発行)

海なし地域にも広げる海洋教育

[KEYWORDS]海洋教育/教員研修プログラム/資質・能力
お茶の水女子大学サイエンス&エデュケーションセンター特任講師◆里 浩彰

お茶の水女子大学では、海洋教育の普及、定着を目指して、海なし地域でも実践可能な海洋教育カリキュラムや教材の研究・開発および教員研修プログラムの提供を行っている。
東京都北区における実践から、今後、海洋教育が広く普及するためには「普段の授業との関連が明確であること」の重要性が見えてきた。
新学習指導要領で強調されたカリキュラム・マネジメントの重要性と合わせて、これからの海洋教育について考えたい。

海洋教育の現状

四方を海に囲まれた日本は、海から様々な恩恵を受けて発展してきました。2007(平成19)年には新たな海洋立国日本の実現を目指して海洋基本法が成立しました。同法28条では「国は、学校教育における海洋に関する教育の推進のために必要な措置を講ずるものとする」とされ、国として海洋教育を推進することが明確に定められています。さらに、海洋基本法を踏まえて作成された第2期海洋基本計画では、「小学校、中学校及び高等学校において、学習指導要領を踏まえ、海洋に関する教育を充実させる」と海洋教育推進のための具体的な取り組みについて述べられています。しかし、実際には学校現場で十分に海洋教育が実施されているとはいえません※1。とくに海へアクセスしにくい「海なし地域」の学校では、海洋教育の実施率が低いことが明らかとなっています。
お茶の水女子大学では、海洋教育を広く普及すべく、サイエンス&エデュケーションセンターと湾岸生物教育研究センター(千葉県館山市)が中心となり、海なし地域でも実践できる海洋教育カリキュラムや教材の研究・開発を行い、学校現場での実践を支援しています。平成30年度からは、学校教員が主体的かつ継続的に実践できることを目指した、海洋教育教員研修プログラムの開発、提供も行っています※2

教員研修プログラムの開発と実践

海洋教育と聞くと、多くの教員が「磯で生き物観察をするんですか? 子どもたちを海へ連れて行くのは大変なので、海洋教育は難しいです」と考えてしまうようです。もちろん、磯の生き物観察も重要な活動の一つですが、それだけが海洋教育ではありません。お茶の水女子大学が提供する教員研修プログラムはこのような誤解を解くところから始まります。海洋教育になじみのない教員が主体的かつ継続的に海洋教育に取り組むために、研修プログラムは、すぐに実践へとつなげられること、普段の授業内容との関連が明確であること、海洋教育の意義や目標をおさえられること等の点を考慮しています。
研修プログラム(図1)は、大きく分けて海洋教育の概要について講義をする「座学研修」と授業で必要な観察・実習技術を指導する「実技研修」から構成されています。さらに研修を実施して終わりでなく、授業当日に実施支援まで行うことも特徴の一つです。海洋教育は多教科で展開されますが、当センターでは理科に関連した内容(海水や海藻を使った実験、ウニの発生観察実験等)を中心に支援をしています。本研修プログラムを受講し、海洋教育授業を実施した教員に対してアンケート調査を行ったところ、受講後には海洋教育についての理解度が上昇していました。また、全ての教員が海洋教育を実施したことを肯定的にとらえていました。その一方で、「どうしても『特別授業』という枠からぬけられず、本来の指導計画にどのように位置付けられるのか知りたい」との要望もありました。海なし地域で海洋教育を定着させるためには「イベント的な楽しい授業」ではなく、いかに通常の授業となじませるかがポイントであると考えられます。これについては、ある教員から得た、「海洋教育ありきの授業でなく、普段の授業の先に海洋教育がある」とのコメントに解決のヒントがあるように思います。

■図1 海洋教育教員研修プログラムの概要

探究活動としての海洋教育

ここで、東京都北区で展開されている海洋教育の一例をご紹介します。東京都北区立の小学校では、5年生を対象とした、3泊4日の自然体験教室を実施しています。本教室は、千葉県南房総市に位置する区立の施設を活用して実施されていますが、これまでは臨海施設を利用しているにもかかわらず、海洋教育として位置づけされていませんでした。そこで、「普段の授業の先の海洋教育」という視点を意識して、自然体験教室を海洋教育の観点から再考し、探究的な学習の過程に位置づけた海洋教育カリキュラムを開発しました(図2)。本カリキュラムは「学校で実施する事前・事後学習」と「自然体験教室」から構成されています。事前学習では、海に関する基礎的な知識とともに、理科の学習進度に合わせた課題(ミッション)を提示します。そして、提示された課題解決のために、自然体験教室を活用しながら、最終的には学校で事後学習に取り組みます。ある学校では、5年生理科「物の溶け方」に関連させて、「海水と水道水を見分ける方法は?」という課題を設定しました。児童らは単元で学習した知識を総動員して課題に取り組みながら(図3)、「海」と真剣に向き合いました。実践後に教員から「海についても理科の単元についても理解を深めることができた」とのコメントを得たことから、「普段の授業の先の海洋教育」が実現したことが示唆されました。

■図2 海洋教育カリキュラムの概要 ■図3 蒸発乾固により海水と水道水を見分ける

これからの海洋教育

新学習指導要領では「カリキュラム・マネジメント」の重要性が強調されています。「カリキュラム・マネジメント」の確立には教科等横断的な視点は不可欠であり、多教科で展開しうる海洋教育は非常になじみが良いと考えられます。しかし、現状では「とりあえず海に関連した活動を取り入れよう」と実施内容(コンテンツ)ありきで実践されている例も少なくありません。もちろん海洋教育の実践について十分な蓄積がない今、新たに海洋教育に取り組もうとする学校が、コンテンツベースの実践となってしまうことは、多くを求められる現場の現状を考えると理解できる部分もあります。しかし、「特に、特別活動や総合的な学習の時間の実施に当たっては、カリキュラム・マネジメントを通じて、子どもたちにどのような資質・能力を育むかを明確にすることが不可欠である」※3との指摘もあるように、本当の意味で海洋教育が広く定着していくためには資質・能力ベースの実践が多くなされることが重要です。(了)

  1. ※1日本財団/海洋政策研究財団(2012):小中学校の海洋教育実施状況に関する全国調査
  2. ※2日本財団の助成を受けて実施されたものです。
  3. ※3https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/siryo/attach/1364319.htm

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