Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第469号(2020.02.20発行)

いま東アジアの海で起きていること

[KEYWORDS]競合対立の様相/中国の海洋戦略/国際海峡
(公財)笹川平和財団海洋政策研究所客員研究員、元NHK北京支局長◆竹田純一

海をめぐる国家間の競合や対立、争いは絶えない。なぜか。
解決の道筋はあるのか。日本は効果的に対処できているのか。
東アジアの海で起きている「せめぎあい」の様相を俯瞰してみる。
海のパワーゲームが続けば、不測事態の生起とエスカレーションが懸念される。
「せめぎあい」の克服につながるポジティブな動きに期待したい。

海の「せめぎあい」

海をめぐる国家間の競合や対立、争いは絶えない。なぜか。解決の道筋はあるのか。日本は効果的に対処できているのか。東アジアの海で起きている「せめぎあい」の様相を俯瞰していこう。
第一は、海域境界の未確定・未決着。原因には、①基線になる島嶼などの領有権主張がそもそも対立、②境界を画定する原則や方法が対立、この二つの場合がある。
代表例は、①は南シナ海の状況、②は東シナ海のEEZ画定での日中対立。①はフィリピンの提訴に国際仲裁裁判が2016年に裁定を示した。だが中国は一貫して無視、人工島の軍事化も続けている。②は大陸棚延伸をめぐっても日本と中国・韓国が対立している。
第二は、海洋権益の侵害。日本の領海やEEZでも外国漁船の密漁、薬物・銃器の密輸、密航は止まらない。2014年には小笠原海域で一日最多212隻の中国サンゴ漁船が違法操業した。2016年以降は、日本海の好漁場「大和堆」で北朝鮮・中国のイカ漁船の違法操業が急増、巡視船が対応に追われている。ただ上記は「ならずもの国家」が直に手を染める場合を除き、アクター(実行犯)は非国家主体で、治安問題(犯罪対策)になる。
他方、次元が違う権益侵害もある。日本のEEZ内で、同意なしや同意内容と調査方法や海区が違う外国調査船の活動が相変わらず視認されている。「海洋の科学的調査」は沿岸国の同意が必要(6カ月前に申請。日中間では東シナ海に限り2カ月前の通報で可能)とされている。「資源探査」は別で、沿岸国の主権的権利だ。南シナ海では、「維権」(権益維持)を任務に掲げる中国公船による漁船や石油・ガス資源探査船への妨害やハラスメントがいまだに続く。
第三は、そもそも沿岸国の海洋権益として規制できるかどうか争いがある問題。安全保障に直結する対立だ。論点は二つある。
①軍艦の領海内の無害通航をめぐる対立。国連海洋法条約は、すべての外国船舶に無害通航権を認めている。だが中国は、無害でも安全保障の管轄が及ぶとし、事前許可が必要と国内法で定めている。他方、アメリカなどは、軍艦の無害通航に商船と異なる国際法の義務はなく、法外な要求と無視する。南シナ海の「航行の自由作戦」は、その「さやあて」だ。
なお軍艦の無害通航は、他にも一定の要求をする国がある。資料が入手できる範囲でアジアでは、インド(事前通報)、スリランカ(事前同意)、ベトナム(事前通知)、マレーシア(原子力艦は事前承認)がその例だ。
②EEZの軍事利用をめぐる対立。条約に明文はないが、中国は、沿岸国の同意が必要な「海洋の科学的調査」は、軍事調査も含むと主張。アメリカは、データはもっぱら軍事目的に使い、企業の資源探査などに提供しないから、沿岸国の経済利益を害さないとする。
中国は、外国海軍の訓練や演習、集結、航空機の発着艦、偵察なども「沿岸国の権利に妥当な考慮を払う」との条文に合わないとする。アメリカは、諸活動は慣習国際法で認められ、「国際的に適法な海洋利用の自由」との条文に適合するとの主張だ。
以上が「せめぎあい」の類別だが、随所に影を落とすのは、中国の権益主張と海洋進出の拡大だ。1980年代初めまで、中国の海洋経済は低調で、海軍も沿岸型だった。習近平主席が唱える「海洋強国」建設や「偉大な中華民族復興の夢」には失地回復主義に通じるナショナリズムが見え隠れする。
中国の海洋戦略は、島嶼支配や資源開発競争への出遅れ、問題の国際化など、後手と受け身に立たされ、焦りがあるとの指摘もある。挽回のため、条約を自国有利に解釈、他国の権利行使を牽制しつつ、権益の最大化を急いで来た面は否定できない。「度を超した現状変更」と受け止められ、国外から反発、対抗、牽制、警戒、懸念を招いている所以だ。

■南シナ海において各国が領有権を主張する海域

日本の国際海峡と「せめぎあい」の克服

いま中国は、日本にある国際海峡を貿易航路に使う。大連・青島と北米は、対馬海峡⇔日本海⇔津軽海峡⇔太平洋。上海・寧波は、東シナ海⇔大隅海峡⇔太平洋。オーストラリアや南米とは、東シナ海⇔沖縄本島・宮古島間⇔太平洋などといった具合だ。
日本の領海幅は12海里。だが宗谷(幅20海里)、津軽(10海里)、対馬東水道(25海里)、同西水道(23海里)、大隅(16海里)の5海峡は「特定海域」と定めている。本来は海峡全域(対馬東水道は公海が1海里残る)が領海だが、領海幅を3海里に抑え、中間部分は公海としている(EEZが設定され漁業管轄権などは行使)。なお沖縄本島・宮古島間は160海里超あり、領海幅員を抑えなくても広い公海部分がある。
実は国連海洋法条約は、領海3海里の時代には自由通航できた海峡の多くが領海12海里に含まれてしまう懸念から、国際海峡の「通過通航権」という新概念を創設した。だが日本は、世界の海峡を「使う立場」から、5海峡は領海特定海域とし続けてきた。
だが新制度から30年以上、日本はいま、海峡を「使われる立場」にもなった。地政学で見ると、大陸と大洋、ランドパワーとシーパワーの接点にある日本列島の海峡の価値は高い。うまく管理すれば、マラッカ海峡での管理強化と紛争回避をめぐる中国の「マラッカ・ジレンマ」と同様に軍事対決へのエスカレートを抑止する効能もあるはずだ。
海のパワーゲームが続くなか、懸念されるのは、誤解や誤信による誤算や誤判である。その結果の不測事態の生起とエスカレーションだ。
日中の防衛当局者は11年越しの断続的交渉をへて、2018年に「日中防衛当局間の海空連絡メカニズム」に調印した。ホットラインの早期解決も目指している。2019年には、シンガポールのシャングリラ会合で防衛相会談、また艦艇の相互訪問も復活させた。ポジティブな動きといえる。
危機管理と信頼醸成そして「せめぎあい」の克服につながっていくのだろうか。(了)

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