Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第466号(2020.01.05発行)

大学における海洋教育が取るべき姿

[KEYWORDS]分散型巨大科学/大学教育コンソーシアム/エラスムス計画
東北大学名誉教授◆花輪公雄

海洋学を含む地球惑星科学は「分散型巨大科学」であり、扱う対象も極めて広い。
教育も自然環境を理解するリテラシーを育む教育から、防災・減災につながる教育、最先端研究のための教育まで、広いスペクトルを持つ。国立大学が置かれている厳しい環境の中、一層充実した人材育成と研究を行うためには大学教育コンソーシアムの構築が必要である。
実際、火山学の分野では、コンソーシアム構築事業が始まっている。

海洋の科学は分散型巨大科学

海洋の科学は「分散型巨大科学」である。世界のどこかに巨大な装置を建設して、研究者がそこに集まって研究すれば事足りる、という「集中型巨大科学」とは全く異なる性格を持つ。例を挙げれば、海洋学ではどこか1カ所で水温や塩分を何桁もの高精度で計測しても意味はない。海洋のいたるところで、時間的にもその変動・変化を計測することが重要となる。
海洋学は世界の海洋における運動や物質分布と、現象の時間的な変動を押さえ、その成り立ちや仕組みを明らかにする学問である。実り豊かな海洋学を構築するためには、世界のそこかしこに研究者がいることが必要である。すなわち、対象の地理的多様性や、研究手法の多様性の確保が何よりも大切な学問である。
このような海洋学をどう推進すればよいのだろうか、また、海洋学に関わる人材を、どのような仕組みで育てればよいのだろうか、ここでは「大学教育コンソーシアム」構想※1を述べてみたい(図参照)。そしてこのような構想が火山学分野の人材育成事業で、すでに2016年度より走り始めていることを最後に紹介する。

■大学教育コンソーシアム構想

国立大学を取り巻く厳しい状況

2004年に行われた法人化以来、運営費交付金は毎年ほぼ1%ずつ、2015年度までに約1,500億円減少されてきた。総額ではここ数年下げ止まっているが、義務的経費が増加しており、年々大学運営を逼迫させていることに変わりはない。
運営費交付金の減少は、教員数の減少に直結する。毎年1%の予算減は教員100名当たり1名減を意味し、3年後には3名減となる。仮に教員3名の小講座制組織であれば3年で1講座、すなわち1学問分野が消滅することになる。これは紙上での話であるが、どの大学もさらに急激な教員減に見舞われているのが現状である。
他国が右肩上がりに研究力が伸びている中で、日本は伸び悩み、さらには低下傾向にもなっている。この要因の一つに大学における研究活動の低下が挙げられ、文部科学省は現状を打破するための施策として、「研究力向上改革2019」を打ち出した。
一方で、博士課程に入学する日本人学生の著しい減少も同時に進行した。2004年度の日本人学生の進学者は約11,000名であったのに対し、2016年度は6,500名と40%も減少した。博士課程学生への教育は大学教員の後継者養成の意味もあり、将来のわが国の学術を支える人たちの減少に直結する。まさにわが国の高等教育そのものが危機的な状況にある。

大学間教育ネットワーク

大学教育における海洋学も含む地球惑星科学の立ち位置はきわめて広い。まず、①私たちを取り巻く自然環境を理解するリテラシーを育む教育が求められる。また、②津波、地震、火山などの、自然災害に対する理解を深め、防災・減災に向けた教育が求められる。そして、③最先端の学問分野として、研究者を養成する教育が求められる。①や②は学問分野全体を俯瞰し、かつ、社会と人間の関わりを考えることができる人材を育成する教育であり、③は専門分野を深く掘り下げる研究者を育成する教育である。
教員が急激に減少する現状では、ごく少数の大学を除き上記のような教育を一大学で行うことは不可能となってくる。そこで、教育内容の量と質を確保し、さらに現状以上の充実した教育を行うためには、多様な教員を有する複数の大学が共同して、自大学・他大学にかかわらず学生の教育に当たる「大学教育コンソーシアム」の形成が望まれる。各大学が提供する講義や実験、実習の科目を出し合ったカリキュラムが組まれ、学生は所属大学に限定されずに自由に単位を取得できる仕組みとする。さらに、大学院にあっては、他大学へ長期間滞在し研究指導を受けることができる仕組みも導入する。
実際に導入するにあたっては、授業料の扱い、単位互換・認定、研究スペースや設備利用、宿泊施設の提供や斡旋など、数多くの課題があるが、この克服は知恵の出しどころである。
なお、欧州連合(EU)では、1980年代より大学院生の活発な交流を域内で進める「エラスムス計画」を推進してきた。現在は後継の計画が走っているが、本計画は創造力に溢れた人材の育成に有効であると評価されている。

火山研究人材育成コンソーシアム構築事業

63名もの尊い命が奪われた2014年9月の御嶽山の噴火が契機となり、文部科学省は2016年度より10年計画で「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を立ち上げた。このプロジェクトは研究と人材育成の二つのプログラムからなり、後者が「火山研究人材育成コンソーシアム構築事業」である※2
この事業の目的は、大学院学生を中心に、火山学の広範な知識と専門性、研究成果を社会へ還元する力、そして社会防災的な知識を有する次世代火山研究者を育成することである。そのため、コンソーシアムに参加する大学の火山学関連の講義や実習を体系化し、国内外の活動的火山におけるフィールド実習、先端的火山研究や、工学・社会科学のセミナーなどを提供し、一定の要件を満たした人には、修了証を授与する。2016年度には、第1期生として10大学から、合計36名が入校した。
当初、8大学4研究機関での発足であったが順調に事業は発展し、2018年度末には16大学、4研究機関、3学協会、7地方自治体が参画するに至っている。さらに今後は、民間企業の参画も予定されているとのことである。

先駆けに学ぶ

海洋の科学に関する大学教育コンソーシアム構想について述べた。そして同じ地球惑星科学の仲間である火山学の分野で、2016年度から同じような構想で事業が展開していることを紹介した。この事業は4年目を迎え、関係者の熱心な努力もあり、順調に計画が進展している。私たちは、先駆けであるこの事業に多くのことを学ぶ必要がある。(了)

  1. ※1本稿は、2012年5月に開催された日本地球惑星科学連合のシンポジウム「東日本大震災と大学教育」で、筆者が「『理学系教育コンソーシアム』構想」として話題提供した内容を土台としている。
  2. ※2本事業の詳細に関しては以下のウェブサイトを参照のこと。 http://www.kazan-edu.jp/

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