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Ocean Newsletter
第466号(2020.01.05発行)
ブルーカーボン : 温暖化対策のための沿岸域生態系管理の拡大
[KEYWORDS]ブルーカーボン/沿岸域生態系/温室効果ガス排出量取引制度シルヴァストラム気候アソシエーツ湿地科学・沿岸域管理主任研究員◆Steve CROOKS
シルヴァストラム気候アソシエーツ気候政策・財政主任研究員◆Moritz Von UNGER
「ブルーカーボン」は、全球的な炭素循環の中で沿岸域生態系の役割と、危機にさらされている生態系をよりよく管理することの重要性を強く訴えることをめざして、2009年に誕生した概念である。ブルーカーボンを全世界で利用するためには6つの行動が重要となる。
炭素が大気に及ぼす影響を適切に測定する手法が得られた今、巨大な炭素吸収源としてのブルーカーボンの利用促進の政策が全地球規模で行われることを期待する。
「ブルーカーボン」の概念の誕生とその展開
「ブルーカーボン」という用語が、国連とIUCN(国際自然保護連合)とによって初めて使われてから、10年が過ぎた。全球的な炭素循環の中で沿岸域生態系の役割と、危機にさらされている生態系をよりよく管理することの重要性を強く訴えることをめざして生み出された概念であった。2009年にはまた、CAR(気候アクションリザーブ)※1によって、各種の干潟回復事業を炭素市場におけるオフセットの一つにできる、とする文書が発表された。これを出発点として、科学者、経済専門家、政策アナリストらの間に結集の機運が高まり、2012年には、沿岸域生態系の劣化に起因する温室効果ガスの放出量が年間推定約4 億5 千万トンにのぼるとする重要な研究の成果が発表された。この放出量は、日本経済の年間排出量のおよそ3分の1に相当し、これによる損害額は年間180 億ドルである。この放出ガスの大半は土壌炭素プールからの排出である。
こうした中、各国際機関もこの課題に関与するところとなり、科学者や政策アナリストを結ぶネットワークとして国際ブルーカーボン・イニシアチブ※2が創設された。2013年には、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によって「2006年IPCC国別温室効果ガスインベントリガイドライン2013年追補:湿地」が発表され、その第4章は、人間活動による温室効果ガスが沿岸域湿地に及ぼす影響の把握の仕方について説明している。2014年には、VCS※3によってブルーカーボン生態系内の土壌を炭素金融の対象とするための世界共通手段となる「沿岸域湿地と海草の修復のためのVM0033方法論」が公表された。2015年にはパリ協定が採択され、気候変動緩和・適応政策において生物圏と海洋をより広く含めることの重要性が強調され、その条件が整えられた。2018年には、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)COP24(カトヴィツェ)において、沿岸域湿地をもつすべての締約国が自国の温室効果ガスインベントリ中に湿地に関する項目を盛り込むよう奨励された。
このように温室効果ガスの放出を認識することによって、より効果的な管理を行うための行動をとることができ、パリ協定に基づく国別排出削減目標に沿岸域湿地を含めることで新たな政策と資金メカニズムを導入することができることとなった。
全地球規模での適用への道
ブルーカーボンを全世界で利用するための6つの行動を以下に記したい。
1)観測の拡大と統合科学的蓄積を継続していかなければならない。2018年のみでもブルーカーボンを扱った書籍が2点(内1点は日本)、論文180点が発表されている。科学は沿岸域湿地に貯留された炭素の探査も、湿地から放出され海の環境に貯留された炭素の追跡もできるように拡大しつつある。(国研)科学技術振興機構の出資によりインドネシア、フィリピン、日本の共同でマングローブや海草を調査する活動(BlueCARES)のように数々の国際科学事業が進められている。
2)気候との相互作用の理解ブルーカーボン生態系は気候変動、人為的影響などに対して一定の回復力をもつが、地域的条件によって限界があり、気候との間に生じる相互作用を理解・モデル化し、これを計画や行動の中に取り入れることが重要である。
3)生態系をインフラ計画に組込む社会的要因こそブルーカーボン生態系消失の主たる要因である。沿岸地域において人口は30億人以上に増え続け、インフラが海岸線に大きく接近して建設され、自然を圧迫し、潮流が分断されるなどの問題が起こっている。よりよい計画によって、ブルーカーボン生態系の喪失を防ぎ、自然のインフラとして生かすことにより、生態系サービスを維持しつつ、人為による影響を減じさせることができる。
4)革新的技術の活用今後に向けて最大の革新的技術は金融界の中から生まれるであろう。グリーンボンドの発行額の急増は、資本が安定した投資の機会を求め、金融機関が気候変動リスクの軽減に対する受託者責任を認識していることを示している。2011年の創設以来グリーンボンド市場は急速に成長し、2018年のみで発行高2,500億米ドルとなるまでに成長した。ブルーカーボン生態系は、自然インフラとして各種のプロジェクト内に含める、または保全する方策を講じるなど、さまざまな手法によってボンド資金プロジェクトに組み込むことが可能となるであろう。
5)変革への支援沿岸生態系の保全と回復の拡大が必要となっている。排出削減目標にブルーカーボン生態系を含めることは、炭素金融にとどまらず、生態系管理と緩和・適応策のための資金調達とを結びつける点で、多くの国に非常に重要になる。そのための資金は多国間・二国間協定、炭素税、適応支援、ブルーボンド、グリーンボンドなどによって得ることができるであろう。
6)地球規模の持続可能性を認識ブルーカーボン生態系を持続可能性に向けて管理するのであれば、人口増加、社会的選好による需要の変化、全地球的規模での環境変化などの圧力に対応できるメカニズムが必要である。国境をまたがる課題には政府間協力が必要となり、また各政府内で縦割りを乗り越える調整が必要となろう。難しい取組みとはなるが、食糧生産、エネルギー生産、市場アクセス、環境保護の問題などすべてが重なり合うその中核点において、復元力およびリスク軽減の文脈の中で解決策を探すことが極めて重要である。
ブルーカーボンの将来
今後、国内・国際間の排出量取引に関連してブルーカーボンを取り巻くさまざまな機会が生まれることを大いに期待したい。2050年までに実質温室効果ガス排出量ゼロを目指すことが新たに加わったパリ協定の前途に横たわる各種の課題はいずれも大きい。その解決のためには、巨大な炭素吸収源としてのブルーカーボンの永続的なポテンシャル等を放置するわけにはいかない。炭素が大気に及ぼす影響を適切に測定する手法が得られた今、ブルーカーボンを排出量取引制度に常に取り入れるようにすることが、世界の政策決定者の優先課題である。(了)
- ※1CAR(Climate Action Reserve):2001年に米国加州に設置され、 2008年から現在の団体として運営。GHG削減プロジェクトの環境保全性を保証し、米国の炭素市場における財務・環境価値の創出と支援に重点を置く。
- ※2国際ブルーカーボン・イニシアチブhttps://www.conservation.org/japan/initiatives/climate-change/blue-carbon
- ※3VCS(Verified Carbon Standard):自主的炭素市場における温室効果ガス排出量削減・吸収プロジェクトから発生するクレジットについて品質保証するための基準。2005年に策定、2007年11月に公開。市場で取引される炭素取引の透明性と信頼をもたらすべく、厳格な検査が行われる。
- ●本稿は英語で寄稿いただいた原文を翻訳・まとめたものです。原文は当財団HP(https://www.spf.org/opri/en/newsletter/)でご覧頂けます。
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- 編集後記 帝京大学戦略的イノベーション研究センター客員教授♦窪川かおる