Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第461号(2019.10.20発行)

シャコガイ殻に残された台風の痕跡

[KEYWORDS]シャコガイ日輪/台風/沖ノ鳥島
北海道大学大学院理学研究院講師、喜界島サンゴ礁科学研究所所長◆渡邊 剛

温暖化に伴って将来の台風の発生頻度が高まることが危惧されている。
サンゴ礁に広く棲息するシャコガイは、100年以上の寿命があり二枚貝のなかで最大の殻を形成する。
その殻には生息時に形成された年輪と日輪が刻まれており、熱帯域の気候変動を詳細に記録する媒体として注目されている。
沖ノ鳥島から採られたシャコガイ殻の日輪に沿った成長線解析と化学分析から過去の台風の痕跡を探る最近の試みを紹介する。

二枚貝最大の殻をもつシャコガイ

サンゴ礁に広く棲息するシャコガイは、100年以上の寿命を持ち二枚貝のなかで最大の殻を形成する。シャコガイ科(Tridacnidae )は現生では2属12種が知られており、インド・太平洋のサンゴ礁に広く生息している。体内の外套膜には造礁サンゴなどと同様に渦鞭毛藻が共生しており、殻の形成速度も内層殻で1年間に1-2cmととても速い。これらの共生藻類は光合成のために日射が必要で、シャコガイはおよそ水深30m 以浅の海洋表層に生息している。
シャコガイの祖先系は約6,000万年前の始新世(Palaeogene)に現在の地中海からアジアに広がっていたテチス海から発見されており、約2,000万年前の中新世(Miocene)以降の石灰岩等の層準からは現生と同じインド・太平洋域から広く産出される。このように、100年以上に渡って年輪と日輪を刻みながら分厚い殻を形成するシャコガイは、熱帯域の気候変動を非常に高い時間解像度で記録する媒体として注目されている。

シャコガイ殻に刻まれる過去の気候変動

これまで熱帯域の海洋環境の復元には、サンゴ礁を形成している造礁性サンゴの骨格を用いる手法が一般的であった。サンゴの骨格にX線を照射すると観察できる年輪に沿った化学分析を行い当時の海洋環境を復元する手法である。しかし、サンゴ骨格は非常に複雑で空隙の多い微細構造をしているために月単位以上の解像度での環境解析は困難であった。
一方で、シャコガイの殻は非常に緻密な構造をもち、海水や窃孔性の生物からの変質や浸食を受けることが少なく、化石においても保存状態は極めてよい。われわれは、このシャコガイの持つ優れた特性を利用して、これまでにない高時間解像度での古気候復元の研究を行いたいと試行錯誤を繰り返してきた。例えば、化学分析のための粉末試料の回収方法を工夫することにより、石垣島産の現生シャコガイ殻の日輪に沿って50μm間隔で1日単位の酸素同位体比を分析することが可能となった。一般に、炭酸塩骨格の酸素同位体比には、形成当時の水温と海水の酸素同位体比(これは塩分の変化に近似される)が記録されている。さらに、日輪幅を同位体比測線に沿ってカウントすることによって、個々の同位体データには正確な形成日時を与えることができ、現場の水温との一対一の対応が可能となったので、現場で観測されている水温と塩分などの日単位の気象データと対比を行った。その結果、殻の酸素同位体比の変動は一週間程度の細かい水温変動とも連動して変動していることがわかり、シャコガイ殻を用いた高解像度古海洋学の可能性を示した(Watanabe and Oba, 1999)。しかし同時に、この期間中に発生した台風による一日程度の急激な塩分低下を捉えきれていないことがわかり、台風などのより短期間に起こる事象を復元する際には、周辺河川からの淡水流入など環境を変化させうる他の要因についても検討をしなくてはならないということが示唆された。

沖ノ鳥島のシャコガイ殻に残された台風の痕跡

沖ノ鳥島は、わが国最南端に位置し北緯20度、東経136度に位置している太平洋の孤島であり、陸域や人為起源の汚染からの影響がほとんどない環境である。また、日本に接近する台風の多くが通過する台風銀座となっている(図1)。われわれは、台風の痕跡をシャコガイ殻からなんとか見出せないかと調査船白鳳丸に乗り沖ノ鳥島に向かった。そして、シャコガイ殻(シラナミガイ:Tridacna maxima)を採取し研究室に持ち帰った(図2)。
殻の成長線幅の計測、酸素同位体比とバリウム/カルシウム比の分析をそれぞれに行い、採取された日から日輪を計測し解析結果に正確な日付を与えてから、沖ノ鳥島を通過した台風の履歴や海洋観測記録と対比した。一般に、海水中のバリウム濃度は、水深が深くなるほど高くなるので、海水中の鉛直方向に混合などがあると表層域に生息しているシャコガイ殻のバリウム/カルシウム比が高くなることが予想される。その結果、沖ノ鳥島を台風が通過するタイミングに合わせて、1)シャコガイ殻の成長線の幅が急激に減少すること、2)バリウム/カルシウム比の正のピークが検出されること、3)酸素同位体比が増加すること、の3つが同時に生じていることを突き止めた(図3)。このシャコガイ殻の台風シグナルは、台風によるストレスでシャコガイの成長が遅くなったこと、台風に伴った湧昇流(深層から表層に海水が湧き上がる現象)でシャコガイの生育域へバリウムが供給されたこと、台風による海水温の低下を反映したものと考えられる。これらの成果は、これらの台風通過時にシャコガイ殻に記録される特徴的なシグナルから過去の台風の痕跡を復元できるということを示している(Komagoe et al., 2018)。
人為起源の温暖化が進むと予想される近未来において、台風の頻度や規模がどのようになるのか、正確な予想には過去の温暖な時代における台風の記録が重要である。シャコガイ殻は化石となっても良く保存されているので、人類記録のない時代の温暖期においても台風発生頻度や規模を高い精度で復元することができるであろう。(了)

図1 沖ノ鳥島と台風の経路
沖ノ鳥島(a)は日本に接近する台風の通過地点となっており、1993年から1998年に発生した157個の台風のうち46個が沖ノ鳥島の500km(大型台風の半径)圏内を通過している(c)。(b)はシャコガイの採取地点、(d)沖ノ鳥島
■図2 沖ノ鳥島で採取されたシャコガイ(シラナミガイ)殻試料
(a)シャコガイ殻を最大成長軸に沿って切断し、切片を作成した。(b)殻の2 枚の切片。(c)化学分析に用いた切片。(d)成長解析に用いた切片、(c)と反対側の面なので成長線を数えることで化学分析の結果と日付を対応させることができる。下の2図は(d)の四角部の拡大図。
■図3 台風時期におけるシャコガイ殻の化学分析・成長線解析の結果
沖ノ鳥島を台風が通過した時に(ピンクの帯部分)、シャコガイ殻のバリウム/カルシウム比(水塊の混合の指標)の正のピーク、日輪成長線幅の減少、酸素同位体比(水温と塩分の指標)の増加、炭素同位体比(光量の指標)の減少が生じている。

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