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オーシャンニュースレター

第459号(2019.09.20発行)

漁業・養殖業の持続性と2020東京オリンピック・パラリンピック

[KEYWORDS]漁業・養殖業の持続性/認証制度/水産物の調達基準
東京大学大学院農学生命科学研究科助教◆石原広恵

2020東京オリンピック・パラリンピックでは選手村などで提供される水産物について持続可能な調達基準が定められた。
スーパーマーケットチェーンなどでも木材や水産物などの調達基準を定める動きが広まっており、漁業や養殖業の持続性を担保する仕組みとして認証制度が注目されている。
日本でこれらの動きを普及させるには様々な課題が存在するが、東京オリンピック・パラリンピックは、消費者がこのような取り組みを知る機会になりうる。

なぜ漁業・養殖業の持続性とオリンピック・パラリンピックなのか

オリンピック・パラリンピックと漁業・養殖業の持続性と聞き、どのようなつながりがあるのだろうかと思う読者も多いだろう。しかし、つながりはあるのである。東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会(以下、組織委員会)は、2018年4月に、2020年の東京オリンピック・パラリンピックで採用される『持続可能性に配慮した水産物の調達基準』(以下、調達基準)※1を発表した。具体的には、国連食糧農業機関(FAO)が定めた『責任ある漁業のための行動規範』(以下、行動規範)を満たしつつ、漁業関係者の労働環境に配慮して生産された水産物であることが条件とされた。
このような持続可能な調達基準を定めるトレンドは、2012年に開かれたロンドンオリンピック・パラリンピックから始まった。同大会においては、持続可能性に配慮した木材や食品を使うことを基本とする方針が、『フード・ヴィジョン(Food Vision)』として発表された(Food Vision 2009)。この文章の中で、オリンピック・パラリンピックの選手村などでは、行動規範を満たした漁業によって水揚げされた水産物のみを提供すべきであることが、初めて掲げられた。このような方針は、2016年に開かれたリオオリンピック・パラリンピックでも継承され、2020年の東京オリンピック・パラリンピックに至っている。
また、近年このような動きを受けスーパーマーケットチェーンなどでも木材や水産物などの調達基準を定める動きが広まっている。有名なところでは、2006年に水産物の調達基準を打ち出したウォルマート社であるが、日本でもイオンやコープなどのさまざまな小売業者が水産物の調達基準を打ち出している。このような中、漁業や養殖業の持続性を担保する仕組みとして認証制度が注目されている。読者の中には、スーパーなどで写真のような認証された製品にエコラベルを添付した商品を目にした方もいるだろう。では認証制度・エコラベルとはどのように機能しているのだろうか?

認証制度と漁業・養殖業の持続性はいかなる仕組みか

認証制度は、簡単に述べれば、漁業や養殖業の持続性を担保するための客観的な基準(スキーム)、およびその基準に照らし合わせて評価するための仕組み(ガバナンス)から成り立っている。漁業の認証制度の場合、スキームとは、どのような漁業管理を行い、漁獲対象資源がどのような状態であり、また漁業が生態系に与える影響がどの程度であればよいのかを、定めたものである。さらにガバナンスの部分においては、前述のスキームはどのように作られ、また、スキームを用いて、どのような手順で審査を行えば良いか、などを定めている。このような認証制度は、水産物の他には、農産物、木材(パルプなども含む)を原料とする製品(ティッシュペーパーあるいは印刷紙など)、コーヒーやココアでよく見られるフェアトレード商品などにおいて見られる。
水産物においては、このような認証制度の他に、推奨リストと呼ばれるものも存在する。これは持続可能な方法で漁獲された魚とそうでないものをリスト化し、信号の形式で、「赤=食べてはいけない魚種」「黄色=要注意な魚種」「青=食べてもよい魚種」に分類したものである。有名なものとしては、米国のモントレーベイ水族館が発表している「シーフード・ウォッチ」がある。このような消費者のための推奨リストは、2000年代に入ると米国を中心として多く発行され、人気を博した。近年日本でもこのような推奨リストが、(一社)セイラーズフォーザシー日本支局を中心として『ブルーシーフードガイド』が発行されている※2

エコラベルが付いた商品、筆者がアメリカのウォルマートにて撮影

誰のための漁業・養殖業の持続性なのか

このような調達基準を通じて漁業や養殖業の持続性を推進する動きは重要である、と筆者は考える。しかしながら、認証制度、推奨リストを通じて、漁業・養殖業の持続性を担保させようとする動きに潜む問題点も指摘しなければならないだろう。これらの取り組みは、消費者側、あるいはスーパーマーケットの流通加工業者のニーズを重視した試みである。つまり、消費者や、流通加工業者に焦点が当たる一方で、生産者が抱える問題点や課題が無視される傾向にある。
例えば、このような認証審査にはコストがかかるにもかかわらず、認証コストをカバーできるほど、製品には価格の上乗せをすることが困難であることが課題として挙げられる。とくに、筆者がスーパーマーケットや加工業者とのヒアリングにおいてよく耳にするのは、「日本の消費者は水産物の質は気にするが、質に関係のない環境の持続性には関心がない。だからエコラベルを添付した商品だからといって、高い価格をつけるわけにはいかない」という趣旨の意見である。そのため、認証コストをカバーするだけの原価の値上げをできないというのが現状である。このような現状では、認証の取得を行なった漁業者一人にその認証のコストを負わせることになっている。確かに認証の審査に関しては、海外のNGOや政府からの審査コストを助成する仕組みが存在するが、消費者がそのコストを支払うことなしに、認証制度を持続的に存続することはできない。ここに、認証制度やエコラベルが直面する困難さが存在する。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックが、このような取り組みにおいて漁業者が直面する問題を、消費者が直視する機会になればと切に筆者は考える。(了)

  1. ※1東京2020 サイト 持続可能性に配慮した調達コード https://tokyo2020.org/jp/games/sustainability/sus-code/
  2. ※2ブルーシーフードガイド http://sailorsforthesea.jp/blueseafood 参照。

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