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オーシャンニューズレター

第459号(2019.09.20発行)

サンゴ礁のトワイライトゾーン ~白化で衰退するサンゴの避難地となるか~

[KEYWORDS]温暖化/深場サンゴ礁/幼生供給源
琉球大学熱帯生物圏研究センター准教授◆波利井佐紀

トワイライトゾーン(水深30~40mから150m程度)には豊かな生態系が広がっている。
この海域は、白化を引き起こす高水温からのサンゴの避難地(レフュジア)として重要な海域と考えられている。
実際にこの深場サンゴ礁が避難地となり、幼生の供給源として衰退した浅場のサンゴの回復に貢献するのだろうか。
本稿では、沖縄においてその可能性を検討する取り組みを紹介する。

サンゴ礁のトワイライトゾーン「深場サンゴ礁」

サンゴ礁は生物多様性や生産性の高い重要な海洋生態系である。サンゴ礁と聞くと、浅場にたくさんのサンゴやカラフルな魚が泳いでいる光景を想像するかもしれない。しかしサンゴ礁は光が弱いトワイライトゾーン(水深30~40mから150m 程度)まで続いている(図1)。英語ではMesophotic Coral Ecosystemsと呼ばれる(本稿では「深場サンゴ礁」とする)。光環境は海表面の10%以下と薄暗い。深場サンゴ礁は潜水が容易にできる浅場でもなく、潜水艇が必要な深海でもないため、海洋ではアクセスが困難な場所の1つである。近年、潜水技術や水中ロボット技術などの向上から研究が進み、カリブ海やハワイ、オーストラリアのグレートバリアリーフ、そして日本など、世界各地のサンゴ礁の深場に豊かな生態系が広がっていることがわかってきた。2016 年には国連環境計画(UNEP)の報告書でこの海域の重要性が指摘され、沖縄についても紹介されている※1
近年の地球温暖化により、サンゴ礁では夏に度々、異常な高水温が続き、サンゴの白化が起こっている。白化とは、高水温などのストレスによりサンゴと共生藻類との関係が崩壊し、サンゴ骨格が透けて白く見える現象である。サンゴは共生藻類が作る栄養を得ており、白化が長く続くと死に至る。1997/98年や2015/16年には世界規模の白化が起こりサンゴが死滅し、サンゴ礁は危機的な状況にある。一方、深場は水温が浅場よりも低く保たれているため、高水温からのサンゴの避難地(レフュジア Refugia, 絶滅を逃れて生き残った場所)になりうると期待されている。

■図1 サンゴ礁のトワイライトゾーン。深場(水深30~40mから150m)は光が弱い環境であるがサンゴが生息している。浅場よりも水温が低く、サンゴが白化しにくい。

沖縄の深場サンゴ礁研究

琉球諸島では、世界に先駆けて深場サンゴ礁の研究が行われている。調査は「よみうり号」という有人の潜水艇で、当時の琉球政府の水産資源探索の一環として1960年代に行われた。この調査でサンゴが水深102mまで分布していることや、水深30~50m付近ではサンゴ被度(海底が覆われている割合)が80~100%と、サンゴが一面に広がっている様子が記録されている※2。その後、最近になって沖縄本島や久米島、石垣島、西表島など各地で潜水調査が行われ、水深30m以深にサンゴの生息が確認されている※3。単一のサンゴ群落がパッチ状に広がることも多い。例えば、西表島網取湾水深50m付近では新種のアミトリセンベイサンゴの群落が発見されている。久米島では、水深30m付近に大規模な枝状ミドリイシ属の群落が広がっている。
私たちの研究グループでも、琉球諸島の深場サンゴ礁の調査を行っている。これまでの調査で沖縄瀬底島周辺では多様なサンゴが水深80m付近まで分布していることや、サンゴはパッチ状に分布していることなどがわかってきた。特筆すべきは、水深40m付近で1998年の大規模な白化で浅場から姿を消したトゲサンゴの群落を見つけたことである(図2)※4。深場は高水温になりにくく、一部のサンゴ種の避難地になっていることが示された。

深場からサンゴが回復する可能性はあるか?

深場サンゴ礁から浅場へとサンゴは戻ってくるのだろうか。サンゴ礁が回復するには、幼生の供給源となる海域からサンゴの浮遊幼生が運ばれ海底に定着し、生き残り成長していく必要がある。はじめに深場のトゲサンゴの幼生放出時期を調べ、浅場よりも短いことを突き止めた。次にその幼体を用いて野外・室内実験を行なった。その研究の結果、深場のトゲサンゴ幼生は急な光環境の変化には順応できないが、水深20m付近という中間地点や、浅場でも光が弱い環境に定着した場合は生き残る可能性があることが示唆された。生殖時期が浅場よりも短い上、幼体が順応できる環境は限られているものの、長い時間スケールで見るとサンゴ礁の深場から浅場へと一部のサンゴは戻ってくるのかもしれない。また、トゲサンゴには浅場と深場の両方に出現する複数の遺伝子型があり、鉛直的に遺伝的交流があることがわかった※2。このことは、浮遊幼生を介して両水深につながりがあることを示している。現在、さらに集団遺伝的に交流があるかどうかを詳細に調べている。

図2 瀬底島のトワイライトリーフ(水深40m付近)。多様なサンゴが生息する。トゲサンゴ( 中央の枝サンゴ)は高水温のストレスを受けやすい。(写真提供:琉球大学 F.Sinniger)

今後の展望

深場サンゴ礁が浅場の生物の避難地となるのであれば、今回取り上げたトゲサンゴ以外にも、どのような生物種が鉛直的に幅広い水深に生息するのかを明らかにする必要がある。私たちの継続調査でも、他のサンゴ種が浅場と深場の水深帯にみられることがわかってきた。どちらか一方の水深帯にのみ分布する種類もいるだろう。こうした種類は一度、その場所が破壊されてしまうと回復が遅れることが予想される。とくに深場のみに生息する種類は水平的に見ると地形が分断されている可能性があり、近隣のサンゴ礁からの浮遊幼生の移入の機会は少ないかもしれない。
深場サンゴ礁は高水温ストレスは少ないが、さまざまな要因で危機にさらされている。例えば、深場の上部では台風によりサンゴが物理的に破壊されることがある。近い将来、温暖化で台風が巨大化することが懸念されておりダメージが大きくなる可能性がある。この他に人間活動による影響も考えられる。また、港湾開発や採泥のための付近でのドレッジ、船舶の投錨は深場サンゴ礁の直接的な破壊になりかねない。以前、深場サンゴ礁に大型船舶がアンカーを入れて停泊していたことがあった。実際に話を伺ってみるとその水深の海図にはサンゴが記されていない、とのことであった。より広範囲な調査により深場までサンゴ礁が広がっていることを明らかにし、社会と情報を共有し、適切な利用や保全方法を慎重に検討していく必要があるだろう。
撹乱の規模や回復過程を明らかにするためには、定点モニタリングが有効である。深場サンゴ礁の調査では時間が限られる上、水中で使える簡易で安価なGPSがなく、定点に戻ることは容易ではない。こうした点を克服するためには、水中ロボットや画像処理の技術開発をしているエンジニアの協力が大変重要である。水中ロボットを用いマッピングを行うことで、広範囲な定点モニタリングが期待できる。今回はサンゴに焦点を当てて紹介したが、深場サンゴ礁には魚類や海藻類、底生無脊椎動物など多種多様な生物が生息しており、また漁業やレジャーフィッシングの対象となるなど、生物多様性や人間活動等の点からも大切な海域である。今後、より多くの人々に深場サンゴ礁を理解してもらえればと思う。(了)

  1. ※1Baker EK, Puglise KA, Harris, PT (Eds.) (2016) The United Nations Environment Programme and GRID-Arendal, Nairobi and Arendal.
  2. ※2Yamazato K (1972) Proc Symp Corals & Coral Reefs: 121-133
  3. ※3Sinniger F, Prasetia R, Yorifuji M, Bongaerts P, Harii S (2017) Frontiers in Marine Science 4: 155
  4. ※4Sinniger F, Harii S (2018) Coral Reefs of the World Vol. 13, Springer Nature Singapore, 149-162
  5. 図中の一部のイラストは以下を用いた:Courtesy of the Integration and Application Network, University of Maryland Center for Environmental Science(ian.umces.edu/symbols/)

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