Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第457号(2019.08.20発行)

水上オートバイの安全運航教育

[KEYWORDS]水上オートバイ/安全運航教育/ウォーターセーフティーガイド
(一財)日本海洋レジャー安全・振興協会特定事業本部試験部部長◆田辺 晃

水上オートバイを取り巻く環境の変化を受け、小型船舶操縦士の免許に水上オートバイ専用の資格「特殊小型船舶操縦士」が創設されて15年以上の歳月が流れた。
免許制度は、資格を与えることで船舶の航行の安全を図る、つまり事故防止を目的としており、新資格創設以降、水上オートバイの海難事故防止に一定の効果はあがっている。
しかし、依然として無くならない事故に対し、現行の免許制度と今後の安全運航教育について一案を述べる。

水上オートバイをめぐる現状

わが国において、水上オートバイは死傷事故が絶えないなどネガティブなイメージを持たれている。だが、実際の事故隻数を見てみると、2018(平成30)年度において、水上オートバイの在籍船数61,778隻(JCI:日本小型船舶検査機構資料)に対する海難隻数は90隻(海上保安庁資料)で、その割合は0.1%程度である(内水面を除く)。プレジャーモーターボートの0.4%程度(在籍船数158,429隻/海難隻数619隻)に比べればその割合はかなり低く、いかにイメージ先行で語られているかが見てとれる。
「特殊小型船舶操縦士」という水上オートバイ専用の資格が登場した2003(平成15)年の免許制度改正以降、水上オートバイは大型化、高出力化が進んだ。また、電子制御技術により水上オートバイの弱点と言われる特性(急減速すると舵が効かない、水の抵抗でしか止まれない等)を改善したため、操縦安定性は格段に向上し、操縦そのものは以前より容易になっている。
その結果、水上オートバイを使った遊びも変化し、ロングツーリングやバナナボートといった遊具のトーイング(けん引)、あるいは水上オートバイから噴射する水圧で人が空を飛ぶフライボードなど、多様化の方向にある。それに伴い、衝突、乗揚げといった船舶そのものの事故に加え、遊具の取り扱い不良などに起因した操縦者以外の負傷事故が発生するようになってきた。
現在市販されている水上オートバイの出力は300馬力を超えるものもあり、速力も100km/hを軽く超え、推進力を得るためのジェット噴流は、落水時に腹腔内に入れば内臓を破壊するほどの力を持っている。ところが現状では、操縦免許証を取得すれば特に制限もなくこういったハイパワーマシンを扱うことができる。しかし、水上オートバイは相応の知識、技術なくしては安全な乗り物にはなり得ない。単に快楽を求めて走り回れば、場合によっては凶器になりかねず、制御できなかった場合の代償は計り知れないものがある。

■水上オートバイの海難の推移(過去5年間)
(統計資料「平成30年海難の現況と対策」(海上保安庁)に基づく)

効果的な安全運航教育の必要性

試験で実施しない水上オートバイの転覆復原

水上オートバイメーカーは、商品戦略上、水しぶきを上げてかっこよく走り回る乗り物というイメージを前面に出すプロモーションを展開する。専門誌を見てもスピード感あふれる画像がちりばめられている。そのため、ほとんどの水上オートバイ操縦者の潜在意識の中で、そういった走りがイメージとして形成されていると感じる。
現行の小型船舶操縦士の免許取得者において「船長」の概念は希薄なようで、パーソナルな乗物である水上オートバイはその傾向が顕著なようだ。船長は順法精神と水上における共存精神をもとに船と乗員を守り、航海を成就する責を負う最高責任者である。ただし、レジャーを目的に資格を取得する小型船舶においては、安全運航に関する教育に十分な時間を割かなければ船長としての「心構え」はなかなか育ちづらいといえる。
わが国における小型船舶の安全運航教育は、免許取得時の教習により行われることが基本となっている。免許は小型船舶操縦士国家試験(操縦試験)に合格した者に与えられると定められているが、その試験の内容は、小型船舶の航行の安全に配慮したできる限り簡素なものとすることを旨とすべしとも明記されており、免許を取得する者の経済的、時間的負担にも配慮したものとなっている。
これらを考慮した上で現在の操縦試験の内容が定められているが、操縦試験において求められない事項は教習に取り入れづらいのも事実である。実際に操縦するときに必ずや必要となる事項、例えば高速域における操縦や見張り、徐行や着岸といった低速による取り回し、あるいは転覆時の復原方法などは操縦試験に取り入れ、しっかりと教習することも必要ではないかと考える。
本来、免許教習が目指すべきは、船舶の航行に必要な知識、技能を修得させるとともに、順法精神や同じ水面を利用する他者に対する思いやりといった精神を醸成し、資格受有者、ひいては船長が果たさなければならない責務を認識させて航行の安全に寄与することに他ならない。
海難事故の原因の大半が人為的要因であることを考えれば、教習におけるそういった情操教育も必要ではないかと感じる。さらに安全運航に対する教育効果を上げていくためには、免許取得前の教習に加え、免許取得後の「習熟」の部分にも注力していくべきであろう。

ウォーターセーフティーガイドの周知

わが国の関係官庁も事故分析と統計の発信にとどまらず、民間との協力体制を構築しながら効果的な安全運航教育と事故防止策に取り組んでいる。そのひとつとしてJBWSS(Japan Boating and Water Safety Summit:日本水上安全・安全運航サミット)がある。これは水難事故、海難事故の防止に向けて官民や組織の垣根を超えた連携と情報の共有を目的とする会議で、教育により事故防止を図るという思想が根底にある。
また、海上保安庁は、官民の関係団体が合意・推奨する安全情報として、ウェブで「ウォーターセーフティーガイド」を公表した。これは法的裏付けがなくても利用するうえで知っておくべき「スタンダード」を提示するもので、その第1弾が水上オートバイである。本年6月初旬に開催されたJBWSSにおいて、海上保安庁はウォーターセーフティーガイドについて語り、エンドユーザーに寄り添う民間団体の教育による周知を訴えた。
水上オートバイの事故防止策は、過去の事故分析から何をすべきかということは概ねわかっており、ウォーターセーフティーガイドもその前提に立って構築されている。同ガイドの充実も含め、現状の環境下でとれる事故防止策は、次の2 点に集約されるのではないだろうか。
1.本当に必要な知識、技能、心構えに関するスタンダードの確立
2.スタンダードを的確に伝授する教育者(ファシリテーター)の育成とその機会の創設
免許取得時の教育の充実とともに、必要な安全情報を実際に乗り始めるエンドユーザーに周知し、いかに習熟させて実効性のあるものにしていくかという一連の教育の在り方を明確化するため、免許制度に携わる者として上記事項に積極的に取り組んでいきたい。(了)

●ウォーターアクティビティの総合安全情報サイト「ウォーターセーフティーガイド」
https://www6.kaiho.mlit.go.jp/info/marinesafety/00_totalsafety.html

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