Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第422号(2018.03.05発行)

地震・津波と日本一うまく付き合うために ~避難放棄者・犠牲者ゼロを目指して~

[KEYWORDS]津波防災/犠牲者ゼロ/地域と協働
高知県黒潮町長◆大西勝也

高知県黒潮町は、南海トラフ巨大地震の厳しい想定をうけて地震・津波対策を行政と住民が協働で進めている。
先人から受け継いだ「ふるさと」を次の世代へしっかりと引き継いでいくために、南海トラフ地震としっかりと向き合い、地震・津波と日本一うまく付き合う、黒潮町の南海トラフ地震・津波防災計画の考え方をもって、今後のまちづくりを推進していく。

南海トラフ地震の新想定をうけて

黒潮町(人口11,436人2017年11月末現在)は、2012(平成24)年に内閣府中央防災会議が発表した南海トラフ巨大地震の新想定において、最大震度7、最大津波高34.4mと全国でも最も厳しい想定を突き付けられた。発表直後の新聞記事には、「町の存続すら危ぶまれる結果」や「町が消えてしまう」といった内容が掲載され、町内には避難することをあきらめてしまう、いわゆる避難放棄者を数多く生み出すような危機感が広がった。
そういった状況の中で、厳しい想定に対しても「避難放棄者を出さず、南海トラフ地震と日本一うまく付き合う」ということを基本理念とする『黒潮町南海地震・津波防災計画の基本的な考え方』を定め、それに示された指針に基づき地震・津波対策を行政と住民が協働で進めている。

これまでの黒潮町の取り組み

津波避難タワー(佐賀地区)。高さ22m、約230人収容地区合同での津波避難訓練

(1)避難空間の整備
避難放棄者を出さない上で最も大きい課題は、避難場所となる高台が黒潮町には圧倒的に少なかったことである。そのため、新想定の発表後は全ての町民が避難可能となる避難場所の整備が急務となり、まずは地区ごとに課題の把握や必要となる避難場所の検討を行った。その際には地域住民が主体となり現地調査やワークショップを実施。それらを図面に整理することで、避難場所および避難道の整備計画を立案し、現在はその整備計画に基づき整備を進めており、平成30年度までに避難道約230路線、津波避難タワー6基が完成する予定となっている。
(2)職員地域担当制の導入
町内の広い範囲で地震・津波対策を早期に実施していくためには、役場の防災担当職員だけでは人員不足であったことから、全職員が通常業務に加えて防災業務を兼務する「職員地域担当制」を導入し、町内61の地区にそれぞれ担当職員を配置することで、地区と行政が協働で防災対策を進めるための体制を整えた。その後の黒潮町の地震・津波対策が短期間で大きく進捗した背景には、本制度の導入が大きな要因となっている。
(3)戸別津波避難カルテ
避難行動が困難な住民に対しては一人ひとりに合わせた個別の避難計画や自動車避難のルールなどが必要であることから、その基礎的状況の把握を行うため、津波浸水が予測される40地区を対象に全世帯の避難行動調査を目的とした「戸別津波避難カルテづくり」を実施した。このカルテには、世帯ごとの家族構成から始まり、避難を予定している避難場所やその経路や手段、避難上の心配事など、津波避難計画を策定する上で重要となるさまざまな情報を記入してもらっており、結果として対象となる全世帯3,791戸から回収が完了している。調査後は、そのカルテを用いて避難場所、防災倉庫の規模設定といったハード整備の基礎資料としての活用や避難行動要支援者の把握などといったさまざまな防災計画に活用している。

命をまもる対策から命をつなぐ対策へ

地区ごとのワークショップ開催状況

これまでの取り組みにより、津波から命をまもるための対策はある一定の整備が完了した状況であり、これからは避難により助かった命をどうつないでいくのか、そのための準備や対策を進めることが必要である。
(1)避難所の環境整備
津波から避難した後、大切な命をつないでいくためには、避難所における生活環境を整えるための事前準備が重要となる。また、南海トラフ地震等の大規模災害時には、道路の寸断等により避難所が孤立することも想定され、役場職員が避難所を運営することが出来ない可能性もある。その場合には避難者となる地域住民自らが運営する必要があり、そういった状況を想定して黒潮町では平成28年度に避難所43施設を対象として避難所運営マニュアルを住民主体で作成している。また、作成後には運営マニュアルの検証を目的とした避難所運営訓練も合わせて実施しており、現在は避難生活で必要となる資機材整備を進めているところである。
(2)地区が自ら作成する防災計画
行政による防災・減災対策には限界があり、これからは地区主体の取り組みへ段階的にシフトチェンジしていくことが必要である。住民が主体となり行政がそれを支援することで、防災を日常化していくための仕組みづくりが必要とされる。黒潮町では、平成27年度に「地区防災計画」の作成に着手しており、地区ごとにワークショップを開催し、わがこととして感じられる手作りの計画づくりを進めている。

ふるさとを次世代へ引き継ぐために

黒潮町は海の恵みを受けて生活を続けてきた町であり、美しい海が自慢の町である。これまでにも上代の白鳳地震(684年、M8.25クラス)以来、100年~150年に一度南海地震という大規模自然災害との共存を余儀なくされてきた。南海トラフ巨大地震の新想定はあまりにも衝撃的なものではあるが、その驚異に臆することなく、事前の備えをしっかりと行うことでその脅威に向き合い、海を否定することなく、これからも海の恵みに感謝して生活を続けていくことが大切である。そして、先人から受け継いだ「ふるさと」を次の世代へしっかりと引き継いでいく営みは、これまでと少しも変わることはない。そのために、南海トラフ地震としっかりと向き合い、地震・津波と日本一うまく付き合う、黒潮町の南海トラフ地震・津波防災計画の考え方をもって、今後のまちづくりを推進していく。(了)

  1. URL高知県黒潮町『黒潮町南海地震・津波防災計画の基本的な考え方』 http://www.town.kuroshio.lg.jp/pb/cont/bousai-taisin/5529
  2. 黒潮町は、2017年 濱口梧陵国際賞(国土交通大臣賞)の受賞者。同賞は、津波・高潮等に対する防災・減災に関して顕著な功績を挙げた国内外の個人または団体を表彰するもの。 http://www.mlit.go.jp/report/press/port07_hh_000103.html参照

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