Ocean Newsletter

オーシャンニューズレター

第422号(2018.03.05発行)

東日本大震災から学ぶ津波防災・減災

[KEYWORDS]津波警報/津波観測/防災教育教材
関西大学社会安全学部教授◆高橋智幸

東日本大震災における甚大な津波被害は、従来の津波防災・減災対策の課題を浮き彫りにした。
特に、事前の津波想定と発災時の津波警報の過小評価、被災状況の把握の遅れなどは、被害拡大の大きな要因となるため、急ぎ改善されなければならない重要な課題である。
東日本大震災を踏まえて、次の震災に向けて始まっている新たな津波防災・減災対策を紹介する。

東日本大震災が示した津波防災・減災の課題

東日本大震災では甚大な津波被害が発生した。この激甚災害は、従来の津波防災・減災対策におけるさまざまな課題を浮き彫りにした。図1に、震災前からの時間軸に沿って、被害を拡大した要因(黒字)、問題点や課題(赤枠)、改善策(青枠)を整理している。ここでは、とくに重要な課題を以下に紹介する。
堤防の高さやハザードマップの浸水域などを決める際には津波シミュレーションが重要な基礎資料になるが、そのためにはまず地震の想定が必要となる。もちろん東日本大震災の被災地でも事前に想定されていたが、実際に発生した地震はそれを大きく超える規模であった。事前の想定では、東北地方の太平洋沖は8個のセグメントに分割され、宮城県沖とその東側の三陸沖南部海溝よりのセグメントだけは連動する可能性があるが、それ以外のセグメントはそれぞれ独立して地震を発生させると考えられていた。しかし、東北地方太平洋沖地震は6個のセグメントが連動して発生した。なぜこのような過小評価が起こってしまったのか? それは、多くのデータが得られている近年の地震に重きを置きすぎていたためである。すなわち、われわれがよく知っている地震はセグメント単位で発生しており、将来もそのように起こるだろうと思い込んでいたのである。われわれが知っている地震とそのデータは、実は限られたものであるという謙虚さが必要であった。
このような震災前の過小評価に加えて、発災時にも過小評価が起こっていた。津波災害では避難することができれば命は助かるし、地域により長短はあるが津波来襲までに時間的な余裕もある。よって、避難行動が最重要となるが、そこで必要となる防災情報の要は津波警報である。東日本大震災でも、気象庁は地震発生からわずか3分で大津波警報を発表している。しかし、その際、発表された津波の高さは岩手県、宮城県および福島県でそれぞれ3m、6m、3mと明らかに過小評価であった。気象庁はすぐにその過小評価に気付き、約30分後には津波の高さを修正している。しかし、第1報と第2報の間には大規模な停電が発生してしまっていた。
津波が市街地を襲った後にも、防災上の課題があった。東日本大震災では被災範囲が極めて広く、そして被災状況を調べて報告するはずの市町村では、庁舎自体が被災した地域も多くあり、被災状況を把握できずに困っていた。行政、インフラ企業にしろ、どのような津波が襲ってきて、どのような被害が発生しているのかを知ることができない津波防災・減災の現状に愕然とした。

■図1
東日本大震災で示された従来の津波防災・減災の課題と新たな取り組み(一部修正)
出典:『東日本大震災 復興5年目の検証』関西大学社会安全学部編(2016)ミネルヴァ書房
(図中のL1=レベル1津波、L2=レベル2津波)

次の震災に備えるため

■図2
AR技術を用いて可視化した神戸市を襲う津波
出典:亀田知沙・高橋智幸(2016)、AR技術を活用した津波リスクの可視化手法の開発、可視化情報学会論文集

南海トラフにおいて懸念されている巨大地震では、甚大な人的および経済的被害が発生するであろう。最悪のシナリオでは、死者は23万人、被害額は214兆円にのぼると予想されている。しかし、事前に適切な防災対策を行っておくことにより、死者は1/5の4.6万人、被害額は半分の112兆円まで減らすことができるとも推計されている。この適切な防災対策を考えるためには、上述の東日本大震災による津波被害とその原因を客観的に、そして謙虚に見つめなければならない。次の震災に備えるため、さまざまな防災対策が新たに始まっているが、その中で東日本大震災を踏まえたものを幾つか紹介する。
まず、事前の津波想定では、過小評価を防ぐため、既往最大に重きを置いていた従来の考え方からの転換が行われている。過去に発生したかどうかは不明でも物理的に起こり得る最大規模の津波(レベル2津波)と過去の発生事例を参考にして数十年から百数十年に1回発生する頻度の津波(レベル1津波)の2段階の想定がなされている。レベル1津波に対しては、人命と財産を守るため、防潮堤や水門などのハードウェアを整備し、市街地に津波を浸水させないことを目指す。一方、レベル2津波に対しては、浸水は避けられないが、人命だけは守るため、ハザードマップや防災教育などのソフトウェアと避難ビルなどの住民の避難を助けてくれるハードウェアの整備が進められている。
事前の防災対策として、住民を対象としたものも紹介する。巨大災害発生時には行政も被災するため、公助は期待できず、自助と共助が重要となる。日頃から地域防災力を向上させていくことが重要であり、そのためには防災教育が不可欠となる。しかし、従来の防災教育は専門家による講演などを中心とした受動的なものが多かった。そこで、AR(人工現実)やVR(人工現実感)などのICT(情報通信技術)を活用して、住民が自主的かつ能動的に防災を学べるための教材が開発されてきている(図2)。
次に、地震発生時を考えると、住民の避難行動に大きく関わる津波警報の過小評価を防ぐことが重要となる。実は従来のシステムでは、地震波の解析結果のみを用いて津波注意報や警報を決めていた。そこで、実際に発生した津波を観測することにより、迅速に津波の規模を推定し、信頼性の高い津波警報を出す研究が進んでいる。観測機器としては、すでに整備されているGPS波浪計やDONET(地震・津波観測監視システム)などの点で水位を観測するものに加えて、面的かつ広域に海面の流れを観測できる海洋レーダが期待されている。海洋レーダによる津波観測能力は1979年頃から理論的には示されていたが、東日本大震災において実際に観測されたため、津波レーダの開発が急速に進むこととなった。海洋レーダは、他の観測機器と異なり陸域に設置されるため、保守性が良く、安定した防災・減災機能を提供できる。また、漁業情報や波浪情報、漂流ゴミの解析などを目的に開発された技術であるため、災害時以外にも活用できるなどの長所を有している。
最後に、まだ改善されていない点を述べるが、巨大津波の発生直後に被災状況を迅速に把握する技術は十分には進んでいない。すなわち、激甚被災地の探索が難しいのである。被災地が広域となる巨大災害では救援・救出のための人や物資などのリソースが不足するため、被災状況を把握し、適切な順序で災害対応を行う必要がある。
われわれは地震や津波の発生を止めることはできない。しかし、どのように対応していくかにより、被害は大きく異なってくる。東日本大震災による甚大な被害を経験したわれわれは、その教訓を活かした防災・減災対策を進め、そして継続していく責任がある。(了)

  1. DONET(Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis)=南海トラフの地震、津波を常時観測監視するため、文部科学省の受託研究として2006(平成18)年より研究開発を進めてきた熊野灘沖東南海震源域における地震・津波観測監視システム

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